進路に思わぬハプニング!
11月。
目標とする短大への足がかりを築くべく、勇太は今日も、地道に勉強していた。
彼女の集中力は、最長で15分。
15分経過したら15分休まねばならない。
一日の起床時間のうち、半分しか勉強できないのである。
「刻んでいく。刻んでいくぞ……」
使用できる僅かな集中力を使って、郁己に指定されたテキストを進めていく勇太。
着実に、彼女の勉強は進んでいた。
朝のホームルームを終え、一時間目は自習。
その間、生徒が一人ひとり先生に呼ばれ、今後の受験の予定について話をする。
今日は昼間で、ずっとその流れだ。
どれほど勉強できるのか……!
勉強の効率のために、勇太は自分の集中力を管理せねばならないのだった。
「ふう」
さっそく力尽きた。
椅子に寄りかかって、だらりとする。
脇田グループ謹製の最新型ブラでしっかり補正された彼女の胸元は、やや上向きの姿勢でも型くずれすること無く、その見事な二つの丘の形を保持している。
勇太のため息に合わせて、教室のあちこちから男たちがスッと視線を向けてきた。
そして、拝む。
「ありがたい……」
「15分ごとの桃源郷じゃ……」
「最近のブラはすげえ……」
「だがよ、ああも見事に形を保ってると、硬そうに見えねえか?」
「俺は今朝、金城さんに後ろに衝突されたが、天上の柔らかさがそこにあったぞ……」
「なにっ、うらやま死ね!!」
「つまりあれは、柔らかさとしっかり感のマリアージュということか……」
「美しい表現だ」
そして男たちは、また拝む。
勇太がまったりしている時間が5分。
その後、伸びをして、凝りをほぐす。
首をぐるぐる回し、肩を回し。
その間、勇太の隣に腰掛けている男子は、きちんと気を遣ってスペースを空けてくれる。
「あ、毎度ごめんね、迫間くん」
「いやいや。俺も肩こりするからね。金城さんはそりゃあもうみごとなおっぱうんうん、肩が凝るだろう」
迫間は、菩薩のような微笑みで応じた。
「最近、金城さんへのセクハラ発言が問題なのでは?」
「でもクラスの男たち、セクハラをギリギリで回避していくのが上手くなってるみたい」
「受験でストレス溜まってるんでしょ? あー、もう。こっちだってストレス溜まってるっつーの。なんでうちにはいい男が少なくて、学園三大美少女とかはばっちりいるんだろう……!」
「いい男ならいるんじゃない? もう相手がいるけど。その学園三大美少女の」
「あー」
クラスの、今現在フリーな女子たちは、視線を勇太の後方に向ける。
そこには、明らかに受験勉強とは違ったベクトルの勉学に励む、眼鏡の好青年。
坂下郁己である。
言わずと知れた、勇太の幼馴染であり、彼氏である。
何気に彼は、学園の女子の間でも人気が高い。
勇太のために己のスペックに磨きをかけ続けた結果、フリーであれば女子が放っておかない、優良物件になってしまったのだ。
「おーし。これで教授あてのレポートは完成だな。さっすが俺」
彼の手元には、小型のモバイルPCがあった。
スマホと接続されており、そこから画像データを読み込み、これをレポートに貼り付ける作業を行っていたようだ。
明らかに内職である。
学校の勉強とは、これっぽっちも関係ない。
正しくは、これから彼が進学する大学のゼミの研究に関連したレポートだ。
「郁己さ、さっきから何やってたの」
休憩がてら、後ろの席の彼に話しかける勇太。
「おう。金城教授から、今までのフィールドワークを俺なりにまとめて、レポート提出してくれって言われれててさ」
「げっ、父さん、そんなことを受験生にやらせるのか……!」
「推薦枠でもいいんだけど、俺も受験枠で行くしな。そこで特待生枠を勝ち取れば、一年からゼミ行けるんだよ。で、そのためにはこのレポートが必要でな」
「郁己に聞くのもなんだけど、受験勉強大丈夫?」
「志望校はA評価だな」
「あれだけフィールドワークとかであちこち飛び回ってそれ!? 化け物め」
「はっはっは、伊達に勇の勉強を見てやるだけの余裕があるわけじゃないぞ」
内容は、受験勉強シーズン後半となった今、なかなかエキサイティングな話である。
だが、二人の表情は実に柔らかい。
今、この試練の時を乗り越えれば、楽しい大学生活が待っているのだ。
勇太はいたずらっぽく微笑んで、郁己の耳元に口を寄せた。
「ま、俺は未来の旦那様が偉くなってくれるのは嬉しいけどな。学生しながら育児に専念できるかもだし」
これには、目を白黒させる郁己なのだ。
さすがにこの話は気が早い。
というところで、勇太が呼ばれた。
向かった先では、和田部教諭が沈痛な面持ちをしている。
「どうしたんですか、先生がそんな顔して」
「金城……。これは俺の責任だ。チェック漏れだった……。教師として申し訳ない……!」
いきなり、卓に頭をこすりつけて謝罪のスタイルである。
「は!? 一体どうしたんですか!? いや、顔上げて! なんか私が悪いことしてるみたいじゃん!」
しかし、和田部教諭がこれほど責任を感じる事態とは、一体。
「実はな、金城……。お前が志望校にしていた短大だが、今期を持って、大学部に吸収統合されることになっていた」
「は?」
「最近、こういうパターンが多くてな。何件かチェックしていたつもりで、他の短大とごっちゃになっていたみたいなんだ。まさか金城の志望校がそんなことに……」
「はぁぁ!?」
勇太、目を見開いて一瞬放心した。
それはどういうことだ?
つまり、どういうことだってばよ!?
「このままだと、金城。お前の志望校は坂下と同じ大学ということに」
「いや、いやいやいや……。あの、偏差値、偏差値……!」
「うむ。戦いは厳しい。正直厳しい。だが……一縷の望みはあるぞ」
そう行って、和田部教諭が取り出したのは一枚の紙だった。
「文学部メディアクリエイター学科……!! ここなら、偏差値がギリギリ、お前のものよりもちょっと上なくらいだ! まだできて歴史が浅い学部でな。金城の志望した短大も、この学部に吸収されることになる」
「そ……そっかー……。いや、ネットとかで調べてなかった私も悪いけどさあ……」
急転直下の展開である。
志望校が否応なくランクアップしてしまった勇太。
しばし、呆然と佇むのだった。
ちなみに、郁己と近くの学校に通うのが大事なので、別の短大に……という選択肢はないのだった。