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試験結果と新たな勉強仲間

 模試の結果は、数日もすれば分かるようになる。

 勇太は緊張の面持ちで、和田部教諭から手渡された判定シートを開いた。


「……っし!!」


 強くガッツポーズ。

 彼女の選択は、男らしく第一志望の短大専願。

 判定はA。

 このまま突き進めば120%受かる。


「よくぞ頑張ったぞ私!! さっすが私……いや、流石は郁己……!!」

「おっ、その顔だといい結果だったみたいだな。ほら、いっそ大学にランクアップしてみてはだな」


 こちらも、結果を受け取った郁己が戻ってきたので、勇太はすかさず座る前の彼をハグしたのである。

 周囲がどよどよっとどよめく。


「うおわっ! ゆ、勇、落ち着け……!! ここは人前だぞっ! 授業中……!」


 なだめる郁己と、状況に気づいた和田部教諭の、わざとらしい咳払い。

 ちぇっ、と可愛らしく舌打ちして、勇太はホールドを解いた。

 一見して柔らかな肉体を押し付ける、相手にとっては天国のような拘束であっても、合気柔術系の格闘技を深く修めた彼女の抱擁は対象の身動きを完全に封じる地獄の拘束でもあるのだ。

 郁己、背中を擦りながら席に腰掛ける。


「なんでいきなり抱きついた」

「感謝の気持ち。こう、いつもの柔らかいだけのハグだと、感謝が足りない気がしてさ。そこでこの私流の奥義を加えて、郁己を強く抱きしめてみたわけさ」

「いらねえ研究ばっかりするなあ……!」


 郁己はすっかり呆れ顔だ。

 だが、そんな彼も、勇太が手にした判定の紙を確認すると、笑みを浮かべた。


「完璧だな。もともと、勇は頭悪くないんだからな」

「そお? 褒めてくれたんだとしても嬉しい。で、郁己はどうなん?」

「ん? 完璧だぜ」

「うわあっ、この男第一志望から第三志望までA判定!! 人間じゃない!」


 勇太は凄まじい結果が刻まれた、郁己の用紙に悲鳴をあげた。

 クラスの一部からも、郁己に対して羨望と畏怖のこもった視線が向けられる。

 この時期は、既に嫉妬している段階を超えているのだ。

 クラスメイトのある程度は、郁己が日頃、勇太の父親である大学教授と共にフィールドワークなどをしていることを知っている。

 実学の場に赴いているわけだ。

 だが、いくら勉強になるとは言っても、試験勉強とはまた違うものだ。

 だというのにこんな結果を叩き出す。


「坂下はさ、絶対お前、旧帝クラスなら楽勝だろ。なんで通常クラスにいるんだ……!?」


 大学進学を止め、世界をバックパック旅行するつもりである男、下山。

 案の定、悲惨な結果を刻まれた結果用紙を手に、郁己に詰め寄るのだ。


「特進も通常も変わらないだろ? 試験対策なんて俺たちの前にいた無数の先輩方がやってるんだ。ってことは、そのデータをさらって対策を立てればいい。あとは徹底した基礎学力の向上だな。で、下山はどうしたんだ? バックパッカーにも勉強が必要か」

「ふふふ、それはな……。俺はバックパック旅行の計画を打ち明けた所、母親が泣いてな」

「うん、ノープランバックパック旅行は泣く親もいるだろうな」

「家族会議の末、どこでもいいから大学に合格した後、休学して行くなら許す、旅費は在学中にバイトで稼ぐということになったんだ……」

「結構なことじゃないか」

「うんうん。下山くん真面目ー」


 すると、勇太と郁己の前で、下山はがっくりと膝をついた。

 四つん這いの姿勢で、ハラハラと涙を落とす。


「うわっ、こいつ泣いてるわ」


 様子を見に来た摩耶がドン引きの表情をした。

 ちなみに、摩耶の結果は第一志望がB、第二がA。なかなかである。


「さては下山」


 郁己は目を細めた。


「試験勉強してなかったな」

「ぐうーっ!! だ、だってな、バックパック旅行に学力は……」

「前提条件が変わったんでしょ? 勉強しなくちゃね」


 郁己に突っ込まれ、勇太に肩をポンポンされ、下山はふるふると震える手で結果用紙を差し出した。

 どれどれ、と覗き込む、勇太と郁己と、ついでに摩耶。


「うっわ! うっわ!! ありえないわ。うち、こんな判定出たら死ぬわ」


 笑い事ではないのだが、笑うしかないアルファベットの数字を見て、摩耶は引き笑いを漏らす。

 そして、下山が静かに床に横たわったので、真顔で「ごめんごめん!! ほんとごめん」なんて謝りだす。


「これは……郁己」

「ああ。こんなんでも俺の友達だからな。下山強化計画を発動しなくちゃならないな」

「よし、僭越ながら、下山にとどめを刺してしまったうちも手伝うよ……!」


 かくして、これからの新しい予定が決まったのである。





「でもさ、正直、坂下くん半端じゃないよね。うち、あの人の余裕だけは信じられん」


 帰り道。

 郁己と下山が連れ立って後ろにいるので、肩を並べているのは勇太と摩耶。

 摩耶のほうが少し背が高く、印象もほっそりしている。

 彼女としては、勇太のすっかり女性らしくなった体型がとても羨ましいらしい。

 横に並ぶと、摩耶の頭の先が勇太の上に出て、他の全身は彼女のシルエットに隠れてしまう。


「でもさ、正直勇は半端じゃないので、うちはそのプロポーションは反則だと思う」

「なんで今私のことに言い直したのさ!?」

「いや、つい……」


 ついカッとなったのだろう。

 勇太も分からないことは無いので、友人の発言は不問に付すこととした。

 正直、自分でも風呂上がりの自分を鏡で見ると、ムラっとすることがあって危ないと思ってはいる。


「最初の話に戻るけど、郁己はね。勉強が趣味なの。好きだからめちゃくちゃできるの。これが結論」

「Q.E.D.ってやつね。そうかあ……勉強が趣味かあ……。そんな変態さんがいたのか……」

「その変態さんは私の男だゾ」

「うん、ひどいこと言った。正直すまんかった」


 ぺこりと摩耶が頭を下げて、勇太がふんぞり返って許す。

 ここまで鉄板。

 すぐに、二人でげらげらと大笑いした。

 いきなり笑いだしたものだから、郁己も下山も、二人を不思議そうに眺めている。

 向こうは向こうで、これからの学習計画が決まったようだ。

 十月中旬からは体育祭がやってくるから、それも踏まえての計画だろう。

 きっと、今まで遊び暮らしていた下山には大変厳しいことになる。


「下山くん!」

「お! なんだい金城さん」

「これからとても辛く苦しく、長く果てしない勉強が待ってて、泣いたり笑ったりできなくなるくらい恐ろしい勉強漬けの日々が待ってるよ!」

「ひい!! 明るい口調で絶望的な事を!!」

「私が今年通った道だ! ついてくるんだ!!」

「金城さんが通った道……!? いい匂いしそう」


 下山、俄然やる気になった。

 人間性の第一義に性欲があるような男である。

 郁己、こんな勇太を見て、男をコントロールする女の魔性を身に着けたと感心している様子。

 そんなわけで、この日から郁己と勇太の勉強会に、下山が参戦することになったのである。


「あ、うちもうちも!!」


 摩耶もである。


次回から、体育祭編に突入です。

あまりお待たせせずにお届けできるよう書いて行きますよ。

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