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学園祭当日のうろちょろ

「おーい、ぶらつこうぜ」


 郁己がやって来た。

 またも大混雑の人生ゲーム。

 大きな波を越えたところで、看板娘三人にお暇が出されたわけである。

 たくさんの人と接して、麻耶がくたびれてぐったりしている。横で大盛さんが、彼女にクエン酸入りスポーツドリンクなど差し出している。

 意外にもケロッとしているのは理恵子。

 どうやら実家でちょこちょこ開かれる、パーティみたいなもので、たくさんの方々に挨拶する事に慣れているのだそうだ。想像外のお嬢様の体力であった。

 そして我らが金城勇太。

 基本的に何があっても元気である。

 本日も元気。彼女の元気に例外は無い。


「よし、ぶらつこう!! どこいく? 遥ちゃんとこでメイド服冷やかして、一弥は展示だっけ? コスプレとかすればいいのにねえ」

「勇、ほんっと元気だねー……。うちはもう限界だよー」

「委員長がんば! 麻耶ちゃんがいないとクラスは動かないんだから! 任せた!」


 無責任に麻耶の肩をポンポンして、勇太は郁己の元に走っていった。

 二人並んで、校舎に入っていくのである。



 下駄箱を通り過ぎると、屋内の喧騒が耳に届いてくる。

 今年も碧風祭は大賑わいだ。

 二人はひとまず、一階は一年生教室を冷やかしていくことにした。

 目に入ったのは、お化け屋敷。


「定番だねえ」

「よし、行くか」


 そういうことになって、共に並んで暖簾をくぐる。

 精一杯、それっぽく作られたお化け屋敷の暖簾。

 この藍色の布は、着物の布の端切れでも使ったものだろうか。


「藍色の布もいいね……。今度、そういう着物欲しいなあ」

「おう勇、集中集中」

「あ、そうだった」


 勇太が前に向き直った瞬間、


「ばあっ」


 横合いからお化けのメイクをした女子生徒が飛び出してきた。

 勇太、じっと彼女の目を見て、


「…………」

「…………あの」

「うーわー、驚いたー」


 郁己は生暖かい眼差しになった。

 横に人が潜んでいるのは、気配で分かっていたのだろうが、ちゃんと空気を読んで驚いてあげる辺り、勇太も大人になった。

 あからさまに女性とがホッとした顔をして、それから案内を始めた。


「ええと、順路がかかれてますので、その通り進んで下さい。横合いの布には触れないようにお願いします」

「はーい」

「いやあ、思ったより本格的だな」


 あくまで学生が作ったお化け屋敷。

 つたない部分もそれなりに多い。だが、そこはそれとして楽しむのがお祭りの(いき)というものだ。

 二人はまったりと暗がりの中を進んでいった。

 どんどん飛び出してくる、お化けに扮した生徒たち。

 とても気合の入った演技だ。

 このお化け屋敷、完全にマンパワーで回している。濡れた布やこんにゃくが吊るされていたりとか、演出で驚かせるという発想がない。

 ひたすらお化けメイクの生徒が驚かせる。

 お化けの数はおよそ二十人。

 裏方も含めれば、クラス総出だろう。

 勇太は彼らの頑張りに感動すら覚えた。


「いやあ……良かったなあ。青春だよー」

「もう、最後は俺たちあれだな。後輩の成長を見守る視線だったな」


 無事にお化け屋敷の回遊を終えた二人。

 不思議な感動とともに次の部屋へ。

 そこが、一弥のクラスで、出し物は展示。

 期待はしていなかった二人だったが……。


「うおっ」


 入って早々、割り箸で作られた金閣寺が出迎えた。

 その奥には、空き缶を積み上げて作られた天井まで届く高さのスカイツリーがある。


「うわーっ! 想像よりも全然気合入ってた……!!」

「今年の一年はやるな……」


 どうやら、ゴミを再利用した展示であるらしい。

 碧風祭のパンフレットなどはあるのだが、自クラスの出し物と、文芸部の展示にかかりきりだった二人は、チェックなどしていない。

 残念ながら、一弥と淳平、鈴音の姿は無かったが、それはそれ。

 気合の入った展示を堪能した後、隣の教室へ移動するのだった。


「喫茶店か」

「普通のお店っぽい。無難だね」


 でもとりあえずは入ってみる二人なんである。

 並べられているお茶は、普通のティーパックを使った紅茶か緑茶。コーヒーは無い。

 食べ物は……普通のケーキ類。


「ここはイチゴショートでしょ。私、イチゴショート」

「じゃあ俺はチーズケーキ」


 注文の後、切り分けられたケーキが出てくる。

 それを見て、勇太と郁己は目を見開いた。

 四角い。

 長方形なのではない。

 正方形なのである。

 まず、市販品ではお目にかかれない形状だ。

 ……ということは……。


「はい、スタッフのお手製です……!」


 ウェイトレスの女子生徒が胸を張った。

 ボリューム的には今後に期待だが、自信満々である。


「どれ……」


 大きく切り取って口に運ぶ勇太である。

 生地部分は悪くない。利理の家のケーキと比べたら確かに劣るが、プロのそれと比較したら可哀想だ。

 だが、このケーキの本質はクリームにあった。

 胸焼けするほど濃厚な風味の重いクリーム……!!


「なんだこれ……!? 凄く甘いけど、クリームがとにかく、こう……!」

「こっちのチーズケーキ、チーズが濃厚すぎて重いんだけど」


 この店は、大変重厚な風味のクリームやチーズが売りであった。

 これは、若者受けはいいだろうが、それなりの年齢の方々では食べきれまい。

 おそらくこの一切れで、コンビニ弁当に近いくらいのカロリーがある。


「恐るべし、今年の一年……!」


 予想外にお腹が膨れた二人は、一階を後にしたのである。

 二階に上がってくると、勇太は矢も盾もたまらず、遥の教室へ急ぐ。


「おお……! メイドさんがいっぱい……!」

「あれっ、金城先輩じゃないですか。いらっしゃーい」

「やほー万梨阿ちゃん。うちの神様元気?」

「げっ、元気すぎるくらい元気です」


 勇太は、入り口で呼び込みをしていた、スタイルの良いメイド少女と話しこむ。

 猪崎万梨阿だ。

 金城邸の道場に居ついていた、炎神様という神様は、遊びに来た万梨阿のことが気に入ってしまい、以来ずっと彼女の家にホームステイしているのだ。


「遥ちゃんを見に来たんだけど、ほえー、万梨阿ちゃんも似合うねえ……。かっこいいよー。……その胸元は本物?」

「もっ、もちろんですって! っていうかあたしより、金城先輩のほうがずっと大きいんですから別にいいじゃないですか」

「勇太め、女の特権を使ってセクハラな質問をするとは、やりおる」


 だが有用な発言だ。

 郁己はそ知らぬ顔をしながら耳をそばだてておく。

 最後に勇太が、何やら男であれば一発アウトなボディタッチをしたらしい。


「きゃっ!? お触りは禁止ーっ!?」


 万梨阿の悲鳴を聞きながら入店と相成った。


「フフフフフ……」

「やり過ぎじゃないか勇太。いや、もっとやっても構わないが」

「何を言うのさ。男の俺と女の私と、どっちも好きだって言ってくれたの郁己じゃん。だから私は自分に正直に生きることにした……!」

「おお……! 俺は危険な獣を野に解き放ってしまったのかもしれん……!!」


 かくして、一階で食べた重いケーキを若さのパワーで消化して、二人はメイド喫茶に挑むこととなったのだ。

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