真夏の夜なんかの夢
「心葉、聞いて欲しいの」
「ほうほう、なんでしょうか」
心葉はズビズビーッと音を立てて、グラスいっぱいのフローズンドリンクを吸い上げた。
口の中に溢れる冷たさと甘さ、そしてじゃりじゃりした食感が堪らない。
しかもこれは今回、心葉を誘い出した相手の奢りなのである。
迷わず、夏限定、ラージサイズを越えるラージサイズである、ジャンボを選択。
「おお……この圧倒的スケールよ。こんな砂糖と香料と水だけで作られた飲み物が八百円とは……。とても自分のお財布から出そうとは思いませんね……」
ほう、とウットリして溜め息をつく。
すると、対面の女子がバンバンとテーブルを叩いた。
「心葉ーっ! 聞いてって言ってるでしょう!!」
「あー、はいはい。聞いていますよ。少なくともこのドリンクの価格分は相談に乗りましょう。どうしたんですか桐子?」
そう、相手は、黙っていればお淑やかなお嬢様風。
ややウェーブがかった髪に、夏だというのに日焼け一つない真っ白な肌。
目元は不自然ではない程度のお化粧でバッチリ決めて目力アップ。
そんな美少女、本城桐子なのであった。
四月の終わり、金城勇太と女の戦いを繰り広げ、割と一方的に負けた彼女である。
あれは、女子力とかそういう次元ではなく、戦闘能力が物を言った戦いであったように心葉は思う。
「桐子の相談ですから、おおよそ見当はつきますけれどね。どうせ恋の相談なのでしょう?」
フローズンドリンクをぐさぐさとストローで突き刺しつつ、心葉は尋ねる。
すると、桐子、意外な反応を見せた。
頬を赤らめて、目を泳がせた後、少し視線を落としたのだ。
心葉のストローが、ポトリと床に落ちた。
「……桐子、病院に行きましょう。それは恋の病ではなく、普通に病気です。きっと桐子は危険な病に冒されている」
「それってどういう意味!? いいでしょう、私だって真っ当に人を好きになることくらいあるんだから!」
「ははは、ご冗談を」
「むきー!!」
桐子が涙目になって暴れる。
慌てて心葉は友人を取り押さえた。
駆け寄ってきた店員に告げる。
「新しい長いストローをください」
「最初はね、遊びのつもりだったのよ……」
「ははあ。いつもの事ですね。というか桐子、あなた受験を控えているはずなのに余裕ですね」
「ちょ、ちょっとの息抜きだってば!」
桐子が目の前のコーヒーカップをぐるぐる回す。
サイズは可愛らしくスモールサイズである。
「あなたが本気になるとは珍しい……というか初めてじゃないですか?」
「え、ええ、そうね」
本城桐子はモテる。
それはもう、大変にモテる。
常に男が言い寄ってくるし、彼女持ちの男性でも、桐子に声を掛けられたら正気ではいられない者ばかりだ。
郁己みたいなパターンが例外中の例外なのである。
あれはセットになっている相手が悪かった。悪すぎた。
とまあ、そんな訳で、桐子は恋愛関係を作る相手がより取り見取り。
放っておいてもあちらから来るし、ちょっと気に入った男なら、粉をかければすぐに手玉に取れた。
こういった生活をしているわけだから、真っ当な清く正しい交際なんて、夢のまた夢なのである。
それが。
今はどうだろう。
この、まるで初心な少女のような桐子のありようは。
「本当に、最初は……遊びのつもりだったんだけど。気が付いたら、本気になってたの」
「なるほど。良くあるパターンですね」
「むきー! ちゃんと聞いて!」
「はいはい」
「本当にね、彼は別に、外見がいいとかそういうのじゃないんだけど……」
もじもじする桐子。
これは何か。
本当に、心葉の知る桐子なのであろうか。
強い驚愕を感じながらも、フローズンドリンクは美味しかった。
訥々と彼女の話は続き、心葉は相槌を打ちながらドリンクを飲み干し、ケーキを追加注文し、アメリカンのジャンボサイズを飲み干した。
さて、次はカルボナーラにしようと思ったところで、
「だから、心葉に手を貸してほしいのよ……! そう、ダブルデート」
「ふむ……って、なんですと!?」
聞き捨てならぬ言葉を聞いた気がする。
「ダブルデートよ。だって、二人きりだと何を話していいか分からないし……」
「いえ、そこではありません。何故私がデートをすることに?」
「あら、だって心葉、風間と付き合ってるんでしょ?」
「うーむ、それはどうでしょうね」
「あんた……何気に私よりひどいんじゃない……?」
という事で、なし崩し的にデートが決まってしまった。
「……というわけなのです風間くん」
『デートですか!! ついに心葉さんが僕を誘ってくれるように……!! 長かった……!!』
「何故私と風間くんなのかがさっぱり分からないのですが」
『心葉さん……!!』
「どうしてそんな情けない声を出すのですか。ともかく、桐子の更正のためにも手を借りたいんですよ。予定はどうですか?」
『予定があったとしても、空けますよ!! もちろん大丈夫です!』
何を張り切っているのか。
予約を取り付けた心葉は首をかしげた。
目的地は遊園地。
受験生である彼らが、高校生活最後の夏休みの最終日である。
波乱のダブルデートが幕を開けようとしている。