玄神の呪い(?)に挑め! おしまい
帰途に着く電車の中。
結局、色々な調べ物や玄神とのコンタクトも含めて、五日間ほど滞在してしまった。
本来の性別に戻れるのは、変化してから三年以内の者。
大部分は肉体の変化に気持ちを持っていかれて、肉体と同様の心になってしまうのだという。
結果、この何百年かで、女から男へ、男から女へ戻ったものはほとんどいない。
ほとんどというのは、戻れたものがいないこともないからだ。記述が確かなら、恐らく明治の頃の金城の家のご先祖様。
「案外自力で戻れてしまうんだな……!」
「そうだね。ちょっと意外だったね」
「呪いというか、玄神が巫女になった女性に植え付けた因子のようなものが、作用する結果なようですね。ちょうど第二性徴付近で誰もが心が不安定になりますから、そこで発現するようです」
不安定になどなっていなかったように見える心葉がしたり顔で語る。
「この話……郁己さんの大好物である気がしますね。父さんも喜ぶでしょう。さて、もったいぶって小出しにして教えてあげるとしましょうか。ふふふふふ」
どうやら今回の件で、金城家に関わる男性陣に大きなアドバンテージを握ったらしい心葉である。
その笑みがなんとも怖いので、一弥は彼女からちょっと離れた。
すると、隣り合う龍と仲睦まじくおしゃべりをしている遥が視界に入る。
基本的にあまり空気が読めない一弥は、ズバッと切り込んでみた。
「黒沼先輩は」
「は、はいぃっ!?」
いきなり名前を呼ばれて、遥がびくっとしてこちらを見る。
元々コミュニケーション能力は高くない人なので、突然名前を呼ばれたりすると軽くパニクるらしい。
「な、な、なにかな」
「あ、すみませんいきなり……」
この小さくて可愛い先輩、なんともおどおどする様が小動物的である。
なるほど、ハグしてしまいたい欲求に駆られる。
「あのですね、黒沼先輩はホントに良かったんですか? つまり、そのー、男に戻るって機会があるのに、それを目指さなくて」
「あ、ああ、そのこと」
ホッとしたように遥。
その横で、なんだかじろりと睨んでくる龍が怖い。
一弥は彼の視線から身を隠すようにした。
「? どうしたの?」
「あ、いえ、なんでも」
「……龍、ちょっといい?」
「あっはい」
おお、あのこわもての青帝流拳士を一睨みで! 惚れた弱みと言うやつだろうか。村越龍は黒沼遥の尻に敷かれる運命にあるのかもしれない。
「そうだねえ……。僕はね、男の子でも、女の子でもそんなに関係ないと思ってるんだ」
「えっ、そうなんですか」
「ぐがー」
横で淳平がいびきを立てる。一弥は肘を入れておいた。
「げばあ!?」
「……大丈夫?」
「大丈夫です、こいつ見た目よりタフなんで」
「そ、そう。じゃあ、話は戻るけど……僕がやりたいことって、性別とかはあんまり関係ないんだよね。それに、男だったから良かった事とか、得した事とかあんまり無くて……」
そこで、チラッと龍を見た。
「でも、いい事はあったんだけどね。ただ、女の子になって、僕の世界って凄く広がった気がするの。今まで知り合えなかった人たちと知り合えて、友達になれて。それに……大好きな人と一緒にいても、何も言われないでしょ」
龍がニヤニヤした。
うわ、気持ち悪いなあ、と一弥は思った。
「それじゃ、女のままのほうが、黒沼先輩はいいことがたくさんあるからそのままってことですか」
「うん、まあそうだね。別にみんな、僕が男に戻っても受け入れてくれるとは思うけど……ほら、ね」
「あー、なんか分かりました。ごちそうさまです」
「終わったか」
「終わったよー」
また龍とおしゃべりを始める遥。
実にお暑いことである。
「まあ、人それぞれって奴です。現に一弥さんは男に戻りたいのでしょう?」
「そりゃあもう! 俺ってまだ、女になって半年も経ってないですし。むしろ、あるべきものが無くなって、無いはずのものができて、こう、悶々と……」
苦しんでいたらしい。
「ほほう」
興味深げな心葉。
男子の生理的なものなのだろうが、身内以外のそういった独白が物珍しいらしい。
「詳しく」
「詳しくいえませんって!? そういうの外で言う事じゃないから!?」
「なるほど、そういう方向ですか……。勇太も苦しんでいましたからねえ……」
なんというか、金城心葉は掴みどころの無い人であった。
それでいて、興味を持ったことにはとことん突っ込んできて、根掘り葉掘り聞いてくる。
結局、一弥は女性化してから体験した、あれやこれやをあらかた聞き出されつつ、金城邸がある駅に到着したのである。
龍、遥の二人と別れて戻っていく。
「そういえば、そろそろ勇太と郁己さんが修学旅行から戻ってきますね」
「あ、見ないと思ったらそうだったんですか」
「そうです。沖縄まで行っているようですね。私たちの修学旅行は京都でしたから、少々羨ましい気がします」
「あれ、じゃあ僕たちも来年は修学旅行なんだ?」
「いや俺たちは再来年だろ?」
「そうですね。うちは一年生の終わりでしたが、勇太たちは二年生の終わりですからちょっと違いますね……おっと、ちょっと私はスーパーに寄っていきますね」
金城邸はすっかりリフォームが完了している。
本日から、金城夫妻も戻ってきて一家で改築祝をするそうなのだ。
その食材の調達であろう。
「あ、手伝いましょうか」
「大丈夫ですよ。こう見えて力持ちなのです」
グッと心葉が力瘤を作ってみせる様子に、ちょっと萌えた一弥と淳平である。
心葉と別れて金城邸へ向かう。
道なりに茂る桜が、ちらほらと花を咲かせ始めている。
門扉の前に立ってふと考えた。
「……チャイム押すか?」
「一弥どうぞどうぞ」
「いやいや、淳平に譲るって」
「どうぞどうぞ」
「いやいやいや」
ここで三人目が出てくれば、どうぞどうぞとチャイムを押すのを譲るのだが、生憎ここには二人しかいない。
エンドレスな譲り合いを繰り広げる二人。
案内人なしに、金城教授に会う勇気はちょっとない。
そんなこんなでしばらくバタバタしていたら……。
「およ、あれ、一弥じゃん」
「あ、勇太さん!!」
一弥が飛び上がった。
待ち人が突然現れて驚愕したのだろう。
振り返るなり、すかさず、
「待ってたんですよ!!」
うむ、チャイムを押せずに二人でもじもじしていたとかは言えないもんな。
淳平は頷いた。
だが、一弥は思いのほか取り乱していたらしい。
「見つかったんです!」
主語が無い。
何を言わんとしているのかはよく分かる。
だが、それでは伝わらないだろう。伝わるのは、割と阿吽の呼吸である淳平くらいだ。
「何が?」
案の定、勇太は首をかしげた。
その隣で郁己も首をかしげている。
「一弥落ち着けー。わかんねーってそれー」
なので、一声入れてブレイク。
すると、郁己がこちらを見たのがわかった。
なんだろう。
龍とは違うタイプの人物である。落ち着いているというか、老成しているというか。
今はまあ、一弥を落ち着かせようと、淳平は相方に向き直る。
「ほれ、一弥。お前頭に血が上るとホント駄目なー。深呼吸しようぜ、ほれ、ひっひっふー」
「ラマーズ法じゃねえよ!!」
「いてえ!!」
「面白いなーこいつら」
しみじみと言われてしまった。
一弥の拳はなかなか痛かったが、どうやらこれで落ち着いたようだ。
勇太と郁己を前にして、一弥は口を開いた。
「見つかったんですよ!! 俺たちが、男に戻れる方法が!!」
その後の反応。まさに予想通りである。
「な」
「な」
「なんだってえっ!?」
春の夕空に、勇太と郁己、二人の叫びがハモッたのである。
ダチが女になりまして。三年目 四月へ続く。