勇太のスキルチェック
勇太のスキルチェックと言ったな?
だが本編は心葉の話が多めだ!
「……ということでさ。俺は気になって気になってしかたないよ!」
「大丈夫だよ。教授、全然そんな素振りが無いっていうか、あの人、律子さん一筋だろ?」
「だとは思うけどさあ。こう、五年も一緒にいたとか知らなかったしー」
ぶつぶつと言う勇太をなだめる郁己。
ここは、金城邸は勇太の部屋である。
今は受験に向けた追い込みの最中。
短大から四大へと志望校が変わった勇太は、勉強内容もランクアップさせねばならないのだ。
「勇、そこはひとまず置いておいてだな。今大事なのはお前の受験」
「ううっ……せっかく忘れてたのに……!」
「忘れるな!」
勇太が保坂由紀さんのことにこだわるのは、どうやら受験のプレッシャーを忘れるためもあるらしい。
それと、ああいう清楚で知的なタイプの女性は、楓同様、けっこう勇太の好みだったりするのだ。
「ううー、可愛かった。手とか握っておけばよかった」
「そっちが本音か。勇太らしい。俺はそんなことだろうと思ってたけどな」
座卓の上の参考書を、ぱらぱらと開き、目的のページを見せる郁己。
「これ、城聖の過去問ね。文学部は偏差値そこそこで、あそこで一番入りやすい。実は今まで、勇太に教えてきた勉強はだな、城聖の試験を仮想目標にしてるので……」
今明かされる真実。
手渡された、過去問のプリントを見た勇太は、持つ手をぶるぶると震えさせた。
「あれっ!? 結構分かる……!!」
「そう。実は勇太は、ギリギリ城聖の文学部に挑戦できるくらいの実力をつけつつあったのだ! 短大の試験勉強と偽って、城聖のレベルを教えてたからな!!」
「道理で妙にきついと思った……!! お、俺を騙したな郁己ー! 知恵熱出るくらい勉強するはめになったんだぞー!」
「おかげで今、助かっているじゃあないか」
郁己が菩薩のような穏やかな目をした。
逆に、勇太は信じられないものを見るような目を、幼馴染兼恋人の彼に向ける。
「全て仕組んでいたの……!? こわぁ。郁己こわぁ」
「さすがに俺だって短大は潰せないよ!? っていうか、過去の入学者数とか見てさ、もしかして……とは思ってたんだよ。だけど、まさか城聖に併合されるとは思わなかったよ。買収したんかね」
勇太には、買収とかそういう難しいことは良く分からない。
ただ一つ確かなのは、城聖大学の入試問題が、結構解けるということなのだった。
「うおー! あの地獄みたいだった日々は無駄じゃなかった! 何度、郁己を彼氏にしたことを後悔したことか……!」
「なん……だと……!?」
「……」
勇太はお口にチャックをした。
そこで、襖がノックされる。
がらりと引き開けられ、姿を表したのは心葉である。
手にはお盆とマグカップが三つ。それにお菓子が乗っている。
「はい、お疲れ様。進捗はどうですか? あと三ヶ月後には実戦ですからね」
お盆を座卓の隅に載せ、それぞれの前にコーヒーを置く。
「心葉、なんでコーヒー?」
「カフェインによる覚醒効果です。勇太もやる気になるでしょう?」
「いやいや、私はコーヒーとか飲まなくてもやる気だよ! あと、コーヒーは苦いのであんまり好きじゃないんだけど」
「相変わらず勇太はお子ちゃまですねえ」
ふん、と勇太を鼻で笑い、心葉は持ってきた砂糖瓶と粉末ミルクをたっぷり、自分のマグに流し込む。
「心葉だってコーヒーめちゃめちゃ甘くしてるじゃん!」
「苦いのはあまり体に良くないんですよ」
「さっきと言ってること違うくない!?」
「よーし、そこの兄妹ストップ、ストップだ。勇太は試験問題解いてから。それと心葉、俺は加糖ブラック派です」
郁己はマグに、砂糖を二匙放り込み、ぐっとすする。
「おっと、失礼しました。でも立ち聞きしてましたけど、順調みたいですね。あの勇太が過去問とは言え、試験問題を解いていってる……」
「元々、勇太の頭って悪くないんだよ。それが全部、運動とか武道の方向に行ってただけで。本気出したらやれる。俺は信じていたのだ」
「愛ですねえ。羨ましいもんです」
しみじみ呟いて、心葉はコーヒー牛乳化したマグカップを口に運んだ。
「心葉はその辺どうなの?」
「ははは、カラカラの砂漠状態です」
「生徒会の仲間で、心葉に懐いてたやついたじゃないか。あいつとかは?」
心葉がいきなりむせた。
慌ててティッシュを取りに行き、鼻をかむ。
鼻にコーヒーが入ったようだ。
「風間くんは違いますまだそんな関係では」
「ほう、風間くん」
「ほう、まだ」
郁己と勇太が怪しく笑った。
「う、う、うわあー!」
墓穴を掘ったことに気づき、畳の上でのたうち回る心葉。
本日の彼女の服装は、ニットのベストに膝丈のスカートなので、のたうつとそれがまくれて丸見えになる。
「見えてる見えてる!」
慌てて郁己が指摘すると、心葉は素晴らしい運動神経で転倒状態から即座に後転した。
正座の姿勢になり、ぐっとスカートを抑える。
「不覚……!! いや、でも本当にそんな関係ではないですからね?」
「いつまでお預け食わせてるの……。兄は心配だよ」
「こんな時だけ兄ぶらないように! っていうか試験勉強はどうしたんですか!」
「大体終わったので、後は見直しだけ。まあねー。年頃の女子なら、気になる男子の一人や二人はいるもんねえ。俺だって、気になる女子が十人くらいいて現在進行系で増え続けてるから……」
女の子になっても、基本女子が大好きな勇太なのである。
ここで、勉強は一時休憩。
休憩ばかりやっている気がするけれど、きちんと試験に挑む力は身についていっているのだ。
「そうかそうかあ。でも、心葉は自分より弱い男とは付き合わない、みたいに言ってたから、どうなることかと思ったけど……。うん、強さの方は心葉が担当すればいいしね。ちゃんと意識するようになったのは成長じゃないかな!」
「くうっ、勇太に上から目線で言われるなんて。悔しい……」
本当に悔しそうにぷるぷると震える心葉。
だが、この一年という月日で、心葉も風間くんに対しての思いが少しずつできあがっていっているようだ。
これは時間の問題だろう、と勇太は思う。
それはそれとして、心葉が風間くんと付き合って、自分が郁己と一緒でダブルデートなどしたら、同じ顔の二人が別々の男を連れてデートだなあ、なんて考えるのだ。
それもいいかも知れない。
よし、ぜひ実行しよう。
具体的には受験が終わったら。
つまり……三月だ。
その頃には、自分が天国にいるのか、地獄にいるのか分かっていることだろう……!
「よし、お互い頑張ろうね、心葉!!」
「いきなりなんですか!?」
「でも、ちゃんと先に進む時には私に相談してほしいな! ほら、色々そういう雑誌で勉強してるから!」
「何を言っているかなんとなく分かりますけどそこまで進みませんから!!」
そんな二人の賑やかな会話をよそに、勇太の解いた問題を採点していた郁己。
彼は小さく、だが満足気に笑うのだった。