2(ゲームしよう)
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「ウロボロスの夢を見たの」リポートの提出と中間報告を済ませたある夕方、絵理子はバスクをオフィスに呼んだ。
バスクはカップから立ち上るコーヒーの湯気越しに目を細めて見せた。「きみは化学に転向したのかい?」
絵理子は微笑む。「ねじれていたのよ」
「メビウスの輪?」
「リボンを中心から切れば二倍。そしてテープに始まりも終わりもない」
「ねじれたウロボロス」バスクはカップを傾け、思案顔で語を継いだ。「両面? テープ長は四倍?」
頷き、絵理子はカップを両手で包み込み込むようにして持ち上げる。
「終わりのないテープ」バスクは微笑んだ。「理想的なマシン構成だ」
「でも充分じゃない」
カップを置き、絵理子はペン立てからハサミを取り出す。
手近にあった紙を細い帯状に切ると、それをペン軸にくるくると巻いた。
「両面いっぱい書き込まれたらそれでお終い。でも──、」
巻き終えたそれを抜き取らず、中心を爪の先で引き出し、小さなスパイラルを作った。
「これなら上限があっても立体的に情報のやりとりができる」
バスクは得心したように唸った。
絵理子はペンからスパイラルを抜き取り、ぽいと放った。「だからって充分じゃない」
受け取ったバスクはそれを指先で摘み、目を細める。「まるでバベルの塔だ」
それからゆっくりと顔を上げ、「無限に見せかけた有限。」絵理子を真っ直ぐ見つめていった。
「解決できるかもしれない」
※
みっつの部屋を用意する。
ひとつ部屋には被験者を。
残りの部屋にはヒトと機械を。
被験者はそれぞれの部屋の相手と対話する。
機械の知性を試す最も単純なテストだ。
部屋の向こうの相手がヒトか機械かを判別する。
カナミは絵理子がバスク相手にどんな風に接し、どんな会話をしているかを知っている。
話題、嗜好、返答のタイミング。
ゲームしよう。
ある昼下がり、絵理子はバスクをテキストメッセージで呼び出し、たわいないメッセージのやりとりをした。
しばらくしてカナミと入れ替わった。
バスクは気が付くだろうか?
カナミはうまくやれるだろうか?
絵理子は部屋を出ると、バスクのいるラボへと向かった。
疑問に思われたらバスクの勝ち。
気付かぬままなら絵理子の勝ち。
バスクはデスクに着き、自分の作業のかたわら、送られてくるメッセージの返信をしていた。
「ノック、ノック、ノック」絵理子はおどけた調子で、開けっぱなしのドアを叩いた。「誰とお話し中?」
振り返ったバスクの顔は傑作だった。