これまで、これから
「ほい、それじゃあはじめ」
郁己が手を叩くと、少女たちは猛然と答案用紙に向かった。
センター試験の問題は、いわば受験のスタンダード。
昨年、一昨年と型落ちではあっても、本番の雰囲気や解答形式は学べるものだ。
「ふぬぬぬぬ」
小鞠が呻いた。
早速問題に引っかかったらしい。
そこでピタリとペンが止まる。
「板澤、迷ったら先。答案埋めていこう」
「な、なるほど!」
郁己のアドバイスを受け、彼女は次なる問題へと目を移した。
勇太がちらりと郁己を見る。
「親切だねえ」
「他意はないぞ! っていうか問題に集中するのだ!」
小鞠の話を突っ込まれると、いろいろ痛い郁己なのだ。
男にとって、振った痛みも振られた痛みも、ずっと残ってたりするものなので。
しばらくの間、部屋の中には女子たちのうめき声が響いた。
「できた!」
始めに立ち上がったのは、和田部教諭の妹である春乃。
見返しも終わり、これ以上は無いと鼻息も荒く宣言。
答案を郁己に手渡した。
「坂下くん、塾の講師とかできるんじゃないかな。すごく雰囲気があった」
「そいつはどうも。でも、やるなら俺は教授を目指したいかな。国内に限らないけど」
「海外も……!?」
「こら勇、反応するな!」
気を散らす勇太に注意して、郁己は腕組みした。
余計なことを話したかな、と思う。
だが、自分の将来を考えた時、視野は広く持っておいた方がいいとは思うのだ。
結局、制限時間いっぱいまで掛かって問題を全て解答できたのは春乃と麻耶だけ。
勇太がギリギリのところで、小鞠はちょこちょこ空白がある。
利理に至っては、ダメダメの駄目である。
「もうだめだあ……おしまいだあ……」
利理が畳の上に身を投げだして、ぐったりとした。
「うう、十二月でこの体たらくでは、もう無理だよう。浪人……? それくらいなら、うちの親は絶対専門学校行かせるし。ううー」
畳の上でじたばたする。
そのたびに、勇太と互角、あるいは勝ると言われるボリュームが胸の上で踊り、はちきれんばかりの太ももが厚着の上からでも存在感を誇示してくる。
郁己は慌てて目を背けた。
目の毒である。
「強い……!」
勇太はガン見している。
「時に利理ちゃん……。何を食べたらそんな胸とお尻に……。どうしてそれなのにウエストが細いの」
「んお? あたしのはね、筋トレしてるから。洋菓子店だけど、お菓子作って売って後片付けしてって、長時間労働でしょ。体力が大事なんよ」
起き上がった利理は、腕まくりして力こぶを作って見せる。
見事な隆起に、女子たちは、ほお~っと感心した。
小鞠が真似をして力こぶを作ろうとしたが、ぷにぷにである。
「小鞠ちゃんはもっと鍛えないとねえ」
「うっさいわねー! 筋肉つかないのー!」
勇太に突っ込まれ、その他いろいろなお肉がついていない小鞠、抗議に両拳を天に突き上げた。
さて、女子たちが騒いでいる間に、郁己は答案のチェックを行う。
彼の作業速度はとにかく早い。
頭の回転が早いのもあるが、マルチタスクに慣れているのだ。
金城尊教授とともにフィールドワークに出れば、見知らぬ土地でお年寄りの話を聞いたり、文献を紐解いたりしつつ、高速でメモを取り、さらに教授のレクチャーを聞かねばならない。
忙しいことこの上ないのだ。
だから、採点くらいならお手の物。
「おまたせ。君たちの点数が出たぞ……!」
「ひええ」
勇太、小鞠、利理が悲鳴を上げた。
「正答率85%……。凄いな。トップは……彦根さんだ」
郁己の発表に、一同は目を見開き、これまで存在感を消していた少女に注目した。
「そりゃ、うちだって勉強してるもの。それなりの難関狙ってるんだよ?」
「凄いのがいた……」
「学園三大美少女に数えられるくせに、頭までいいとか、チートか……?」
「麻耶ちゃんはスポーツも割と万能だよ」
勇太の言葉に、小鞠、春乃、利理が愕然とした。
天は二物も三物も与えるのだ。
「ま、うちのクラスは、運動の代わりに家柄と金を持ってる凄いのがいるけどね。学力は坂下くんに匹敵するし」
「脇田さんねー。あと、二組の女子で体育成績トップは私だからね!」
勇太の主張に、三人娘は特に顕著な反応をしない。
だって分かってることだったから。
かくして、ここに集まった女子たちの課題などは明らかになった。
春乃は理系、勇太は速度、小鞠はもう少し基礎を頑張って、利理は大体全部。
「うわあー」
利理がのたうち回る。
「落ち着いて利理ちゃん! うわーすげえー」
じたばたする友人を上から抑え込んだ勇太。
最後の方に本音が漏れている。
しばらく、夢見心地で静かになった。
「勇って何気に他の子のおっぱい好きよね……」
しみじみ麻耶が呟く。
そして郁己は、勇太と利理のくんずほぐれつを超人的な自制心でスルーしつつ、語りかけた。
「竹松はさ、別に無理して大学行かなくていいんじゃないか? 留学したいって言ってたけど、したって同じところにいけるわけでもないし、向こうはパティシエ修行なんだろ? なら、こっちで腕を磨きつつ、むしろ竹松なりの強みを身に着けたりしたらどうだ?」
「あたしなりの強み……?」
「ほら、二人で店をやるとしても、二人とも作るばかりじゃ駄目だろ。会計とか簿記とか」
「あ、あーあー」
郁己に言われてハッとする利理。
なるほど、その発想はなかったと言いたげだ。
「確かに彼、そういうの不得意そう。そっか、そっちを身につければいいんだ!」
目覚めた利理。
勇太を乗せたまま、がばっと立ち上がった。
筋トレで体を作っているのは伊達ではない。
同年代の女子を一人ぶら下げたまま、直立できるくらいには仕上がっている。
「岩田さん以外で、ここまでパワフルな女子は初めて見たわ……」
しみじみ麻耶が呟いた。
「よおっし、やるぞー! 専門行きながら、資格の勉強とかしたらいいのか! あと、専門の方にもそういう授業あるかもだもんね!」
利理の咆哮が響く。
そこへ、襖がガラリと開かれた。
お盆を持った心葉がいる。
「おや、勉強は一区切りですか。甘味を持ってきたので、脳の栄養補給にどうですか?」
盆の上で切り分けられたケーキと暖かな紅茶に、少女たちが快哉を上げる。
まだまだ、彼女たちの勉強会は続くのだった。