学園祭前日! テストプレイに思うこと
「ひゃっ、ひゃあー!! かわいい! 遥ちゃんかわいいーっ!! どうしたのそれ、どうしたの!?」
「ひょえーっ」
勇太が突然奇声をあげたが、いつもの事であるので動じない郁己だ。
これは、本日泊りがけでゲームの最終調整を行う際、じゃんけんで負けた二人が買い出しに行った帰りである。
二年の教室から現れたメイド服の少女が、どこか見覚えがあるなー、なんて思っていた矢先のこと。
勇太が思わず抱きしめた少女は、癖のある髪質で眼鏡を掛けた小柄な子で……。
そう、勇太と同じ元男の子、黒沼遥である。
どうやら、彼女が所属するクラスの出し物は、メイド喫茶のようで。
実にベタベタだ。
「ああっ、金城先輩、俺だってまだ抱きしめてないのに!!」
切羽詰まった声で駆けてくるのは、遥の彼氏の龍。
……よく見ると、彼はビシっと決めたスーツのようなものを着ていて、これは執事だろうか。
「出し物、メイド執事喫茶なの? いいじゃん、龍は体がでかいから見栄えがするな!」
郁己が蝶ネクタイの辺りを小突くと、彼はうへへ、と笑った。
「なんか、メイド喫茶言い出した奴に対して、女子からの妥協案が執事もやれ、だったんですよ。で、ようやく今日になって衣装が出来たから着込んでて……」
「あれえ? 遥ちゃん、胸ちょっと大きくなった?」
「なにいっ!!」
「おっ」
目を剥いた龍と、鼻の穴を膨らませた郁己である。
とりあえず勇太、郁己のスネの辺りをペーンッと蹴っ飛ばす。
「おうっ」
両手に荷物をぶら下げたままぴょんぴょん跳ねる郁己。
その前で、遥が恥ずかしそうにうつむいた。
「や、僕、全然サイズとか変わってないんですけど……。この服、胸が余ってて……それで、その、パッドを……」
「ほうほうほう!」
何故か目を輝かせる勇太。
こっちの二人は二人で、それなりに悩みや思うことがあるようだった。
主に遥は胸の悩みとか。
きちんと女子をしてるんだなあ、と感心する一方、遥の弟がちょっとずつ色気づいてきて、一緒にお風呂に入っていると色々触ってくるとか、何とか。
「なんてことだ。遥、今触らせてくれ」
龍がトチ狂ってそんな事を口にしてきたので、遥に変わって勇太が物理的に懲らしめた。
「ぬうう……! み、見事な小手返しです……」
執事服姿が廊下で上下逆さになって転がっている。
「明日はお二人とも来てくださいね!」
快活な様子で、去っていく二人を見送る遥。
勇太も郁己も、
(遥ちゃん以外の女子のメイド服も楽しみだな……)
などと考えるのだった。
さて、教室に戻ってくると、作業はほぼ終了しており、もっぱらテストプレイをしているところだった。
ゲームシステムはオーソドックスな人生ゲーム。
ただし、生まれてから墓場までをプレイするザ・人生ゲームモードと、社会生活のみをプレイする簡単モードを選んで遊べる。
後者であれば二十分程度だが、ザ・人生ゲームモードは一時間近い時間がかかる。
一体誰がそれほど時間をかけて遊ぶのか、甚だ疑問ではあった。
「よーし、餌だぞお前たちー!!」
郁己が叫びながら、戦利品を高らかに掲げる。
クラスからは、うおおおおーっ、という雄叫び。
さすがに三十人からのクラスメイトへの補給物資を、二人きりで買うのは現実的ではない。
あと四人が飲み物買い出し班として出立していた。
勇太たちはお弁当、お菓子の買い出し係である。
物資を置くと、そこにクラスメイトが群がってくる。
「おっ、お好み焼き弁当あるじゃん! ラッキー!」
学級委員長にしてクラスの出し物の統括者、彦根麻耶は喜々として、お好み焼きにライスがセットとなったお弁当をゲットした。
「おつかれさん、二人とも。あとはテストしながら、修正箇所を見つけて文章を打ち直してラミネートしてて……それを四セット分。なんで、良かった二人ともテストして行ってよ」
「はいはーい。ずっと遊んでみたかったんだよね。よし、一緒にやろ、郁己!」
「おう! 負けんぞ」
「人生ゲームで勝ち負けって……」
「人生の勝者とか敗者とかあるだろ」
二人揃って、スタート地点に。
「よっしゃ、うちがルーレット回すよ! そんじゃ、希望のゲームは?」
「ザ・人生ゲームで!」
「おっけー!」
食事前に一時間近いゲームを遊ぼうという二人であった。
ちなみに、ゲームを出来るコーナーが四つ同時に用意されていて、クラスメイトは簡易ルーレットを持って、参加者の横についていって、彼らの希望に従ってルーレットを回す。
指し示された数字の分進む、というわけだ。
まずは、生まれから。
「おっ、私は平民だ」
「俺も平民だ」
「そこのところは問題が出ないように、90%平民になるようにしてる」
昨今、色々うるさい世の中である。対策もバッチリということらしい。
ゲームがスタート。
二人で順番に、幼稚園、小学校とのぼっていく。
「わっ、ガキ大将になる、だってさ」
「お前そのまんまじゃん」
「これ、もしかして私のことをリサーチしてる……?」
「いやあ、あの頃の勇は強かったなあ……今でも強いが」
中学の頃。
「あっ、失恋した。ねえ麻耶ちゃん! これ絶対おかしいよ」
「どうしたん?」
「リアルすぎる……!!」
「えっ!! 勇、中学の時に失恋したの!?」
「ぎゃーっ!! 声! 声が大きい!!」
勇太が中学時代に失恋した話が、クラス中に知れ渡ってしまった。
郁己がわっはっはと笑っていると、その腹に勇太が軽いボディブローをしてくる。
そして距離が近づいたところで、
「もう……男のままだったら、あそこで綾音さんに告ってたんだからな。なんで、郁己は俺の人生の責任をとれ」
「おおっ、久々に勇太が出てきたな……。そっかー。姉貴、もう先生とアレだからなあ。秒読みだからなあ」
「おっ、おいおまっ!? 郁己、それ本当!? 本当にそうなってんの!? マジで!?」
何やら勇太が血相を変えて郁己の襟首を掴む。
「ぐおー!! 締まってる! 締まってるから! ギブギブ!!」
「どうしたどうした、痴話喧嘩か!?」
「いやー、あそこまで目を血走らせた勇は珍しいよね。うちは身の安全のために距離を取るよ!」
「委員長が逃げた!」
かくしてゲームは中断。
「しまった……! せめて結婚式までは遊びたかったのに……!」
「あそこで勇太が暴れたら、用意してきたゲームが大変なことになるからな。残当と言えよう」
痴話喧嘩は外でするのだ、とクラスから放り出された二人である。
廊下に椅子を出して、座って二人で弁当を食べる。
郁己は唐揚げ弁当、勇太はハンバーグ弁当。
飲み物買い出し班も戻ってきて、メンバーであった楓がじきじきにお茶を差し入れてくれた。
よく冷えていて美味しい。
「でも……綾音さん結婚するのか……。なんだか、吹っ切った気持ちだったんだけど、凄くショック……。いや、ショックを受けてる自分にショック……」
「男心だなあ」
「まだ私、男なのかなあ? もう三年目なんだけど」
「そりゃそうだろ。女の勇との付き合いは三年弱。でも、男の勇太との付き合いは十五年なんだぞ。それにな」
郁己は唐揚げを齧ると、米をもりもりと食べた。
飲み込んでお茶を飲んでから、
「ふうっ……。俺はどっちの勇太も好きなんだから、別に吹っ切るとかしなくてよくね?」
「郁己……」
「まあ、その、最近になって思うようになったんだけどな。どっちも選んじゃえばいいんじゃないかってな」
「うん、そうだな。そうだよね」
勇太は少し笑顔を取り戻して、ハンバーグを一息で食べた。
「あっ、ご飯とのバランスが!」
「ひゃいほーふ!」
凄まじい咀嚼力でハンバーグを食べつくすと、そのままご飯をパクパク。
あっという間に弁当箱が空になった。
女子にあるまじき健啖ぶり。
いや、この食べ方は。
「あー、中学の時のお前の食べ方だ」
「そ~言うこと。解禁!」
「いや、女子としてそれはどうかなと」
「なにい!! さっき、どっちも選んじゃえって言ったの郁己じゃん!?」
また二人がわいわいと騒ぎ出す。
教室の中では、麻耶がその様子を見て、
「まだ痴話喧嘩してる……ちょ、ちょっと羨ましい……いや、羨ましくなんてないんだからねっ!!」
そう言いながらお好み焼きをガブリとやるのであった。