体育祭、一年生たちのわちゃわちゃを眺める
「うわーっ、郁己なになに!?」
「さっきまで勇太たちがきゃっきゃうふふするのを紳士らしく眺めていたけど、俺にも我慢の限界というものがあるぞ! 揉ませて下さい」
「ええい公衆の面前で!」
事が終わった後、勇太に抱きつこうとして見事にあしらわれ、地面に転がされる郁己である。
玄帝流は表向き、護身のための技なので、こういういきなり抱きついてくる輩をあしらうのに長けている。
「うわーっ」
地面に転がる郁己。
だが、彼も伊達に生まれてからずっと、勇太の幼馴染をやってはいない。
むにっ、と郁己の手のひらが、勇太の二の腕を揉んだ。
「ひゃわーっ!?」
「よしっ! 勝負には勝った!!」
玄帝流の技の隙をつき、勇太の無防備な二の腕を堪能した郁己なのだった。
「まさか、天地落としに弱点があったなんて……!」
「ふふふ、俺も暇なときに研究してたんだが、その気になれば腕の一本と引き換えに勇太の胸を揉めるぞ……!」
「いや、腕は折らないけどさ」
「あんたら、いちゃつくのもいい加減にしろーっ!?」
二人の前で体育祭を観戦していた麻耶が、ついに我慢の限界らしく、振り返って猛烈に怒った。
ただいま絶賛恋人募集中の彼女なのだが、未だ良縁に恵まれていないのである。
「ほら、勇の後輩ちゃんが出る競技なんでしょ!? 応援するする! 坂下も立てー! っていうか勇の二の腕はぷにぷにしてて柔らかいのはうちも分かる! とても分かる! だけど今は揉むな!!」
「彦根さん、熱く叫ぶなあ……」
郁己はちょっと感心してしまった。
「おっ、一弥じゃん。なーんだ、スパッツにしたのかあ」
残念そうに勇太が呟く。
一年生による二人三脚なのである。
勇太にとって、同郷、同門、そして同境遇という正しく後輩である、夜鳥一弥。
女の子になってしまった彼……いや彼女の体は、胸こそ無いものの、すらりと伸びた足はほどよい柔らかさを持ち、男子たちの目を惹き付ける。
自然、一弥と組んでいる男子生徒に敵愾心の篭った視線がたたきつけられるのだ。
「あはは、視線が痛い! 一弥、すっかり人気になったなあ。あれかい? 元男だった女子は美少女になる法則とかあったり?」
「知るかバカ! っていうかあんまりひっつくな! 鈴音に見られたら誤解されるだろうが!」
「見られたらっていうか、ガン見しながら応援してるよね。ほら、あそこ」
彼らのクラスから、声援が聞こえてくる。
猛烈に盛り上がって、腕を振り回して叫んでいるのは板澤鈴音だ。
「おらー!! 一弥、淳平やれー!! あんた達なら一位になれるー!! あたしが保証するー!!」
一弥と淳平、そんな彼女を見てフッと笑う。
「凄いな……」
「凄いなあ」
自分以上に熱くなっている人を見ると、人間かえって冷静になるものである。
競技は二人三脚。
男女混合。
一弥と淳平は、ともに背丈は同じくらい。
体格は一弥がちょっと華奢に見えるが、その実筋肉はしっかりついている。
淳平だって、白帝流をたしなんでいたから、体の使い方は知っている。
スタート。
ブザーが鳴る。
今年から、スターティングピストルではなく、電子音のブザーが開始の合図だ。
二人の一年生は駆け出した。
一歩、二歩。
息が合った二人が、徐々に速度を上げていく。
「いいぞいいぞ! スパッツも悪くない!」
トンチキな声が聞こえたので、ふと横目で見たら、勇太がいた。
一弥がずっこけて、姿勢が崩れかかる。
これを淳平が力ずくで留める。
「落ち着け! 勇太さんがああいう人だって知ってるだろ!」
「今年になって知ったわけだから……ううっ、現実は残酷だ……!!」
やり場のない悲しみを、走りの原動力に変え、一弥は走った。
武道によって研ぎ澄まされた二人の少年は、とにかく速い。
呼吸を合わせ、お互いの動きを察し、最速で駆け抜ける。
「あの二人、二人三脚の速度じゃないな。流派違うんだろ? よくやるよなあ」
「あれは私と郁己とは、違うパターンの幼馴染だからねー。ライバルっていうやつ? だからこそ、お互いの事が分かるのかも」
「いいなー、熱い関係だ」
周囲は大歓声。
一弥と淳平は、他のクラスをなんと半周も引き離し、なおも速度を上げ続けながらゴールしたのである。
「うおー!!」
獣じみた叫びを上げながら、板澤鈴音が走ってきた。
頭には、鉢巻を締めている。
クラスの応援団長を買って出たのだ。
その割りに、一人で盛り上がり、さらには感激して応援ブースを飛び出してこっちにやって来てしまうのだから、普通に応援団長失格である。
「やった! やったね二人ともー! さあ受け止めろー!!」
「うわーっ、やめろ鈴音ー!!」
「板澤さんフライングボディアタックはよくない! うわーっ!」
鈴音の体当たりを受け、三人揃って地面にぶっ倒れた。
『コース内で寝転がらないでください! コース内で寝転がらないで下さい!』
アナウンスから注意が飛ぶ。
結局、クラスメイト総出で運ばれていくことになる三人なのであった。
「あいつらのクラスも濃いなあ……」
自分達の事は棚に上げ、しみじみ呟く郁己なのだった。