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彼氏が巫女に着替えたら

 お祭り当日の、朝。

 鈴音はじっくりと、目の前にいる本日の主役の顔をチェックする。


「ニキビ、なし! 日焼け、なし!」

「日焼けくらいいいだろ……どうして外に行くのに、いつもあんな、女が被るような麦藁帽子をしなきゃいけないんだよ……」

「シャーラップ! 一弥、あんた自分の置かれた状況を全然わかってない!」


 びしぃっと一弥に指を突きつける鈴音である。


「今日はいよいよ本番! 一年に一度のお祭りなんでしょ!? 主役が日焼けしててどうするのよ! 巫女なのよ! 着物着て綺麗にしてなくちゃいけないのよ!」

「いやいやいや。白粉とか塗るし……」

「きっ、気持ち的にも日焼けしない方が気合入るでしょ!」

「何だよその理屈……!?」


 女子の理屈である。

 理論よりも感情。その場のノリ。そして空気。

 そういったサムシングが支配する理屈が、一弥を襲う。


「と、いうことでっ」


 鈴音が一弥の背中をばーんと叩いた。


「いって!?」

「あとはうちの一弥をお願いしまーす!」


 かくして、一弥はお祭り実行委員会のご夫人たちに預けられる事になったのである。




「浴衣なんて持ってこなかったわ!」

「私も浴衣なしだー」


 板澤姉妹がぶうぶう言っている。

 夏祭りがあるとは聞いていたが、ここまで本格的だとは思ってもいなかったのだ。

 今、彼女たちの目の前では、男衆が山頂のお社を飾ったり、様々な出店を組み立てたりしている。

 屋台や出店の類は、残らず地元の商店街が担当している。

 この地方は広い更地がないから、大型ショッピングセンターが出店できないのだとか。

 未だに地場産業が盛んな、ちょっと珍しい地方都市だった。


「ほらほら、板澤姉妹。油売ってないで手伝って」

「へーい」

「ほーい」


 英美里に声を掛けられ、ふらふらと後に続く姉妹である。

 女衆のお仕事は、細かな飾り付けや掲示板の設置。

 さらには、食材の管理と分配。

 見事に頭を使う作業である。


「あづいー」

「とけちゃうー」


 板澤姉妹がすぐに音を上げる。

 本日は晴天なり。

 雲ひとつない夏の青空だ。


「ほい、差し入れー」


 英美里が受け取った麦茶。

 さらには西瓜までついている。


「うわあ、水分だー!!」

「お姉わたしの分に手を出さないで!?」


 あまり仕事はしていなくても、汗はキッチリ出て行くもの。

 小鞠も鈴音も汗びっしょりで、だから差し入れの水分が大変美味しい。


「それにしても……」


 種ごと西瓜を飲み込みながら小鞠。


「丸山さんって、なんか妙に手馴れてる? こっちのおばさまたちとも仲いいじゃん」

「うん、去年手伝ったもの。みんな私のこと覚えててくれたんだよね。ちょっと感激」

「ほー」


 水分を手早く補給した後、またてきぱきと働き始める英美里である。

 小鞠のイメージでは、彼女はもっとがり勉っていう感じだったと思ったのだが……。

 確か、推薦が決まっているとか。

 羨ましいなあ、と彼女を眺めつつ、ふと視界にあるべき人物が足りないのに気付いた。


「……あれ? 勇はどうしたのよ」

「ああ、金城さん? 遥ちゃんと一緒に、婦人会の人たちと出かけていったよ。ほら、二人とも一昨年と去年の巫女さんでしょ」

「えっ、そうだったの!?」

「なにぃー」


 板澤姉妹驚愕。

 話してなかったかなあ、と英美里は首をかしげた。

 仮に話してあっても、里にやってきてからずっと遊び通しの二人である。

 頭の中から、すっぱりそんな記憶は抜け落ちてしまっていることだろう。


「では、今頃あいつってば色々着飾ったりしてるかも……かも……!?」

「いいな、いいなー」

「仕方ないでしょー。二人ともここの出身なんだし、金城さんは綺麗だし、遥ちゃんは可愛いでしょ。あなたたちだって浴衣なり持って来たら良かったじゃない」


 英美里の正論である。

 ぬうっ、と板澤姉妹が怯む。


「き、着付けとかできないのよ」

「私はそもそもサイズが合わなくなっちゃって……胸が」

「鈴音ー!!」

「きゃー!? お姉やめてー!?」


 姉妹バトル(一方的な)が始まってしまった。

 婦人会の方々、若いっていいわねえ、とニコニコ眺めている。

 彼女たちの視線に気付いた英美里、慌てて板澤姉妹の間に割り込んだ。


「ストーップ!! ほら、西瓜をいただいたぶん、労働労働!! 働かざる者食うべからずなのに、働く前に食べたんだからその分働く!」

「くっ……! 今日の丸山さんの押しが強いわ……!!」


 小鞠の周りにはいなかった、真っ当な人格の人間である。

 とりあえず主に頭脳面で、彼女と論戦しても勝てない気がしたので、小鞠は大人しく従う事にしたのだった。




 準備も終わると、いよいよ山車が出てくる頃合だ。


「うっわ、凄い人の数。朝はあんなにいたっけ?」

「うん、この時間の山車を見に、集まってくるんだって。一応あの道が観光スポットなのよ」


 今年はきっちり、玄帝の里の行事やら何やら下調べしてきた英美里である。

 淀みなくガイドのように、唇からは観光案内があふれ出す。


「山車は毎年この季節に行なわれるのよ。主に、山のふもとの沼におられる、玄神様をお鎮めするためのお祭りなの。ほら、最初の山車が来るわ。ね、あの屋根の上に載っていらっしゃるのが玄神様。このお祭りの祭神でいらっしゃるのよ」

「ほほー」

「金ぴかだ……。ソフビ人形じゃない」


 本当の玄神ご本尊を知る身としては、あの美化の仕方はちょっと複雑かもしれない。


「で、次々に来る山車は、玄神様にまつわるエピソードを表しているの。沼から玄神様が現れて、お告げを下すところ。嵐が吹いて、作物を枯らしてしまうところ。そして最後に来るのが……玄神様をお鎮めする巫女の山車。ほら、来た!」


 三人娘はやってくる方向を見る。

 確かに、一際豪華な山車がやってくる。

 英美里は二度目らしいが、これが初めてのお祭りとなる小鞠と鈴音には新鮮だ。


「おお、豪華……!!」

「いた! 一弥いた!」


 鈴音が飛び跳ねた。

 彼女の視線の先で、すらりと背が高い少女が巫女衣装に身を包んで、目を伏せるようにして静かに佇んでいる。


「おお、今年の巫女はかっこいいなあ……」

「美人さんだけど、イケメンっていう感じだよね?」

「うわ、背たかーい。モデル体型?」


 周囲の声が聞こえてくる。

 ちょっと、鈴音は得意げになった。

 どうだ、うちの一弥はイケてるだろう、なんて。

 ところが、


「ぎょえっ」


 鈴音の近くで、姉が凄いうめき声をあげた。


「なに、どうしたのよお姉。潰されたカエルみたいな声を出して」

「うっさい! あんた、ほら、見て、見なさいよ。あれ!」


 今年の巫女は一人……ではなかった。

 一弥が凛と立つ最上段から下に、小柄な少女と、目を惹く美貌の少女がいる。


「三本立て……。これは豪華だわ」


 英美里が呟く。

 今年は特別なのか。

 下段で注目を集める二人は、勇太と遥なのだった。

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