受験日は二月七日!
「ふむふむ……城聖大学文学部、メディアクリエイター学科……。二月七日ってことは……」
「金曜日ですね」
勇太と心葉、角を突き合わせて受験日の確認である。
願書は一月中に提出して、いよいよ本番。
「心葉はどうすんのさ? そういえば志望校聞いてないけど」
「父さんと同じ大学って、ちょっと気まずくないです? 私は離れたところにしようかと」
「成績優秀な妹は羨ましいなあ。選び放題だもんねえ」
「受験勉強は一定のルールがありますからね。攻略方法を見出してしまえば問題ありませんよ。とりあえず、センター試験は勇太の受験よりも早いですねえ」
「国公立かあ」
「案外、キャンパスが広くて歴史があるところが多くてですね。私はそういうところが好みなので」
おお、意外、と思う勇太。
妹が、歴史ある建造物などを好んでいるとは。
「割とネットをさまよってるとですね。そそる大学があってですねえ……」
「仲のいい友達と一緒の大学に行こうとかは考えない感じ?」
「それはそれ、これはこれですからね。また、大学で新しい友達を作ればいいですし」
「おおっ、言うようになったね……! あんまり友達作るの得意じゃない心葉が」
「は? な、なんですか? 私だって、友達くらい作れますけど?」
ちょっとむきになる心葉。
どうやら気にしていたらしい。
社交的な勇太と比べて、心葉は内向的である。
兄としては、妹のその辺はちょこちょこ心配したりはしてるのだけれど。
「ご飯よー。お盆運んでー」
律子さんの声がかかったので、ここで兄妹の会話はひとまず終了。
配膳が終わり、さあ夕食だという頃合いで、
「ただいま」
今日は父の尊教授がお早いお帰りなのだ。
親子四人で食卓を囲むこととなった。
「…………」
「おっ、どうしたんだ勇太。僕の顔に何かついているのかい?」
「いえ、別にー」
なんとなくぎこちない勇太。
それを見て、律子さんがニコニコする。
「あのね、この子ったら」
「ああ、保坂さんのことか。聞いたよー」
「いやまあ、違うんだって分かってるんだけどね」
「は? 何の話ですか?」
自分だけが知らない話であることに気づき、心葉が追求してくる。
「なんでもないって」
「なんでもない事は無いでしょう! なんで母さんが笑ってるんですか! 絶対おもしろい話に決まっています」
「あらあら、どうかしらね?」
「ははははは」
「父さんまで笑っていますよ!! 私だけ仲間はずれですか? それは家族としてどうかと……!」
思いの外、食いついてくる心葉。
高校に入ったばかりの頃は、もっと他人に興味のない性格だったように思うが……。
心葉も、この三年間で結構変わったのかも知れない。
「あのね。僕の助手をしてくれている学生がいるんだけど、勇太が彼女に会ってさ」
「尊さんの浮気疑惑があったみたいで」
「わー! わーわーわー!」
さらりと自分の恥ずかしい勘違いをばらされて、慌てる勇太。
「ほーう」
心葉の目が細まった。
「心葉! こ、これには深い事情があってね?」
「勇太、ちなみにですが……どういう見た目の……?」
兄妹のやり取りが始まった。
それを前に、夫婦ふたりはむしゃむしゃとご飯を食べている。
この兄妹の親なので、大変に健啖である。
「ああ、その容姿ならば分かります! 明らかに父さんの好みっぽい外見ですもんね!」
父がむせた。
「もしかして、母さんの昔の写真によく似てました?」
「あ、言われてみれば似てた!! なるほど、なるほどねえ……疑惑が確信に変わるよ」
「いやいやいや! そんなことは無いからね? ね、律子さん?」
「ええ、私は尊さんを信じてるもの」
泰然自若とした律子さんの返答に、兄妹は「おお……」とどよめいた。
二十年連れ添った夫婦の信頼をそこに感じたからである。
「確信が勘違いに変わったよ」
勇太はそう告げると、食事を続けることにしたのだった。
「それで、二人はどうなの?」
律子さんは、娘たちに話を振りながら、二杯目のご飯をよそり始める。
無論、自分用だ。
夫の尊氏は、夕食は一膳までと決めている。
日々、教授会やゼミの学生たちとの食事があるため、不摂生をしているのだ。
家にいるときは、そのぶんだけ節制せねばならない。
したがって、飲酒も控えめである。
「二人はって言うと?」
「彼氏とか、将来の計画とか」
「未定です!!」
心葉が妙に大きな声で返答した。
「あらそう。みんな、自分のペースがあるものだから、心葉もそこは焦らずゆっくりね」
「は、はい」
「じゃあ勇太は?」
「うん、二十歳までには一人作るね」
味噌汁をすすっていた心葉がむせた。
「まあ」
「ほう」
「尊さん、私たち、四十代でおじいちゃんとおばあちゃんになるみたいよ?」
「うん、初孫だね。こりゃ楽しみだ」
「こ……この夫婦おかしいですよ……!」
何を今更、と思う勇太である。
いにしえの武術を伝承する母親と、考古学者の父親、男の子から女の子に変わってしまった兄と、天才武術家の妹。
そんな一家が普通なわけがない。
「ところで私、ちょっと心配があるんだけど」
「なあに、勇太」
「あのね、元男でも、ちゃんと赤ちゃんって産めるものなのかどうかって」
「ああ、その話ね。いつか聞かれると思ってたわ。そう思って、きちんと里の方に確認してみたのね。そうしたら、古い記録があって、過去に何人も女の子になってしまった人がいるらしいの」
「へえー!」
「みんな、結婚した人はちゃんと子供を産んでるから大丈夫だって。安心なさい」
「よしよし!」
勇太はグッとガッツポーズした。
心配は晴れた。
後は、受験に挑むだけである。
「勇太、いろいろな意味でやる気満々ですね……!」
「そう! だけど、一方のやる気は封印中だから、その欲求不満を勉強にぶつけるんだよ……!!」
力強く答える勇太なのだった。