神降ろし的バーベキューパーティー
どんと、カメの怪獣人形が鎮座ましましているのは、川べりの大きな石の上。
「……なんでこいつがこんなところにあるんだ……?」
龍が訝しげな表情で、明らかに見覚えがあるそれを見つめる。
心なしか、カメの人形はぐったりとして悲しそうである。
「実はね、鈴音ちゃんが無茶をやってね。物凄い追走劇を」
「大変だったのねえ」
「あたしがいなかったら大変な事になっていたわね!」
勇太の説明があり、英美里がうんうんと頷いた。
びしょ濡れになり、今は水着姿になった勇太である。川で泳ぐつもりで、今回の女性陣はみな水着を持参だ。
小鞠は得意げにフンス、と鼻息を吹く。
ここは川原。
並べられているのはバーベキュー用の網焼き台。
大量の食材。
そして餓えた高校生たち。
他、玄帝流道場の若き門下生たちを加え、ここに懇親会が開かれようとしていた。
「うひょーっ、勇太さんの水着姿眩しいッスー!!」
「ばっかお前今は勇さんだろっ!」
「ひいい、彼氏がいなかったら俺が結婚したい!!」
川に飛び込んでカメの人形をレスキューした勇太は、未だ髪が乾ききっておらず、ほどけてゆるく背中に流れている。長くなった髪に女を感じる、若き門下生たちである。
「うん?」と首をかしげる勇太の後ろでは、フフフ、と勝ち誇った顔の郁己。
「お姉~っ、あ、あ、足、足がもう、限界……ひいいー」
休憩用に敷かれたマットの上。正座させられて反省していた鈴音が、悲鳴をあげながら横に転がった。
足が痺れてしまったようで、ぷるぷる震えている。
「なんたるだらしなさ! それくらいの正座で!」
「お姉はお茶やってるから慣れてるかもしれないけど、私はやってないからねっ!」
「そもそもあんたと一弥が無茶をしなければ、こんなことにならなかったんじゃない」
「えー、だって、手にとって見てみたくて……」
「ええい、このダメ妹め」
似たもの姉妹なんじゃないかな、と思っているのは、近くで見ている一弥と淳平。
しかし、一見年齢逆転姉妹のようでいて、きっちりと姉妹間に上下関係が存在しているのだ。
さて、金網に並べられた野菜がじゅうじゅうと音を立て始めている。
まずは野菜から、とは、今回の焼き加減を監督する龍のこだわりである。
「僕、お肉食べたいなあ……」
「いけません。まずは野菜から」
「ええー……」
遥の願いも届かない。
いきなりヘビーな肉を食ってしまっては、野菜が多く残ってしまうではないか。ノルマとして最初に野菜をある程度片付け、そこからメインディッシュとして肉を焼くというのが龍の考え方だった。
「おっ、とうもろこしか。いいなあ」
横に郁己がやってくる。
彼は生焼けなとうもろこしをひょいっと取り上げると、むしゃむしゃ食べ始めた。
「あっ、まだ焼いているのにっ」
「細かい事は気にするなよ」
文系な外見なのに、野生的にとうもろこしにかぶりつく郁己。
「最近さ、っていうか、去年辺りから郁己の野生化が著しいんだよね……」
「それは金城先輩のために強くなろうとか、そういうの……じゃないですよね」
「なんていうか、父さんの助手をバイトでやってて、あちこちフィールドワーク行くたびに無駄に逞しくなって帰って来るんだよ……」
複雑そうな面持ちの勇太に、遥はどう返答していいものか悩んだ。
向こうでは郁己がヘビを捕獲したらしく、こいつを焼こうとか、やめろーとか、騒ぎになっている。
「男子は楽しそうでいいわね。あら、勇は何を悩んでいるの?」
「あー、その、彼氏の野生化について……」
ふむふむと、やってきた英美里は頷いた。
「最近の男子って、性格だけじゃなくて見た目的にもナヨっとしてるって言うでしょう。じゃ、ちょっとくらい野生的になってちょうどいいんじゃない?」
「な、なるほど……!」
目からうろこと言う感じでハッとする勇太。
遥は、いやいやその理論はおかしいと思いつつも、勇太が納得するならまあいいかと口を閉ざすのであった。
「うわー!」
「煙だー!」
「ひょえーっ!」
歓声があがった。
ついに肉が投入されたのである。
滴り落ちる脂が火にくべられ、より燃え盛る。
大きく立ち上がった炎に炙られた肉や野菜は、猛烈に煙を噴き出して食欲をそそる匂いを周囲に漂わせた。
大変煙くなってきたし、視界だって悪いのだが、何故だか肉の周囲にいる人々のテンションが高い。
「凄い事になっている……」
遥は呟きながら、なんとなく思うところがあり、持って来ていたノートを手に取った。
この情景を書き写さねばと思ったのだ。
「あれ? カメの人形が無くなってるー」
鈴音の声を余所に、一心不乱に、焼きあがる肉を囲む人々の姿を活写する。
揺れる煙、歓声。
そして人々に合わせて踊るカメのソフビ人形。
バーベキューをやっているはずなのだが、何かそういう儀式めいた光景になってきている。
「我々は、新しい祭りの誕生に立ち会っているのかもしれないな……」
ぼそりと呟いたのは、郁己だった。
ちゃっかり肉を一塊確保し、遥に一皿差し出してくる。
男性恐怖症の気がある遥だったが、郁己だけは平気なのだ。恐らく、勇太の彼氏であるという感覚のせいかもしれない。
「祭り、ですか」
肉を受け取りながら、遥は納得した。
あの狂乱めいた肉を焼く煙の中、勇太も小鞠も鈴音も一弥も、そして肉を焼く龍も、何か不思議なテンションでバーベキューと言うイベントを楽しんでいる。
今この瞬間に、彼らの気持ちはシンクロしており、それが故に足元でカメのソフビ人形は踊るのかもしれない。
「祭りは、祀る行為でもある。祭りを行なうことそのものが、神を祀る事なんだ。偶然この場にはご神体もあり、供物もたっぷりと焼かれている……。肉うめえ」
遥は、皿に盛られた塊を一つまみして口に運んでみた。
ちょっと焦げていたが、美味しかった。
「でも、このお祭りはなんなんだろう……。肉祭り……?」
金網から落っこちた肉の塊。
カメの人形がそれに押しつぶされて、「むぎゅ」と音を立てた。