季節変わり目のまったり?
衣替えのシーズンがやって来た。
まだまだ残暑の気配はあるものの、夏服とはこれにてお別れ。
勇太たち三年生は、これが今生の別れみたいな意味もあるわけで。
「あれだよねー。のちのち、郁己とそういうプレイをするようになったら着るかも」
「ははは、あけすけにそういう事言うなよ」
ちょっと品の無い冗談に、ツッコミを入れる二人の関係。
勇太が身につけている冬服は、二年目の春が終わった頃にあつらえたものだ。
一年間でぐんぐんと背丈が伸び、何より胸周りとか腰周りとか、ふんわりと女性らしい部分が著しい成長を遂げた時期だ。
それ以降、買い換えてはいないわけだが……。
「その後、勇太は尻とか胸とかきつくなったりしないのか?」
「……実は、シャツのサイズは一つ大きくなってるんだよね。スカートはこれを考えてちょっとだけサイズアップしてあるよ。ちなみに上着は、袖丈が足りなくなっただけだからね?」
城聖学園の女子制服はボレロ。
ボタン一つだけで留めるスタイルだから、多少の体格の変化には対応できる。
問題は、その下に身につけるジャンパースカート部分である。
これが、胸と腰周りの成長の影響を如実に受ける。
「麻耶ちゃんにもダイエットとかしたらって言われてるんだけど、ウエストは大きくなってないからいいかなあって……。もうね、ご飯が年々美味しくなって来ててねえ……」
「うむ……勇太の食いしん坊ぶりは増すばかりだからな。で、今日も朝食だけじゃ足りなかったというわけか」
ここは駅の構内。
エキナカのコンビニにて、勇太が朝のおやつを購入したところである。
駅を出たところで立ち止まり、取り出したるはタルタルチキンサンド。
しっとりした衣に包まれたチキンを、たっぷりのタルタルソースであえたコッペパンベースの惣菜パンで、これ一本で400kcalほどある。
それを勇太は、むっしゃむっしゃと食べながら、一緒に買ったりんごジュースで飲み下していく。
隣の郁己も相方に釣られたか、一緒に買ってきたチョコバーなどをむしゃむしゃ。
若さが生み出す健啖ぶりを、二人はいかんなく発揮する。
袋から取り出した分をひとまず食べきった、と言う辺り。
「よし、行こっか!」
「おう!」
そういうことになった。
バス停に並ぶ他の生徒たちを横目に、二人は学園へ続く山道へ向かうべく歩みを進める。
不意に、勇太がきょろきょろをあたりを見回したかと思うと、ビニール袋から新たな食べ物を取り出した。
「あっ、勇太お前、それはーっ」
「ふふふふふ。やっぱり王道コロッケパンは外せないよね」
お行儀悪く、ジャンボコロッケパンの食べ歩きである。
大きく口を開けてかぶりつくと、実に幸せそうに目を細める。
「んむーっ!」
「おのれ、俺はチョコバー以外買っていないというのに……!」
「郁己は小食だもんねえ。でも分けてあげない」
もう一口、がぶり。
そこで、真横にスイーッと真っ黒な高級車が走ってきて速度を落とした。
ブラインドガラスが音も無く開くと、見覚えのある女子生徒が顔を出す。
「お二人は今日も歩いて登校なのですね」
「むぶっ」
いきなり声を掛けられて、コロッケパンでむせる勇太。
「あらあら」
暢気そうなのは、優雅なる車通学の脇田理恵子だ。
学園まで送られる途中で二人を見かけ、声をかけてみたらしい。
同じ学園に通う仲間であるから、大財閥の令嬢たる理恵子も本日から冬服なんである。
勇太が身につければ、活発で可愛らしい印象のボレロ。
これが、ひとたび理恵子の体を覆えば、まるで専用にあつらえたオートクチュールのごとき気品を漂わせる。
実に懐が広い制服であった。
理恵子は長い髪を風になぶられつつ、
「落ち着いて食べたほうがいいですよ。それから、ちゃんと飲み物と一緒に……私も、今度歩きながら食べてみたいと思います……え? ダメなのですかじいや」
何か車内で、理恵子のお付きらしき老人が必死にお嬢様の思い付きを止めているようだ。
「ああ、分かりました嶽岡。後ろの方々が困っているのですね。出して下さい。……それでは勇さん、坂下さん、また学校でお会いしましょう」
お嬢様は優雅に手を振りつつ、ブラインドガラスを引き上げていくのである。
スーッと音も無く、黒い高級車は走り去っていく。
その後ろを、ホッとしたような雰囲気を漂わせつつ、軽自動車の群れが続いた。
あの大型で、明らかにかたぎでは無いような黒い車、煽ったり追い抜いたりは難しかろう。
「うへえ……死ぬかと思った」
だが勇太、そんなことは気付いてもおらず、ようやく気管につっかえたコロッケが取れたようで涙目になっている。
そして、じっと見つめてくる郁己に気付いて、
「うん? 何さ。理恵子ちゃん行っちゃったんだね」
「いやな……やっぱりお前の友達、凄いなあと思ってさ」
「そお? いい子だよ?」
いい子には違いがないだろうが、色々と凄い事は確かだろう。
郁己は思ったが、口にしないでおいた。
そういう人種と分け隔てなく付き合えるのが、この勇太と言う人間なのだ。
思い出してみれば、バレー部のエース、引っ込み思案の文学少女、学園トップスリーのお喋り好き美少女に、イタリアからの留学生、大財閥のお嬢様、柔道娘と、彼女の友人にあてはまる人物は、多岐に渡る。
「勇太にかかれば、みんないい子になっちまうのかもしれないな!」
「えー? 何それ! 例えばほら、心葉の友達のあの子なんかは、全然いい子じゃないからね? あ、いや、可愛いところもあったから、いい子なのかもしれない……」
「ほら見ろ」
「むむむーっ。だったら郁己はどうなのさ? なんか友達とか、中学の頃とそんな変わんないじゃん」
「ふふふ、そう思うか? 聞いて驚け。既に東都工学大に推薦を決めたトイレの鬼と、執念の力で驚くべき速度でイタリア語をマスターしつつある偏屈、そして自分探しの旅に出るため、卒業後世界をバックパックで一周する自分をこじらせた愛すべきバカモノ……」
「ええええっ、あの人たち、そんなとんでもない事になってたんだ……。というか、下山くん、倫子さんに振られたのがそんなに堪えてたんだねえ……」
うんうん、と頷く勇太。
険しい上り坂もなんのその、他愛も無い会話をしながら二人並んで登って行く。
一年のころは、ここを上がるだけで息を切らしていたな、なんて考えつつ。
「で、あと一人大事な人を忘れてない?」
勇太が振り返り、後ろ歩きになる。
郁己の胸を指で突っつきつつ、微笑みかけた。
「聞くか? 一番の大バカモノだぞ。なんと、城聖グリーンキャッスル、あの大会場を予約した奴がいる」
「……へ?」
「楽しみにしていろよ。ふっふっふ……!」
そんな事を言うなり、郁己は真っ先に走っていってしまった。
後に残されたのは、呆然とした顔の勇太。
状況が理解できない。
真横を、学生をぎゅうぎゅうに詰め込んだバスが走っていく。
「ちょ、ちょっと待って。ちょっと待とうか郁己! 郁己ーっ! なんで全力でダッシュするーっ!?」
かくして、高校生活最後の一年、その後半戦が始まるのである。