ダンボールハンター
まさに。
まさに……獲物を探す狩人の眼差しであった。
佐東、塩田、そして勇太。
三人は油断無く、目の前に堂々と鎮座している巨大なホームセンターを見やる。
「ダンボール、持って行き放題だと聞いたのです、姐さん」
佐東が勇太に言う。
「しかし、何か買わないと外聞が……! 俺たち、とても黙ってダンボール根こそぎ持っていくような恥知らずにはなれませんぜ姐さん!!」
塩田が勇太に言う。
何だか分からないが、そういう人間関係がいつの間にか出来上がっていた。
姐さんこと、金城勇太はうむむむ、と腕組みをした。
あっ、姐さんの豊かな胸元が!
と佐東と塩田が目を見開く。
これには勇太の彼氏である郁己も黙認せざるをえない。
勇太に舎弟の如く付き従っている二人に、役得がなくてどうする。
彼らはこうやって、眼福の機会を得るべきである。
男、坂下。
同じ男の気持ちは痛いほどよく分かる。
「そうだね……私も、いきなりダンボールを持ってくのはどうかなって思う。だから、何か買ってそのついでにダンボールをいただくのがいいと思うんだけど……。佐東くん、塩田くん」
「金城さん、そこは呼び捨ての方がらしいから」
「あっ、確かに! 佐東! 塩田!」
「へい!」
「へい!」
「何か無駄に嵩張って、可能な限り安いのを買うよ! そうすれば、胸を張ってダンボールを持っていけるってもんだよ!」
「さすが姐さんだ!」
「言い考えですよ!」
三人で盛り上がっている。
「こうね……私思うんだけど、勇の精神年齢って、結構あの男子たちに近いよね」
「まあ、実際そうだからな……」
「いつも女子の中にいるから、勇の中の男子が抑圧されてるのかもね」
生暖かい目で勇太を見やる、残り三名。
「行くよ!」
「へい!」
「へい!」
姐さんと手下二人がホームセンターに駆け込んでいく。
何を買うつもりであろうか。
郁己と夏芽、大盛さんも、のんびり後に付いていった。
すると、先に入った三人が、インスタントフードコーナーで立ち止まっているではないか。
「ちょっと、ちょっと勇、何してるのよ」
「あっ、ねえ夏芽ちゃん、試食だって! このカップラーメン戻さなくても凄く美味しいの!」
「うめえうめえ」
「うめえうめえ」
いきなり初志を見失った形である。
夏芽は物も言わず、勇太の脳天にチョップを叩き込んだ。
「ぎゃあ」
凄まじい衝撃を受けて、頭を押さえながらしゃがみ込む勇太。
「な、何を……」
「おばか! 麻耶じゃないけど、脊椎反射で動いたらダメでしょ! 私たちはちゃんと今日、予定があって来てるんだから! ほら、佐東と塩田も!」
「も、もごっ」
「もぐぅっ」
手下二名も、もぐもぐしながら頷いた。
次に向かった先は……ペットコーナーである。
ここで、なんと勇太ばかりでなく、大盛さんが捕まった。
子猫や子犬が目を潤ませながら見上げてくるのを、じっと見つめながら、
「やばい、やばいやばい。目が、目が合ってしまった」
わなわな震えながら呟く大盛さん。
実は可愛い生き物が好きだったのか。
彼女の女子らしい一面に、ほっこりする一同である。
対する勇太はと言うと。
「すごい! ペット用ゴキブリだって!! 羽が無い! キモイ! でかーい!! ねえ郁己郁己、買って! あれ買って!」
「お前は本当にメンタリティが小中学生の男子だなあ……」
そんな事を言いながら、お財布の紐を緩める甘い彼氏の郁己。
ペット用ゴキブリ、一匹3500円なり。
「勇、それを買ったこと、楓には言わないほうがいいわよ。絶対あの子そういうの見て貧血起こして倒れちゃうタイプだから」
「あ、確かに。大切に飼うよ」
「勇という人が分からない……」
夏芽のアドバイスに頷く勇太と、それを見て難しい顔をする大盛さん。
流石の佐東と塩田も、ペット用ゴキブリはノーサンキューらしい。
先ほどまでのテンションはどこかに行き、すっかり真顔である。
「あの、金城さん、それを近づけられると、俺は絹を裂くような悲鳴をあげざるを得ないんで」
「つうか坂下、彼女の趣味はきちんと管理しろよ!? 何でも買ってあげればいいってもんじゃねえぞ!?」
「ハハハ、馬鹿な。俺が勇に買ってやるのは、大体こんなどうでもいいものだけだぞ」
「もっと悪いわ!」
さて、そんな騒動をしているのだが、さっぱり状況は進捗していない。
ダンボール置き場まではたどり着いたものの、これをもらっていくに値する、大きくて安い買い物が思いつかないのだ。
「さて……」
夏芽は周囲を見回す。
背の高い彼女だからこそ、遠くまで目が届くだろうということで勇太が偵察係に任命したのだ。
「見る限り、大きいものって……家具とか」
「高い高い」
「照明器具とか……」
「そんなお金ないよう」
「じゃあ……角材……?」
「それだ」
そういうことになった。
判断基準が全部勇太である。
ここまで来ると、みんな勇太がどんな判断をするのかを楽しみにしている傾向があった。
「しかし、金城さんってこんなに面白い人だったんだな……」
「ああ。学校じゃ、活発な美少女って感じだったんだけどな」
「やだもう! 美少女なんてー!」
ちょっと恥ずかしそうにしながら、佐東と塩田をべしべし叩く勇太である。
かくして、彼らはホームセンターにて大量の細くて長い角材と、それを包む名目で大量のダンボールをゲットした。
これらの角材も、碧風祭での出し物には大いに活躍する事であろう。
男子たちはひいひい言いながら、ダンボールの山を抱えている。
大盛さんはビニール紐で縛った角材の山を背負って、泰然と佇んでいる。
「男子。体幹が成ってないの。背筋を反らさない程度にシャキッと伸ばす」
そう言いながら、男子たちの姿勢を矯正に掛かる大盛さんである。
このチーム、とにかく女子が強い。
やはり軽々と、角材やダンボールを担いでいる夏芽。
彼女はふと気付いた。
「勇、これって電車で持って帰るには厳しいよね? どうする?」
「ふふふ、準備万端だよ!」
一見して女子の平均身長だというのに、男子たちと変わらぬ量のダンボールを軽々支えつつ、勇太は不敵に笑った。
「へい、タクシー!」
勇太の声に応えて現れたのは、和田部教諭が運転する学園所有のライトバンであった。
いや、そろそろマイクロバスと呼んで差し支えないスケールではないだろうか。
「お前ら、そんなに大量に買い込んだのか……!!」
待機していたらしい和田部教諭は、目を剥いて教え子たちを出迎えた。
「うん、でも、これだけあれば何でも作れるでしょ」
「まあそうだな。よし、それじゃあバックドアを開けるから、次々に積み込めー。……お? どうした金城」
「先生、これ預かっといて。大切なものなんで」
「なんだなんだ? 坂下からプレゼントされたのか? ははは、全く可愛いもんだなあ……なんだ、これ、モゾモゾ動いて……」
和田部教諭の、絹を裂くような悲鳴が響き渡るのであった。