さてさて、お二人の馴れ初めは?
定番のお化け屋敷。
桐子と馬場さんが消えていったのを見届けた、心葉と風間くんである。
「僕たちも入りましょうか?」
「普通に私、無反応になりますけどいいですか?」
「……心葉さん、お化け屋敷平気な人でしたっけ」
「ええ。似たようなものを良く見ていますから」
主に、道場で。
今は後輩の家にそれは遊びに行っているが。
「止めておきましょう。では、どこにしましょうかねえ……」
きょろきょろと見回した風間くん。
視界の端で、見覚えのある人がスッと顔を引っ込めた気がしたが、あえて気にしないことにした。
「コーヒーカップなんてどうですか?」
「ふむ……受けて立ちましょう」
受けて立つ要素がどこにあるのか。
風間くんはまた、深く考えない事にした。
桐子は考えた。
ここは、あざとく「きゃーこわーい!」なんてやりながら、馬場さんの腕にしがみついた方が良いのであろうか。
いや、今までの桐子ならば、考える事もなく脊椎反射で実行していたであろう。
例えベタベタな戦法であろうと、男と言うものはそのベタを好むのだ。
やって確実な戦果が得られるならば、やらぬという選択肢は無い。
だが……こと、相手が馬場さんとなると彼女のペースは狂う。
「そ、そういうのはちょっと良くないわよね。だって、わ、私は別に馬場さんを落とすのを楽しもうとか、そういうのじゃないし……」
「うん? どうしたの本城さん。その、よ、良かったら手を繋いでいく?」
「はっ……! そ、そうですね、て、手を」
ギュッと握る。
うわーっ、と桐子は脳内で叫んだ。
手を、手を握ってしまった。
馬場さんとの距離が縮まった気がする。これは吊り橋効果? いやいや、自分も馬場さんも、お化け屋敷で怖がるほど子供ではないわけで、これはシチュエーションを利用した二人の距離を縮める策とか……。
ガタンッと音がして、真横に白装束の幽霊の人形が飛び出してくる。
考え事をしていた桐子は大変無防備になっており、それをまともに見て一瞬固まった。
「ぎゃ、ぎゃーっ!!」
絶叫し、手近にいた馬場さんにしがみついた。
心臓がバクバク言っている。
何だこのアトラクションは、殺す気か!!
と怒りをぶちまけそうになり、ハッと我に返った。
この、密着している相手は……。
「だ、大丈夫だからね、本城さん。ほら、目をつぶっててもいいから、先に行こう……」
「ば、馬場さんっ……! ごごご、ごめんなさい」
パッと離れようとして足がもつれて、彼に支えられる。
桐子の頭は熱を持って、冷静に物が考えられない。
なんということであろう。
これまで、幾人もの男を手玉に取ってきた自分が、まるで初心な少女のようではないか。
これは一体何か。
これが恋と言うものなのか。
大混乱である。
結局後半は覚えていない。
馬場さんに引率されて、ぼーっとしながら歩いた気がする。
外に出ると、心葉たちがコーヒーカップを終えて待っていた。
何故か、心葉がぐったりとベンチにもたれている。
「……どうしたわけ?」
「彼女、大丈夫?」
「あ、はい。ちょっと張り切って、カップを回しすぎまして……」
コーヒーカップと言えば、様々な創作にてハンドルを握り、ぐるぐると回すものとして描かれている。
カップの回転をどれだけ行なうかが、乗り手に委ねられている乗り物である。つまり、乗り手は試されている。
心葉はこのように受け取り、果敢に挑戦をした。
そして砕け散った。
「ぐうう……き、気持ち悪いです」
「あんた、結構おばかよねー……」
と言うわけで、一時休憩なのである。
夏休み最終日ではあるものの、遊園地は大変混んでいる……と言うわけではない。
平日であるせいもあろう。
食事も出来る喫茶店に入り、心葉を休ませながらお茶とケーキなどを楽しむ。
「二人は付き合っているの?」
馬場さんの問いかけである。
風間くんは、心葉がしんなりしているのを良い事に、自信を持って頷いた。
「はい。大変良いお付き合いをさせてもらっています」
「そうか……お似合いだもんね」
「ありがとうございます」
抗議するように、心葉がテーブル下で蹴ってくる。
だが、風間くんは華麗に抗議をスルー。
既成事実を作ってしまうつもりかもしれない。
「馬場さんは、本城さんとどのように知り合われたんですか?」
「あ、僕?」
馬場さんは、人のよさそうな笑顔を見せた。
「いや、実はね、本城さんは、弟と付き合ってたみたいなんだけど……」
「違います! 国明くんとはただの友達です!」
桐子、断言。
必死さが見える。
「うん、そうだね。国明の勘違いなんだろうね。本城さんはとてもいい子だし」
「馬場さん……」
桐子、一体その国明くんに何をしたというのか。
どうも、影に愛憎のもつれが見えて風間くんは引きつった笑いを浮かべた。
「あ、ごめん、ちょっとトイレに……」
馬場さんが席を立つ。
そこで、死んでいたはずの……いや、ぐったりしていたはずの心葉がむくりと起き上がった。
「で……本当の馴れ初めはどうなんですか?」
「あんた、死んだ振りをしてたわね」
「いえ、今復活したのです。それで、馴れ初めはどうなんですか? どのような愛憎劇の末に彼を獲得したのですか?」
「ひ、人聞きが悪いわね! いい? 一応、私は国明とは終わってるんだからね! っていうか、家に遊びに行ってたときから、馬場さん凄く親切だったし、私、下心がない男の人に優しくされるの初めてで……って、何言わせるのよ!?」
「その国明くんは……」
風間くん、いやな予感がしつつも聞いてくる。
「もう、本当に最低よね。女子に暴力を振るおうとするとか有り得ないわ。こっちは円満に別れましょうって言ってるのに、あやうく大事になりかけよ。でも、でもね! そこに馬場さんが割って入ってくれたの! すっごくかっこよくて、私、きゅんっと来ちゃった! こんなにキュンとしたの初めてなのよ!」
「ほう」
「は、はあ……」
その国明くんがどうなったのかは聞かないことにしておこう。
心に消えない傷を負っているかもしれない。
心葉は平然と頷いている辺り、この本城桐子との長い付き合いで慣れているのだろう。
そんな桐子の頭上に、見覚えがある顔が覗いた。
勇太である。
心葉、風間くん、目を剥く。
必死にジェスチャーで、引っ込め、引っ込めと指示。
勇太がスッと引っ込んだ。
「? どうしたの? 私の頭に何かついてる? 後ろ?」
「何でもありません! 何でも! 何でもない!」
椅子の向こう側の座席に振り返ろうとする桐子を、心葉は必死に止めた。
この状況に、四月に桐子と激闘を繰り広げた勇太がやってきたら、どんな惨劇が繰り広げられるか。
想像するだに恐ろしい。
大体勇太は何を考えてここまでやってきているのか。
出歯亀にも程があろう。
それほど暇なのか。
受験勉強はどうしたのだ。
心葉は、後で色々詰めてやろうと心に誓うのだった。