玄神様、災難に遭う。
川上に作られたお社は普段はとても静か。
そこに収まる神様は玄神様と言い、たまに悪さもするが、基本的には温厚な神様である。
具体的には、数年に一度悪さをする。
里に生まれた子供の性別を取り替えてしまうのだ。
玄神の里では、時たまこうして、男だった子が女になり、女だった子が男になる。
ここ十数年は玄神様はお休み中だったのか、静かなものだった。
だが近年、連続してこのような事態が起こっている。
性別が変わる子供たちが近い年齢であることから、過去に玄神様が仕込んだいたずらが、今芽吹いているのであろう。
だが、時にそのいたずらは玄神様をも苦しめる。
今、ご神体は歴史ある石の細工物ではなく、カメ型怪獣のソフビ人形だった。
「ねー、なんでこのお社に収まってるのが怪獣のおもちゃなの?」
「深い理由がありまして」
淳平が遠い目をしながら鈴音の疑問に答えた。
神をも恐れぬ所業の結果、玄神様に起こった事件は因果応報と言えよう。
住まいであった沼をさらわれて、神像を引き上げられて、ポイ捨てされて割られた。
祟ろうにも、相手には炎神がついていたり、青神がついていたり、白神の加護があったり。
結局玄神様は泣き寝入りである。
「どーれー」
「うおわーっ!? やめろ鈴音ーっ!」
後ろから追いついてきたのは一弥である。
よりにもよって、お社のご神体(という名目の怪獣ソフビ人形)を取り出そうとしたクラスメイトを、後ろからがっしりと羽交い絞めにする。
「ぐわーっ、な、なにをする一弥ー!」
「あんたたち仲いいわねえ」
もがく鈴音と、それをニヤニヤ見つめる姉の小鞠。
「鈴音、それはマジだから! 俺を見れば分かるだろ! 本当に呪いをかけられて性別が変わるぞ! 鈴音が男になるぞ!」
「うーん、それはそれで」
「よくないだろ!?」
脊椎反射で喋っているに違いない鈴音である。
ともかく、一弥は彼女をお社から引き離すべく、ずるずると引きずっていく。
「むがー! はーなーせーっ!!」
しかし暴れる鈴音。
女子の中では、比較的体格がいいほうである彼女は、なかなかパワフルだ。
「うおっ」
鈴音の抵抗でバランスを崩した一弥。
ここは川上にある水場であるからして、足元だって水気で湿っていてよく滑ったりするわけだ。
……ということで、
「うぎゃーっ」
「ぎゃーっ」
二人でけたたましい悲鳴をあげながら、ぼっちゃーんと川に落っこちる。
幸い底が浅い川である。
二人でびっしょびしょに濡れる程度で済む。
「あーっ!? 一弥、あんたなんでそんな可愛いパンツ穿いてるのよ! 今度売ってるところ教えなさいよー」
「み、見られたーっ! っていうかお前、ちょ、の、ノーブラ……!?」
「うぎゃー! 見るな見るなー!」
大惨事だった。
微笑ましげな目でそれを見つめつつ、淳平は、親友が望む男性への回帰は難しいかもしれんなあ、なんて考える。
そんな彼のシャツの裾を、引っ張るものがいた。
この場にいる人物は、浅い川で騒いでいる二人と淳平を除けば一人。
いつものお団子ヘアを、今は解いて後ろで縛っている小柄な先輩、小鞠。
「ねえ、なんか……あそこにプカプカ浮いてんだけど」
「へ?」
淳平が目を凝らす。
小鞠が指差した先には、とうとうと流れる川。
水面をぷかーり、ぷかーりと、カメの怪獣型ソフビ人形が浮いていくではないか。
「ぎょ、ぎょえーっ!!」
淳平は悲鳴をあげた。
ご神体が!
ご神体が流れていってしまう!!
「不味いです! 追いかけます!」
「え、そなの? んじゃあたしも行くわ!」
そうして、淳平と小鞠は川べりを走りながら、流れ行くご神体を追う。
ちなみに小鞠は泳げないので、例え追いついても淳平が飛び込んだりする必要があるのだ。
「ふう、ひい、はあ」
すぐに小鞠の体力が尽きた。
飴食い競走やパン食い競走など、眼前に獲物がある状況なら無限の体力を発揮する彼女だが、基本的に運動関係は苦手である。
「負ぶってー」
「ええーっ!?」
というわけで、何故か小鞠を背負って流れるご神体を追いかけるはめに。
白帝流を学んでいる関係上、淳平は跳んだり跳ねたりといった動作が得意だ。
「ぐえっ、ぎゃっ、おふっ」
着地の衝撃で、後ろに背負った人が何やら呻いているが、それはそれ。
今はご神体を追うことが最重要。
全く、玄帝流の里には滝が無いことだけはありがたいと、淳平は思った。ちょろちょろ川が流れ、沼に注ぎ込み、またそこからどこかへ流れていくのだが、全体的に流れは緩やかなのだ。
「おーい」
ふと気付くと、対岸から声をかけてくる者がいる。
「金城先輩!」
あれなるは、女子組、男子組の部屋を整え終えた金城勇太ではないか。
淳平と併走しながら、
「あれを追いかけてるんでしょー!」
「はい、ご神体が流されちゃってー!」
「任せて!!」
躊躇無く川に飛び込む勇太である。
ここまでくると、そこそこ川底は深い。
背が立つ程度とは言え、充分に泳げるのである。それはつまり、溺れてしまう危険もはらんでいるということなのだが。
「むむむっ、勇は河童かっ」
小鞠が目を見開いて呻いた。
流れのある川を物ともせずに、勇太がもりもりと流れを横切っていく。
どんどんとご神体に近づくと、
「とりゃあ!」
力いっぱい、それを水面から跳ね上げた。
ソフビ人形から悲鳴のようなものが聞こえた気がした淳平。とりあえず幻聴を振り払い、人形を追う。
「よーし、あたしがキャッチする!」
「うわわ!?」
そんな淳平の背中を蹴飛ばしながら、立ち上がり小鞠。
彼を踏み台にしてぴょーんと跳躍した。
空中にて、ご神体を見事にキャッチ。
受け止めた手に力が入りすぎて、人形のおなかが凹んでしまった。むぎゅう、と人形が呻く。
「おっと……!!」
小鞠の落下先に駆け込んだ淳平が、彼女を見事にキャッチした。
「ナイス!」
「どんなもんよ!」
水辺から上がってきた勇太と小鞠が、健闘をたたえあう。
淳平の目には、心なしかソフビ人形がぐったりとして見えた。
「ふうーむ」
小鞠、顎に手を当てて、勇太をしげしげと見る。
「ん、どしたの?」
「びしょ濡れの勇を見て思いついたのよ。川遊びをしよう! ……もちろん、浅いところで」
小鞠の提案である。
ということで、里帰り初日から川べりで遊ぶ事と相成ったのである。
ついでにご神体は持っていくことになった。