下見にちょこっとやって来た
「ほお……これが城聖の大学部……」
「ねえ、勇、なんでサングラスしてマスク付けてるの。うち、一緒にいて恥ずかしいんだけど……!」
「麻耶ちゃん、誰だってお忍びで外出する時は変装するでしょ。私もそれ、そういうやつ!」
「勇は芸能人じゃないじゃーん」
麻耶を伴い、勇太は志望校となってしまった城聖大学の下見に来ていた。
(なんてことだ。いきなり四年制大学なんて……!! 俺の人生設計がー!)
頭の中ではそんな事を考えつつ、勇太はフラフラと学内へ足を踏み入れる。
露骨に見た目が怪しかったので、入り口の警備員詰め所からおじさんが顔を出した。
「あのー」
「け、見学です! この大学受けるんで! ほら、勇も!」
「んお?」
麻耶に肩を叩かれて、勇太はちょっとびっくり。
動きが止まったところを、サングラスとマスクを取られてしまった。
「あーっ!! 俺のプライバシーがー!!」
「プライバシー言わない! 怪しまれてるでしょー! ……って、俺?」
「わ、私」
慌てて言い直す勇太。
最近、郁己と二人の時は中学の頃と変わらない素で喋ったりすることが増えてきた。
それだけ相手を信頼しているからだし、自分を装う必要性も薄れてきたからだけど……。
元男だという正体はばれているとは言え、麻耶の前で思わず昔の一人称を使ってしまうとは。
勇太は反省した。
「ああ、そうなのかい! 気をつけてね」
警備員のおじさんはにっこり笑った。
とても態度が友好的である。
ちなみに、二人の後にも見学にやってきた男子高校生がいたが、普通に学生証の提出を求められたり、対応するおじさんは仏頂面だったりした。
単純に可愛い女子高生が二人もやって来たので、にこやかになっただけである。
おじさんは己の感情に正直なのだ。
私立城聖学園大学校。
勇太たちが通う城聖学園の、言わば本校であり、学園全ての中心である学び舎だ。
明治三十年に建てられたという、城生中学校を前身としており、戦後に大学が設立された。
ということで。
入り口すぐには、設立者の城生高道の像がどーんと鎮座している。
大学の敷地は広く、文学部、理学部、別のキャンパスに工学部がある。
細かく学科も分かれており、勇太の志望は文学部の文学科。
大学の文系学科における、スタンダードと言える学科である。
「ひ、広い……。うちの高校、三つくらい入るんじゃない?」
きょろきょろしながら歩く勇太。
後ろを麻耶が、何やらスマホをいじりながら付いてくる。
「そだねー。グググールマップでも、めっちょ広い。亜香里野キャンパス三つじゃ全然足りないっしょ。あっちのキャンパスも足して、その上で五倍くらいにした感じ? でっかいよねー。他に工学部もちょっと都心にキャンパスあるんでしょ?」
「ひええ……。大学って規模が大きすぎる……! クラクラする」
言葉通り、クラクラする勇太である。
「おっ、彼女大丈夫!? なんかふらついてっけど!」
通りかかった親切な男子学生が、心配する声をかける。
「あっ、大丈夫です!」
シャキッと直る勇太を見て、男子学生がハッとした。
「やべえ、超可愛い」
「どこの学科だ? こんな可愛いのに11月までノーマークとか……。いやいや、流石に彼氏はいるべ」
男子たちがざわざわする。
スッと麻耶が進み出てきた。
「あのー。うちら、ここの学生じゃないんでー」
「えっ、他の大学の娘? やべえ、レベル高え」
「いや、うちらまだ高校生で、今日は大学の下見にー」
「あ、そうなの? じゃあこの大学入ってよ! 学科によってちょっと試験ムズいけど、普段から勉強してればいけるから!」
男子学生たちが、並んでぐっとガッツポーズを取る。
一見してチャラいようだが、それなりの偏差値を誇る城聖大学の試験をくぐり抜けてきた猛者たちである。
つまり、勉強はできる。
「で、先輩として君たちに聞きたいんだけどさ。彼氏はいる?」
キリッとした顔で尋ねる男子学生。
「いまーす」
にこやかに勇太が答えると、男子たちが悲しそうな顔になった。
天を仰ぎ、「あのおっぱいを独占する高校生が……。許せねえよ……」とか呟いたり。
「私の価値はおっぱいか」
ちょっとむくれる勇太である。
「あっはっは、残念でしたね先輩方! 勇はずーっと前から売約済みでーす」
勇太の肩を叩きながら、麻耶が得意げに言った。
そして、二人並んでその場を立ち去る。
「じゃ、そういうことで!」
「あ、ちょ、ちょ! 君は! 君はどう?」
「へ? うち? いませんけど?」
男子学生が沸き立った。
彼らから、鬼気迫るオーラが溢れ出す。
「……麻耶ちゃん」
「うん、しくった。やっばい。うち、モテてる? だけどこのモテは嬉しくないかも……!」
次の瞬間、二人は猛ダッシュした。
凄まじい勢いでキャンパスのメインストリートを駆け抜け、目を丸くする先輩女子大生の脇を抜けて、校舎の一つに飛び込んだ。
「うひー。走ってしまった。見知らぬ大学をー」
「大丈夫、大丈夫。ふひい、はあ」
息を荒げながら、麻耶がスマホを取り出した。
大学のマップの中を、校舎の中で停止している矢印がある。
「ちゃんとGPSでチェック、してるから」
「文明の利器さすがだねえー」
感心する勇太。
機械類に弱い彼女は、スマホもSNSくらいしか使えていないのだ。
「というわけで、勇。気を取り直して行こっか。キャンパスを隅々までめぐろう!」
「オッケー! ……で、ここって何学科?」
「待ってね、えっと」
辺りを見回す麻耶。
そして、人当たりの良さそうな女子学生を見かけて声を掛けた。
「あの、すみません。私たちキャンパスを見学に来たんですけど、ここって何学科ですか?」
女子学生は二人を見て、にっこり笑った。
「ここは文化学科だよ。見学がんばってね」
「優しいお姉さんだ」
ぽわんとなる勇太である。
彼女はまだまだ女の子も大好きなのだ。
……と、そこでハッとする。
「えっと、文化学科って言った?」
「言った言った」
「そこって、うちの父さんが教授やってるとこだ」
本日、金城教授はフィールドワークのために留守。
だが、せっかくなので研究室を覗いていこうと、そう決める勇太なのだった。