表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/81

作業開始のワンシーン

 ダンボールハンターたちが帰還してくると、ゲームデザイナー班は既にゲームデザインを終えていた。

 具体的には、教室中央部に市販の人生ゲームが鎮座ましましており、これをデザイン班が遊んでいたのだ。

 市販ゲームのテキストと、自分たちが作ったテキストを見比べて、修正を加えていく。


「ここんところの文章、ちょっと変えよっか」

「さんせー。金とか、勝ち負けとか出すぎると重いしなあ」

「これさ、ワンゲーム二時間とか掛かるっしょ? それはさすがにまずいと思うんだよね」

「うし、じゃあ一ゲーム十分くらいに縮めるか」


 メインシステムは、ダンボールで作られたサイコロを振って、出目の数だけ進む。

 お金などのシステムは排除。

 端的な人生イベントを配置して、それぞれのマスで人生カードをゲット。

 最後に手に入れた人生カードのポイントで競う、と。


「完璧ではないかね」


 デザイナー班の首魁、彦根麻耶が自らの判断を絶賛した。

 彼らの自画自賛をよそに、到着したダンボールに作業班が群がっていった。

 手に手にカッターナイフと、両面テープやら模造紙を手にしている。

 ダンボールを規定のサイズに切り、サイズが足りないものは組み合わせ、模造紙で覆って形を整えるのだ。


「一休みしたら、俺たちも取り掛かるか」


 坂下郁己が宣言し、ダンボールハンターたちも戦線に加わる事になった。


 さて、ダンボールとは自在に加工を行なう事が可能な資材である。

 時に梱包材、あるいは断熱材、あるいは土台となり、時には家になることもある。

 それの性質を知り尽くす事で、ダンボールとは自在に変化を遂げる、万能の資材となり得るのである。

 一方。

 ダンボールは思わぬ顔を見せるときがある。


「いてっ」


 郁己が呻いた。

 指先がぱっくりと切れている。

 ダンボールを扱う際、その縁を滑らせて、指を傷つけてしまったのである。

 ダンボールとは刃でもあるのだ。


「うへえ……やっちまった」

「うわっ、血が出てるじゃん! 郁己大丈夫?」

「誰か絆創膏もってない?」


 勇太をはじめ、みんな集まってきた。

 基本的に騒動が大好きな連中である。


「ああ、いや大丈夫だから! 作業してくれー」


 郁己としては、そこまで大事ではない。

 ダンボールで指を切ったところをみんなに見られるなど、なんとなくばつが悪いではないか。

 クラスの仲間たちも、ちょっとしたハプニング気分で野次馬になっているだけだ。

 だが、ここに一人。

「ふーむ」と唸りながら、おかしなことを考えている者がいた。

 言わずと知れた勇太である。

 彼女はひとしきり唸った後、そのまま当然のような顔をして、


 ぱくっ


 と、郁己の指先を咥えてしまった。


「あっ」

「えっ」

「いっ」

「おっ」

「うっ」


 目撃した誰もが、何か母音めいた声をあげ、固まった。

 今のこの瞬間、教室は時間が止まったような状態になり、そういう意味でクラスメイトたちが繋がったのである。

 真っ先に動き出したのは郁己であった。


「これこれ、勇さん」

「ふぁに?」

「うわ、もごもご咥えながら喋らないでくれ!? うひょお、舌が当たって……うお、歯が……って、吸うな吸うな!?」


 勇太は郁己の指先を、丹念に舐めて血を吸い取って、それで満足したかのように口を離した。

 唇と指先の間に伸びる、透明な糸がなんともいやらしい。


「つばには消毒とか、治癒を促す力があるって聞いたよ!」


 自慢げに言う。

 どこで得た知識か。きっと最近濫読している書物で入手した知識に違いない。

 郁己は、ついさっきまでの勇太の口の中の感触を思い出して、ぬぬぬ、と呻く。

 指先とは、感覚器が集まった部位である。

 人体ではある意味、最も敏感な部位と言えるかも知れない。

 図らずも、キスなんかもしたことがある仲だが、あれとは全く違う意味で刺激的な体験であった。


「あ、郁己、また血がにじんで……」

「うおー! や、やめろー!? 人前で何度も指をしゃぶるんじゃない!」

「……人前で……?」

「あいつらまさか、二人きりになったら……」

「ゆ、指先をねぶるように!?」

「ひい、ケダモノ!」


 最後に下山が何故か涙目で叫んだので、誰もがハッと我に返った。

 衝撃的な光景で我を忘れていたが、こんなことをしている場合ではなかった。


「あ、あの……これ、ばんそうこ」

「楓ちゃんありがとう! うわ、可愛い柄だねえ」

「うん……。私、よく、物に引っかかって怪我したりもしちゃうから……つけてて嫌にならないのを選んだの」


 というわけで、可愛いハートマークの絆創膏を指に巻き、郁己はホッと一安心なのである。


「あとね、勇ちゃん」

「うん?」


 何やら、勇太に対して楓から一言あるようだ。

 彼女はいつにない真面目な顔で、勇太の正面に向き合って、


「指をなめるって……言うのは、昔からそういう……セクシャルな意味……があったりするの。だから……人前でやるのは……だめ」

「な、なんだって」

「ちゃんと、二人きりの時に……!」

「は、はい!」


 楓が主導権を握る会話という、大変珍しい展開。

 だが、この話を聞いて、心当たりがある女子たちは悶々と妄想するわけである。


(あれ、それじゃあ、諒太とそういうことしたら……?)

(道場で怪我をしても、舐めたりしてはいけない……)


「おーいあんたたち! 何やら空想にふけるのはいいんだけど、作業してー!」


 一人、なんだかモヤモヤしながら気勢を上げるのは、堂々たるシングル女子の麻耶である。

 うちの目の黒いうちは、作業中にラブラブなどさせんぞ、という強い意志を見せながら、彼女は作業の監督作業を開始する。

 かくして、金城勇が坂下郁己の指を咥えてしまった事件が終わり、以降はダンボールを使った作業で、男女同席が許されなくなったわけである。

 誰もが、学級委員長、彦根麻耶の独断ではないかと噂したが、真実を知るものはいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ