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体育祭予行における、格差と新技術について

「……おかしい」


 彦根摩耶は呟いた。

 今年度短距離走のクラス代表に選ばれた、金城勇の走りを見てのことである。


「……おかしい」


「摩耶さん、何がおかしいの?」


 友人が呟く疑問に、さらなる疑問を感じたのは脇田理恵子。

 城西学園高等部でミスコンをしたら、亜香里野キャンパスを含めても、ダントツで一位を取るであろうという美貌の持ち主にして、脇田財閥ご令嬢という、天が一物も二物も与えた女性である。

 だが、摩耶は彼女に対して唯一勝利できている胸元を見ると、深く頷いたのだ。


「理恵子見て、勇が走ってるでしょ」

「ええ。速いですねえ」


 金城勇の短距離走速度は、ありていに言っておかしい。

 勇の友人である板澤小鞠に言わせれば、バグっている速さである。

 どれくらい速いのかを具体的に述べると、男子短距離走のトップランナーよりちょっと遅いくらい。

 男子陸上部で、短距離のレギュラーになれる速度と言えば異常さがおわかりであろうか。

 無論、学校で行われる体育祭など記録が取られないお遊びである。

 さらには、勇は衆目が集まる本番でこの速度を叩き出すことはない。

 つまりこれは、練習時のみ彼女が見せる本気の走りということであった。


「確かに勇はおかしいくらい速いし、明らかに本番は七分くらいの力で走ってるけど、問題はそこじゃないのよ」

「そこではないのですか?」


 理恵子がきょとんとする。

 首を傾げると、サラサラヘアが流れて大変絵になる。

 ああ畜生かわいいなあ、と摩耶は思った。


「奴の胸を見るのよ」

「胸……?」


 理恵子は、再び走り出した勇の胸元を見る。

 見事に突き出した流線型が、風を裂きながら突き進んでいく。

 とても高い空力性能が想像される光景である。

 その後、理恵子は神妙な顔で自分の胸をぺたぺた触った。


「……理恵子なにしてるの?」

「大変ご立派だなと思いまして……。私、食が細いのであのような豊満さには憧れるのですが……」

「そうじゃない、そうじゃないよ!」


 摩耶は、理恵子大好き男子である国後が、鼻血を出しそうな顔でこちらを凝視していることに気づくが、あえて無視する。


「あの胸、おかしいでしょ。絶対おかしい」

「? 確かに同年代の女性としては大きいと思いますが、摩耶さんだって平均以上でしょう? 日頃、肩こりしないギリギリのラインと仰っていたような……」

「そうよ。でも、そんなうちでも、走ればしっかりスポーツ用ブラでガードしてても揺れる。でも、勇はあのサイズが」


 再びクラウチングスタートをする勇。

 三往復目だと言うのに、速度が衰えない。

 再び胸元の流線型が、風を切り裂きながら突き進む。


「ほら!! 揺れない! 全然揺れない! おかしい……!! あれは鋼か! いやそんなことはない。うちがこの間揉ませてもらった時はしっかり弾力があって素晴らしく柔らかくてあったかかった」

「揉んだのですか……!?」


 理恵子がとても羨ましそうな顔をした。

 そして、すぐに気を取り直した様子である。


「あれは、実は理由があるのです。昨年まで、胸のことを気にして全力で走れなかった勇さんですが、脇田グループの傘下にスポーツ用品メーカーがあってですね。最新型のチェストガードの試供品を使ってもらっているのです」

「チェストガード……?」

「胸の形が崩れないよう、しっかりとガードするものです。本来は格闘技用だったりするのですが」

「そんな最新装備を……!!」

「摩耶さんも付けられた方が、走っている時に痛くないと思いますよ」

「一つください……!」


 少し離れた場所で、男どもも勇の尋常ならざる速度に注目していた。

 そして、僅かな落胆もある。


「揺れない」

「揺れないなあ」

「なんであのサイズで揺れないんだ……!」

「お、おいお前ら。どうやらあれは、脇田さんの会社の新技術で、女子の胸を揺れなくするらしいぞ」

「ひでえ」

「なんて残酷な技術を開発するんだ!」


 脳内が欲求に満ち満ちた男子たちに、女子側の苦労など分からないわけである。


「何を言ってるのかお前らー!」


 摩耶に怒鳴り込まれて、うわーっ、と散り散りに逃げる男どもなのである。


「ん? どうしたの摩耶ちゃん。ものっすごい目を吊り上げて」


 流石に息を切らせて戻ってきた勇。

 怒髪天を衝く状態の摩耶を不思議に思う。


「勇。あなた苦労してたんだねえ……」


 肩を抱かれて、さらに疑問が加速する勇である。

 そして、それはそれとして合法的に友人をハグできるようなので、固く抱擁しておく。


「うおっ、勇、なんかパワフルッ」

「あっ、ごめん本気出すとこだった」


 摩耶のつま先が地面から浮きかかっているほどのハグである。


「で、どうなの、チェストガードの使い心地」

「うん。分厚い生地できっちり固定するから、外見はバストサイズが二つくらい上がりそうな……」

「なにい」

「つけ心地はよくないよ? 硬いし。だけど、固定されるぶん全力を出せるっていうか!」

「まさに女の戦装束みたいな感じね。やっぱりうちも必要か……! いや、しかし勇のそれはでかいわね……」

「うん。特注。栄ちゃんも特注になるんじゃない? ほら、今理恵子ちゃんとその話してるっぽい」

「栄、いつの間に……!」


 いや、今や理恵子の周りに、女子たちが集まっているではないか。

 脇田理恵子は世間離れした印象の、深窓のご令嬢である。

 そのため、このように女子たちから囲まれることなど今までない。

 戸惑いながら、やってくる女子たちに対応していた。


「でも、理恵子ちゃん嬉しそうだよ」

「そうだねえ。理恵子、割りとこの一年でみんなに親しんできたよねー」

「レヒーナとの一件で、みんなのイメージ変わったでしょ? 理恵子ちゃん、友達との別れで泣くんだって、ちゃんと気づいたんだよ」

「そうねー。実際、かなり可愛いところはある……! しかしまあ、みんなが話しかけるきっかけがチェストガードとはねえ……」

「勇さん! 摩耶さん! 助けてください~」

「あ、パンクした」

「しゃーない、助けに行ってやるか!」


 かくして、同年代の友達相手という、理恵子が不慣れな状況に加勢する二人なのであった。

 その後、今年度体育祭の三年二組の中心が、なし崩し的に理恵子になったとか、ならないとか。

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