色とりどりの追い込み模様
受験のピークは、一月後半から二月。
つまり、今年の十二月は誰もが、受験の追い込みにかかるシーズンってことで。
「思うんだけどさ」
「何よ」
勇太の呟きに、勉強に来ていた板澤小鞠が応じた。
髪の毛を、頭の両側に二つのお団子にした小柄な女の子。
なによ、が、あによ、に聞こえる。
「十二月をこう、無駄じゃないんだけど、無駄に過ごしてしまっている気がするんだよねー。なんかさ、せっかく世間が浮かれた感じなのに、私たちは勉強一本じゃない?」
「将来掛かってるんだから仕方ないでしょ。ってか、あんたは坂下くんがいるから浮かれた感じになれるかもだけど、あたしはシングルなんだからねッ! 元恋敵めっ」
「あいた!? なんで胸を叩くのさ?」
「入学した時はあたしと同じちんちくりんだったのに、こんなに背丈も胸もでかくなって! キー!」
しばらくそうしてじゃれる二人である。
今日は、郁己先生の講習を受けに、何人かの少女が集まってきていた。
「勇太、みんな来ました」
「はーい」
心葉に呼ばれて、玄関まで迎えに行く。
「よーっす」
「ようこそー」
彦根麻耶と、あと二人。
二人とも、勇太としては実に懐かしい顔ぶれ。
和田部春乃と、竹松利理。
一年生の時に同じクラスだった二人だ。
春乃は和田部教諭の妹。
委員長気質の生真面目な女子で、今日もニコニコしている眼鏡っ娘である。
利理は高校生らしからぬ色気を醸し出す、ウェーブヘアの美女。
プロポーションの成熟度ならば勇太を凌駕するであろう逸材である。
ちなみに彼女を狙う男子には残念ながら、利理は意中の人がいたりする。
今は、海外にパティシエ修行に行ってしまった彼を待つ日々なのだ。
「おひさしー!」
「久しぶり、金城さん!」
「勇おひさー」
クラスが違うと、なかなか会いに行くというわけには行かない。
自分のクラスの関係が良好で、その中で仲良しと接しているだけで一日が終わるような状況なら、なおさらだ。
ということで、勇太がこの二人とまともに会うのは、実に一年ぶりくらいになる。
再会を喜びあい、ハグをする三人なのだ。
「隣のクラスにいるだけなのに大げさな……!」
とは、今や勇太の相方かと思われるくらい行動を一緒にしている麻耶。
誰とでもすぐ仲良くなる彼女は、道すがら二人と会い、友だちになってしまったのだ。
「いいじゃんいいじゃん。こういうのは雰囲気なんだからさ。みんな上がってー」
勇太に促され、お邪魔します、と三人が玄関から上る。
近年、金城家のような純和風のお家は珍しくなってきている。
平屋で広く、敷地には大きな道場もある。
「金城さんの家って、サザエさんのお家みたいだね」
春乃が物珍しそうに周囲を見回しながら呟いた。
「言えてる! あと、やっぱり妹ちゃん、勇にそっくりだよねー」
春乃と利理が盛り上がった。
そこに、麻耶が情報を投げ込んでくる。
「あの二人、二卵性双生児なのにそっくりなのよ。謎だよね」
「えっ、一卵性じゃない!?」
「なのにマジで似てる……!」
盛り上がった最中に、部屋から心葉が「呼びましたか?」と顔を出したので話がややこしくなる。
振り返った勇太と心葉が並ぶと、衣服が違うだけでほぼ同じ顔が並ぶことになるのだ。
「見分けがつかないかも?」
「ちょい待って! ほら、胸が違う」
利理が鋭い指摘をした。
なるほど、胸元のサイズは、利理と春乃ほどは違う。
手のひらに収まるか、溢れ出るか。
麻耶と春乃がにっこり微笑んだ。
「大きさじゃないからね」
「そうだよね、大きさじゃないよね」
「二人とも、どうして私にシンパシーを感じてるんですか……!?」
仲間に入れないでくれ、と心葉が抗議の意を示した。
ということで、勇太の部屋に入ってくる三人。
待っていた小鞠が、「うおーい」と手を振って出迎えた。
勇太の部屋も、けっして狭くはない。
だが、女子が五人も入るとさすがに手狭に感じ始める。
「私としては、かわいい女の子がぎゅうぎゅうなのは大好物なんだけど」
「あんた、欲望を隠さなくなったわねえ」
勇太の呟きに、小鞠が突っ込んだ。
さて、では部屋を展開しようということになる。
勇太の部屋の前方と左方は、障子と襖に囲まれている。
襖を開けてしまえば、少々手狭な部屋も大きな空間に早変わりというわけだ。
ところで、隣室は暖房が入れてなかったので、ひんやりとした空気が入ってくる。
「ひえーっ」
コートを脱いでいた女子たちは、流れ込む涼しすぎる空気に震えた。
「エアコン全開!!」
勇太が叫びつつ、リモコンのスイッチを押す。
設置されたエアコンが、猛烈な勢いで温風を吐き出し始めた。
「おおー、生き返るう」
エアコンの前に、女子たちが群がった。
ぎゅうぎゅうにくっついて、温かい風を享受する。
女の子は寒さに弱いのである。
「夏場のエアコンは、直接当たるとちょっときついけど、冬場は本当にありがたいよね」
春乃がしみじみと言う。
眼鏡が曇っている。
「春乃、メガネメガネ! でも、たしかにそうかもねー。うちのお店さ、洋菓子扱ってるからいつも冷房でさ、辛いのなんの。ま、ぶくぶくに着ぶくれしてるんだけどー」
「利理はもっと着ぶくれするべきね! そのでっかい乳が隠れるもん」
「あいた! 小鞠、胸をぺちぺちすんなし」
「はっはっは、三人がぎゅうぎゅう詰まってくれるから、うちは暖かくてとても良い」
ベストポジションをキープした麻耶が、一番暖かさを満喫しているようである。
ちなみに勇太は、寒さにかなり強い。
どっちかというと男子に近い体質なのである。
まあ、元々男子だし。
ぎゅうぎゅうに詰まった女子たちを見て、勇太が菩薩のような微笑みを浮かべていると、いよいよ主賓が到着である。
廊下を歩いてくる足音がして、
「やあ諸君、お集まりだね?」
本日の講師、坂下郁己が登場した。
それと同時に、廊下の冷たい空気も流れ込んできた。
きゃーっと女子たちが悲鳴を上げる。
「登場と同時に悲鳴が!」
「郁己、外からここまで直で来たね? 外の空気が流れてきた」
「ああ。急いできたんだ」
後ろ手で障子を閉めると、郁己はカバンを開けた。
そして、エアコンの近くに固まっている女子たちを見る。
「なんで一箇所に固まってるの」
「いや、まあ、ノリで」
麻耶の返答に、他の三人娘は曖昧な笑みを浮かべた。
女三人寄れば姦しい。
四人以上なら、なおさら賑やか。
ちょっとしたことでも楽しくなってしまうのだ。
「ま、まあ、今日はあんたに教えられに来てやったのよ。勇を大学受験できそうなレベルまで押し上げた実力、あたしにも見せてもらうわ!!」
小鞠がやたら偉そうに言った。
「お、おう」
彼女に告白された事がある(しかも振った)郁己としては、邪険にもできない。
ちょっと挙動不審に頷きつつ、作って来たレジュメをみんなに手渡すのだ。
「これ、一昨年のセンター試験の問題な。これは昨年度。で、これを模試的な感じで解いてもらおうかと。午後は答え合わせと解説が入る……」
小鞠と利理と勇太が、悲痛な表情になった。
勉強嫌いな三人組である。
「あれ? そもそも利理、調理の専門学校狙ってなかったっけ」
「……留学カリキュラムがある大学があるの」
「あー」
勇太は全てを察した。
意中の彼と同じところに行ってみたいのか。
頑張る理由は人それぞれ。
だけど、結構共通点もあったりするわけなのである。