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ラストサマー・ダブルデート

 遊園地であった。

 晩夏とは言え、未だに蝉は絶好調で鳴いている。

 彼らの声が響くここは、山々に囲まれた遊園地。


「なんでここにしたの?」


 遊園地選定を任されたのは風間くんであった。


「ほら、あの日本一有名なネズミが闊歩する遊園地でも、良かったんじゃないかなって」

「それはいけません」


 桐子の言葉に、風間くんは重々しく告げた。


「いいですか。そもそも初デートという事は、互いに共通する話題を模索する途中なんです。それには、色々なものに触れて刺激を受けて、探り合いをしていくものでしょう」

「う、うん、分かってるわ」


 伊達に様々な略奪愛を演じてきてはいない桐子である。


「あの某有名遊園地は、アトラクションの待ち時間が長すぎるんです。刺激の無い、待つだけの時間の間、どうやって間を保つんですか? 共通の話題も探っている最中なのに?」

「……確かに。それで、あそこは別れのスポットでもあるのね」

「そう言う事です。まあ、僕と心葉さんならば全く問題は無いんですけれどね」


 さらっと惚気るようなセリフを挟んでくる辺り、風間くんは昨年より成長しているかもしれない。


「それで……心葉はどうしたの?」

「ええと、さっきまでいたんですけど」


 キョロキョロと見回す二人から、少し離れた影。


「なっ」


 ワンピースに可愛いバッグと、デート向きの格好をした心葉は一見するととても愛らしい普通の女子高生である。

 そんな彼女が、


「なんで勇太がいるんですかーっ!?」


 叫んだ。

 すぐに口を押さえる。

 彼女の前には、ショートパンツにTシャツ姿の彼女の姉、勇太の姿。


「ふっふっふ、可愛い妹がデートだって言うじゃない? それじゃあ、姉としてはその姿を見守らなくちゃ」

「いりません」

「これは私なりの好意だよう」

「いりませんってば!」


 ニヤニヤ笑いの勇太である。

 手にしているのはデジカメではないか。尊さんから借りてきたのだろう。

 そこまでして本気で妹のデート姿をストーキングしようというのか。


「上手に撮れたら龍くんに手伝ってもらって、アルバムにしよう」

「やめて!?」


 ここで姉妹のガチな対決があったりなかったり。

 デジカメを巡る熾烈な技の応酬の中、カッと照りつける夏の日差しが二人の決着を付けさせなかった。


「いけない……。これ以上はワンピースが」

「炎天下の下で立ち回るのは正気じゃないよね」


 ということで、二人は分かれた。

 勇太がよく分からないのだが腕を上げている。このデート服で姉と戦えば、勝てないと心葉は悟ったのだ。


「いいですか! アルバムなんか作っても、すぐ消去してやりますからねっ」

「はいはい。楽しんでらっしゃい」


 捨て台詞を吐いて、心葉は風間くんの元へ向かった。

 時を同じくして、慌てて走ってくる男性がいる。

 メガネをかけていて、人のよさそうな外見である。

 進行方向は、心葉と同じだった。

 さてはこの人が、と心葉は察した。

 そして案の定、彼の姿が見えると、桐子がうれしそうな顔をするではないか。

 なんだあの顔は。

 あんな顔、三年間付き合ってきて一度も見たことは無いぞ。

 この朴訥そうな男性が、どうやってあの女狐の心を蕩かしたというのであろうか。

 これは大変興味深い仮題で……。


「心葉さん!」

「ハッ! いけないいけない。また自分の世界に没入するところでした」

「いえいえ、あなたらしいです。それにしても、戻ってきてくれて良かった。僕はまた、帰ってしまったのかと……。あ、そのワンピース、とっても素敵です。心葉さんはスレンダーだから、こういう衣装でも綺麗に体型が出ますよね。なかなか着こなせるものじゃないです」

「それは褒めているのか、私の身体的特徴をあげつらっているのか微妙ですが、礼を言っておきましょう」


 そんな彼らのやり取りを、男性が不思議そうに見つめている。


「な……なんていうか、いわゆるカップルのイメージじゃないね、彼ら」

「あの他人行儀なところがあの人たちらしいのよ」


 桐子とぼそぼそ囁きあっている。

 ちなみにこちらのメガネの彼氏、大学生で、馬場亮太郎と言うのだそうで。

 明らかに、桐子とは住む世界が全く違うような、清廉な青年である。


「馬場です。今日は一日、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「桐子をよろしくお願いします」

「ちょっと心葉!?」


 とりあえず、三人でペコペコと頭を下げる。

 心葉の視界の隅に、完全に気配を消している姉の姿が見える。

 奴はきっと、今日一日ストーキングしてくる事であろう。

 暇なのか。


 そんな訳で、全員揃って入園である。

 遊園地は、夏休み最終日と言うこともあってほどよく込み合う。

 入園料はさほどお高く無いから、初々しい中学生カップルなんかもちらほらいて、見つめる馬場さんが頬を綻ばせている。


「微笑ましいものだね。でも、傍から見たら僕たちもああ見えているのかな」

「そうかもしれないわね。ほら、こっちこっち。亮太郎さん、あれに乗りましょ」

「……桐子が見たことの無い笑顔を浮かべています」

「うん、僕も驚きました。あれは一体なんでしょうか」


 旧友たちに驚愕を振りまきながら、桐子は彼氏の手を引っ張っていく。

 そして、じろりと心葉たちを見た。


(ちょっと、何してるのよ、早く来なさいよ間が持たないでしょこっちはいっぱいいっぱいなんだから少しくらい気を使ってよ)

「……と目で語っていますね」


 心葉が桐子の心情を読み取った。


「なんと面倒な……」


 風間くんが苦笑する。

 だが、人前に弱みを見せられないキャラだからこそ、ほぼ唯一の気の置けない友人である心葉を呼んだのであろう。

 風間くん同伴な辺り、彼女も気を使ったのかもしれない。

 基本的に性格が最悪で、天地がひっくり返っても善人とは言えない彼女ではあるのだが、心葉のことはかなり気に入っているらしい。

 対する心葉も、


「やれやれ。それじゃあ、行きましょう風間くん」


 などと言って歩き出した。

 その空いている手を、さり気なく握ってみる風間くん。


「なにっ」

「心葉さん、年頃の女子がそんな敵を誰何するような声をあげるのはいかがなものかと……」

「い、いや、その、手をいきなり握られたので……むっ」


 どこかでパシャッとシャッターを切る音がした。

 姿は見えない。

 だが確実に、奴は見ている。

 一体これから、どれだけ恥ずかしいところを撮られ、そしてアルバムなんかにされてしまうのか。

 戦々恐々とする心葉なのである。

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