お祭りの終わり
巫女三人勢ぞろいは大変な盛況だった。
今回の山車は、決まったルートを走るばかりでなく、サービスなのか少しだけ長いルートを進んだ。
「うむ、今年のは凄いなー」
郁己は山車が戻ってくるのを待ちながら、スマホの画面を眺める。
様々な人たちが撮影した写真が、SNS上にアップされてきている。
タグは玄神祭。
これで、勇太たちがどの辺りを進んでいるかがタイムリーに分かるから、便利な世の中になったものである。
「何見てるんですか?」
「ああ、どうやら今、ちょっとルートを変えて大回りしてくる事になったっぽい」
「へえ。早速ネットにアップしてる連中がいるんですね」
龍もスマホを起動する。
郁己に聞いたタグで調べると、わらわらと写真つきの報告が出てくるではないか。
「うむ……やっぱり遥は可愛いなあ」
「ブレないね、君も」
男二人で角突き合わせて、スマホを覗き込む光景。
街中ではよくあるのかもしれないが、この田舎町ではなかなか目立つ。
「なになに、兄ちゃんたち何を見てるんだね」
「ああ、実は巫女さんが乗った山車の写真、インターネットに載ってましてね」
「へえ! 今さっき出てったもんが、もうそんなとこに載るのかね!」
「うち一人は俺の彼女なんですよー」
デレっとした龍の言葉に、おじさんも相好を崩す。
「なるほどなあ。うちのかみさんもな? 四十年前に巫女をやったんだけどな? もうそりゃもう、俺は惚れ直してなあ」
「分かります」
「分かってくれるかー」
龍と地元のおじさんが意気投合している。
「おう、そろそろ帰って来そうですよ」
郁己がチェックしている、呟きSNS。
アップされている写真が、ここに程近い曲がり角に写る。
勇太はなかなか堂に入った営業スマイル。
『この巫女さん超キレー』なんて書かれている。
この事はあいつに知らせると、調子に乗るから黙っておかないとなと苦笑する郁己。
山車の倉庫に近いこの場所は、ちょうど山陰に入るから、夏場でも風が吹き抜ければ充分涼しい。
倉庫で作業を終えてきたらしい淳平が、肩にタオルを引っ掛けてこちらにやってくる。
「お疲れっす。これ、差し入れだそうで」
「俺たちなんもして無いんだけどなあ。サンキュー。坂下先輩、これ」
「うっす」
よく冷えたアイソトニック飲料である。
婦人会の方々が、家で粉から作ったのだとか。こんな黙っているだけでも汗が吹き出る季節には、ちょうどいい。
三人並んで飲んでいると、わあっと盛り上がる声が聞こえた。
山車がやって来たようだ。
本日の主役をお迎えせねば。
男たちは走り出した。
「つ、疲れたあ」
しおしおっとなっている遥を、龍がうちわで扇いでいる。
彼女としては、寝耳に水の巫女三本立てである。
何の心の準備もしてこなかったから、この数日間は大変くたびれたらしい。
対して、ピンピンしているのが勇太。
「ほら郁己! 浴衣着に帰るよ!! 今年はおじいちゃんが私用に新調してくれたんだから! あのすっごい派手な柄の浴衣着るの!」
「人が用意してくれた凄い柄を、迷い無く着る辺りがお前だよな……」
「ああ、あれは凄かったよね……。金魚の柄なんだけど、赤と緑と金色と極彩色で。地が紺色なのに、全く紺って感じがしない浴衣だよね」
「舞台衣装的な?」
何故か疑問形をつけて、勇太。
そんな彼らの後ろで、板澤姉妹が一弥と淳平を引っ張っていく。
本日の主役を務めた一弥。さすがにお疲れの様子なのだが、相方たちが放っておいてはくれないようで。
「ほらほら、行くよっ!! あたしたちはこのお祭り初めてなんだから!」
「一弥エスコートお願い!」
「なにいっ!! 今ようやく化粧を落として体のコリをほぐしたばかりの俺に頼むのかっ!!」
「南無……」
「ナムじゃねえよ淳平、お前も来るんだよーっ」
「ぐわーっ!!」
英美里は彼らの様子をニコニコしながら眺めた後、ぽん、と郁己と勇太の背中を押した。
「夜は長いようで短いんだよ? ほらほら、お二人さん、行った行った」
「お、おう」
「それじゃあ、行ってくるね? ありがと、英美里ちゃん」
「どういたしまして。私は私で楽しむわよ。来年は、もしかして二組になってるかもしれないしね?」
「おおー! 期待してる」
「任せて」
勇太と英美里、ぱーんと頭上で手と手を打ち合わせて別れた。
そして、噂の浴衣である。
周囲の注目を一身に浴びるような豪華な衣装。
玄帝流宗主さんは明かしてくれないが、噂によると三桁万円は軽く飛んで行ったとか、行かないとか……。どれだけ孫ラブなのかと思う郁己である。
そんな郁己は、宗主殿のお下がりの浴衣。
これはこれで味わいがある、黒を基調とした衣装である。
二人並ぶと、あくまでシックな男側と、大変豪奢で一人お祭り状態の女側。
注目を集めない方がどうかしている。
「むふふ、私、輝いてる? 見られてる?」
「そりゃもう、ギラッギラに輝いてるよ。よっ、彼女、こっちを振り向いて一枚!」
「はーいっ!」
パシャッ。
郁己がシャッターを押す。
勇太はバッチリぽーずを決めて、素晴らしいアングルでの一枚である。
早速SNSにアップする。
「ふふふ、私の美を世界に共有しないとねっ……」
「勇太すっかりキャラがアレな感じになってるなあ。まあ、気持ちは分かる。まさか三年目の巫女衣装が、あれほどマッチするとはなあ」
「でしょでしょ? 自分で驚いちゃったよ。しかも、あちこちでフラッシュがさあ。いやあ……撮られるって、快感かもしれない……」
「おっ! そこ行くのはもしかして、三本立ての巫女さんかい? うちのイカ食べて行きなよ!」
「巫女だと!?」
「巫女がいるの!?」
「巫女だ!」
「すっごい派手な着物!! すごい!!」
「隣に黒子がいる」
「着物たかそー」
「アップしなくちゃ」
スッと郁己が進み出て、大の字になった。
勇太の姿が完全に隠れ、撮影の大変な邪魔である。
「勝手に撮影するのはご遠慮下さい!!」
最もな主張であった。
夕刻の山車で、ちょっと有名人になった巫女といえど、山車から降りれば一般人。
勝手な撮影はプライバシーの侵害である。
「うふふ、ごめんなさいねー」
だが、当の勇太はちょっと芸能人気分。
上品に手など振りながら、イカ焼きを買って立ち去っていった。
いや、後ろからみんなぞろぞろとついてくる。
「よし、勇太、撒くか」
「そうだね!」
石段の辺りまでちょっと進んだところで、二人は一気にダッシュをかけた。
まともに早足で登れば心臓破りと定評のある、お社に続く階段である。
「に、逃げたぞー!」
「追えー!」
なんて最初は威勢がいいものの、最近フィールドワークで鍛えられた郁己と、元から肉体的ポテンシャルが高い勇太である。
「は、早い!!」
「うわーっ、下駄の鼻緒がー」
「ひー、浴衣であの速度おかしいよう」
見事に撒いた。
二人がお社に到着したところで、恒例の盆踊りが始まる。
さて、いよいよ宴もたけなわ。
高校に入ってから三年目のお祭りが終わろうとしている。
「来年も来る?」
どちらかが聞いて、
「もちろん」
もう片方が答えた。
二人の影の後ろで、高く高く、花火が上がる。
夏の終わりも、近い。