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新学期の相談事

 二学期の始まり。

 暦は九月になって、まだまだ残暑だって厳しいのに、気持ち的にはもう秋だと思えてくる。

 始業式の翌日から通常の授業。

 郁己と二人で今日も元気に登校して来た勇太は、教室の前で倒れている男を見つけた。


「……あれ、なんだろ?」

「うむ、あんな奇行をするのは国後だろうな」


 郁己の論評どおり、倒れていたのは国後六郎であった。

 やや気難しく、ちょっと変わった物の言い方をする少年である。

 変わり者同士気が合うのか、クラス一の美少女、脇田理恵子と仲が良い。


「奴があんな事をしているというのは……。あ、いつものことか」


 郁己はサッと割り切って、倒れている国後の横を素通りした。


「うおお、さ、坂下ぁ」

「ぬわーっ、ズボンの裾を掴むなよ!? 転んだらどうするんだ!」

「薄情な男だ……。級友が苦しんでいるというのに、俺を跨いでいくとは何事か」


 勇太は二人のやり取りを見て、少し考えた。

 いや、考えるまでも無かった。


「国後くん、理恵子ちゃんに何かあった?」


 国後がハッとした。

 そしてまた胸を押さえてばったり倒れる。


「うぜえ! おおい、上田!」

「なんだ坂下。トイレか?」

「ちげえよ!? 何でもトイレに結びつけるな! 国後を運ぶからそっち持ってくれ」


 既に教室にやって来ていた上田悠介は、とても嫌そうな顔をした。

 横では楓が困ったような笑顔を浮かべている。

 朝っぱらからイチャイチャしていたのであろう。


「いや、マジでこれ、うちのクラスの外聞が悪くなるから! なあ」

「仕方ないなあ……」


 男二人で、とても嫌そうに国後を教室内へと運ぶ。

 こうなってしまった要因は、脇田理恵子にあり、と。

 勇太は教室に入るなり、彼女の姿を探した。

 ……いない。

 彼女はリムジンで通学しているから、遅刻するという事は基本的に無いはずである。

 道が渋滞の時は、ヘリで通学してくる。


「お、勇、やほー」


 向こうで彦根麻耶が手を振った。大盛さんと一緒である。

 このクラスは女子たちが大変仲が良い。

 三年目の一学期が終わる頃には、ほぼ全員がお互いを名前呼びであった。


「麻耶ー。あのね、理恵子ちゃんがいなくて」

「あー、理恵子なー。うちはよく知らないけど、栄知ってる?」

「夏休み中は海外に行っているんじゃなかった?」

「そっかそっか」


 いまひとつ、脇田さんの行方は知れない。

 ここは、ホームルームが始まるまで待って、担任に聞くのが良かろうか。

 三人で、うーむと唸っているとだ。


「あの、私、知ってる……よ」


 背後までやって来ていた楓が、小さく挙手をした。


「楓ちゃん! あ、そう言えば楓ちゃんは理恵子ちゃんと……」

「うん、レヒーナと一緒にいたでしょ、去年。そのつながりで、今も……仲、いいから」

「ということは」

「そう。イタリアだと思う」


 イタリア!!

 海外である。

 脇田理恵子は、現在の財閥といわれる脇田グループの息女であるからして、海外旅行など別に珍しくも無いのだが……。


「大学……海外へ留学するかもって……」

「あー」

「あー」


 勇太と麻耶は、二人で納得してしまった。

 理恵子ならばありうるだろう。

 そして、彼女が留学するとなれば、一番ダメージを受けるのは誰か。

 一般的な日本人家庭の一学生でしかない、国後であろう。

 彼はイタリア語が話せるわけでもなければ、留学をするほど良い家の子息というわけでもない。

 年齢が近い妹もいるらしく、話によれば親は彼に、公立の大学へ進学するように求めていたらしい。

 確かに……城聖学園の学費は安くない。

 大学ともなれば、公立との差は顕著であろう。

 さらに、妹の進学も控えているとなれば。

 かくして、彼は教室の入り口で倒れていたのである。

 Q.E.D.


「おーい、国後ー?」

「生きてるか国後ー」

「ううー」


 友人たちに呼びかけられながら、国後少年はまるでゾンビ状態。

 これは重症である。


「でも……大事、なのは……理恵子ちゃんの気持ち、だから」

「楓ちゃん正しい! そうだよねえ」

「そうねー。うちもそう思ってたところだわー。うんうん」


 麻耶の態度が割りといい加減だが、現状の理恵子と国後を面白がっていないだけましであろう。

 二人の関係は、カップルというにはちょいと距離があり、学友というには特別感が漂っている。

 言うなれば、友達以上恋人未満。

 付き過ぎず、かと言って離れずの関係は、このまま維持していければ幸せだったのだろうが……。

 いつか関係を清算せねばならなくなるのは、人付き合いの常であった。

 その辺り、勇太はかなり詳しい。

 男だった頃に幼馴染で親友だった男を、彼氏として見られるようになるかどうかという段階を潜り抜けてきたからだ。

 そんな勇太が、国後六郎に送るアドバイスとは……。


「よし」

「勇ちゃん、何か考えた……の?」

「ほうほう、うちも勇のアイディア聞いてみたいな」

「うん、実際に似た境遇を私も体験してきたからね。そんな経験者から言わせてもらうと……。今は、とりあえず自分で頑張ってもらおう……!」


 スパルタだった。


「自分の大事なことだし、ちゃんと自分で考えて、理恵子ちゃんと話し合って決めなくちゃ。絶対私たちが手伝って、それで全部うまく行ったりしたら、あとあとギクシャクとかしそう」

「あー、ありうる。他人にお膳立てしてもらってカップルになっても、そもそも成立の努力してないわけだしねえ。関係が危機になったとき、維持できないとかあるらしいねえ」

「ええ……。わ、私……上田くん、に、おんぶに抱っこ、だった……」


 何だか楓が青ざめている。

 ここは親友として、勇太は心を鬼にして彼女の肩を掴んで言った。


「よし、じゃあ、これから楓ちゃんの今後は、将来のカップル解消の危機に備えるってことで……!!」

「ひいえええ……」

「カップルって大変なんやねえ……」


 未だシングルの麻耶は他人事。

 そんなわけで、話題は国後六郎から順調に逸れていく、教室の午前なのであった。

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