近づく最後の学園祭
うーむ、という唸り声が響く教室であった。
最後の学園祭の出し物の相談なのである。
誰もが、最後なのだから記憶に残る特別なものをと考え、沈思黙考する。
本来ならば昨年のように、八月中に行なうものなのだが、今年は諸所の事情で九月頭にずれ込んだらしい。
碧風祭という学園祭は、それぞれのクラスが毎年、趣向を凝らした出し物をすることで知られている。
学校側から供出される予算が、それなりに潤沢なことと、個性的な生徒たちが本気で頭脳を巡らして作り上げる出し物が、近隣の住民にも好評だった。
「……やっぱり飲食……?」
「飲食かあ……。でもなあ」
「お化け屋敷?」
「分かり易いけど、うーん」
「んもう!」
憤りからか、教卓をダーン! と叩いたのは、今年も続けて学級委員長、彦根麻耶である。
普段はクラスのノリのいい男女と一緒にふざけているような、あまりクラス規範にならない学級委員長だ。
「みんな、ノリが悪い!! いい? 今回で最後だけど、碧風祭自体はずーっと続いていくんだって。そもそもこのクラス、頭を使うキャラじゃないでしょ! もっと脊椎反射で物を言いなさいよ!!」
「お、おい彦根、そこまでにな。一応受験生なのに、頭を使わないクラスとか断言されると俺の立場が、な……」
和田部教諭が普通に困った顔をしている。
だが、クラスメイトたちはこの麻耶委員長の言葉に、ハッとしたようだった。
「そうか、そうだよな……!」
「俺たち、何を頭を使ってたんだ」
「だねえ。あたしら、もっとおバカでいいんだよ」
「よーっし! 私は考えるのをやめるぞぉーっ!」
「俺もだーっ!」
あちこちから何やら不穏な雄叫びが聞こえる。
状況は違えど、受験生が口にするセリフではない。
「じゃあ今年も勇に演劇の脚本を……」
「やめてえ!」
悲鳴をあげたのは勇太である。
昨年、死ぬほど頭を使って、朝も昼も考えて、生活のほとんどを脚本に注ぎ込みながら作り出したのだ。
今年同じ事をするのはゴメンである。
「私は受験勉強などもある!」
「私たちもある! じゃあ、無茶は出来ないわね……」
そこへ、おずおずと上がる手がある。
楓である。
普段は大人しく、みんなの話をニコニコしながら聞いているタイプの彼女が、率先して意見を言うのは珍しい。
「はい楓! 何かグッドアイディアある?」
「あっ、う、うん。あのね、クラスの出し物だからって、教室に縛られなくてもいいかなって思ったの。その、外で何かしてみる、とか」
「ほう!! 先生、そういうのはアリなんです?」
麻耶委員長の問いかけに、和田部教諭はニッコリ笑って頭上でマルを作って見せた。
「お許しが出たわよ!!」
おおーっとどよめく教室内。
「じゃあ、バッティングセンター!」
「誰が投げんのよ」
勢い良く発言した上田に、夏芽が突っ込む。
上田はチラッと楓を見ると、彼女は困ったような顔で微笑んでいる。大人しく上田が座った。
「肩が強いと言うと岩田だと思うんだけど」
「私、一応言っとくけど女子だからね? 肩が強いって言ってもバレーだし限界があるわ」
「私投げようか?」
「勇が投げていると人気出そうよね」
わいわいとクラス全体が盛り上がり始めた。
どうやら、みんなの思考は外で何かやろう、という方向に完全にシフトしたようだ。
「それでは、ゲームを作ってみてはどうでしょう?」
提案が上がった。
みんなの視線が集まる。
昨日イタリアから帰ってきたばかりの、脇田理恵子である。
普段は超然としているか、ぼーっとしているか判別の付かない、誰もが認める学園一の美少女にして脇田グループのご令嬢。
彼女が積極的に意見を言うとは。
「大迷路……とは行きませんが、校庭を生かして遊べるものを作るというのはどうでしょう?」
「いいね!」
勇太が元気良く賛同した。
そこへすかさず、問題点を指摘しようとする郁己。
「だが、雨が降ったら困るんじゃないか?」
「でしたらば、対策も考えましょう。体育祭で使われている、開放型のテントがあるでしょう」
「先生、あれって借りられるんですか?」
理恵子の言葉を受けて、麻耶委員長から質問が飛ぶ。
これに対し、和田部教諭はまたも頭上でマルを作って見せた。
なるほど、あれが借りられるなら、教室に近いくらいの広さを覆うことが出来るだろう。
工夫によっては、もっと広いスペースで雨よけを用意できる。
「ではどんなゲームか」
「竹馬……」
「昭和かよ!?」
「人間ボードゲームとか」
「人生ゲーム?」
「ああ、いいかも!」
とんとん拍子に話が決まっていく。
「このクラスは積極的で実に楽だなあ」
和田部教諭は大変気楽な顔をしている。
彼の仕事は、校庭とテントの使用許可をもらうことばかりである。
後は何から何まで生徒がやってくれる。
元々、城聖学園の生徒は自主性が高い。
その中でも特に、三年二組は常に何事に対してもモチベーションが高く保たれている印象がある。
きっと、学年でもとびきり癖の強い面子が集まっているせいであろう。
「では、満場一致で!」
麻耶がチョークを握ると、凄まじい勢いで黒板に書き付けていく。
『巨大人生ゲーム』
とそこには書き込まれていた。
「三年二組最後の出し物は、巨大人生ゲームに決定します! 異議がある人!」
「異議なし!」
「なーし!」
「ないよー!」
「ありません」
「では決定!!」
赤いチョークで大変大きな花丸が書き込まれた。
次に、ゲーム作成に必要な担当部署が決定されていく。
「私は資材確保か……」
「まあ私らパワー系だしね」
「パワー系だけど……解せぬ」
勇太、夏芽、大盛さんが割り当てられたポジションにぐぬぬ、と唸った。
「まあまあ。システム部からのオファーを断って、俺がこちらについたんだ。大船に乗ったつもりでいてくれ」
「郁己のパワーには期待できないなあ」
郁己と、あと二名の男子、佐東と塩田。通称調味料コンビである。
この六名でゲームの資材となるダンボール確保要員である。
「ぐぬぬ、女子のレベルが高い我がクラスでもレベルが高い女子が三名もいるのに」
「三名とも彼氏持ちとかぐぬぬ」
「ち、違う」
大盛さんが赤くなってクレームを入れた。
後ろで勇太が、「まだだもんねー」なんて茶々を入れて、大盛さんに追いかけられる羽目になった。
さて、学園祭に向けた突貫作業の開始である。