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田舎電車と森の風

 今時、窓を開けられる電車というものもだんだん減ってきているもので。

 ガタンゴトンと、レールの継ぎ目を乗り越える音と振動。

 横並びになった座席は、都内で乗っているものと同じ。

 昨年までの電車は引退し、今年からは都会で使われていた電車を払い下げたものに変わっている。

 ブルーに塗られた車体はところどころ、錆びて色あせている。

 窓は上から下へと下げるタイプ。


「うりゃ!」


 勇太が力を込めて、窓をグイッと下げたらば、走行する勢いに合わせて風が流れ込んできた。


「なんか、この電車は初なんですよね」


 一人挟んで向こう側、同じ並びで難しい顔をしているのは一弥である。


「そお? そっか。里だと前の電車だし、東京に引っ越してきてからは新しい電車だもんね」

「そうなんですよね。だから俺的にはこれはかなり新鮮です」

「ふむふむ」


 二人に挟まれて頷いているのは、癖っ毛でメガネの少女。遥である。

 元男性であった三人が横並びの風景。

 向かい合うのが、郁己、龍、鈴音と淳平。


「三者三様だなあ……。夜鳥くんはまだ男を捨てきれてないな」

「そうなんですよー。一弥ってなかなか強情で」


 郁己の独白に答える鈴音。すると、


「俺は男に戻るんだって言ってるだろ!!」


 一弥、激しく抗議する。


「まあ、可愛いのは遥だけどな」


 ドヤ顔で龍。


「濃いメンツねえ」


 とは、勇太のもう片方の隣に腰掛ける英美里の言葉である。


「で、これって一見女子が多いようだけど男の方が多いのよね?」

「あー、板澤先輩それは色々な人々の心を抉るような」


 両側にダブルお団子ヘアの、小柄な女子がフンスと鼻息を荒げる。

 フォローするのは淳平。

 何故か鈴音の姉である、板澤小鞠も同行だ。

 その人数およそ九人。

 思いもよらぬ集団行動になってしまった。

 小鞠は、受験勉強の息抜きとして、小耳に挟んだ鈴音の小旅行に無理やりくっついてきた形である。

 利理もやって来たがったが、欧州へパティシエ修行に行っていた大迫さんが、ちょっとの間戻ってくるとのことで参加できず。

 まあ、彼らは彼らで楽しんでほしいものだと小鞠は思うのである。


「それはそうと、冷房の効きが悪いわねー。ちゃんとメンテしてんのかしら」


 ぶうぶう文句を言う小鞠。

 隣りに座る淳平の二の腕をぺたぺた触る。


「ひぇっ!? 先輩袖の中に手を突っ込まないでくださいよ!?」

「いいじゃん、筋肉なんて減るもんじゃないし。おおー、けしからん肉の張りだね。鍛えとるねー」


 ぺたぺた。


「うおお、一弥、助けてくれえ」

「おう、いつも俺が女子からぺたぺたされてる気持ちを味わえ淳平」

「覚悟なさい」


 ぺたぺたぺたぺた。


「うわああ、ひんやりしてるーっ」

「お姉指先とか冷えるタイプだもんねえ」

「こいつ筋肉質だからぽかぽかしていいのよ。それでも冷房はもっと効かせなさい!」


 冷房が効かない分、半開きになった窓からは風が流れ込んでくる。

 里へ向かう路線は、森のなかを突っ走る。

 そのため、木々の間を吹き抜けた風がそのまま入ってくる。

 微かに緑の香りと、天然の涼しさが車内を駆け巡っていった。


「いやあ、いいもんだねえ。斜向かいはなんか暑苦しいけど」

「僕の頭の上で風が吹いてるので……あんまり涼しくないです」

「あれ、じゃあ遥ちゃん私の膝の上に座る?」

「えっ、遠慮しておきます!」

「よし遥、こっちに来い! 俺の膝の上でお菓子食べよう!」

「や、やめて龍~っ!」


 のしのしとやってきた龍が、ばたつく遥をひょいっと抱き上げて持って行ってしまう。

 この路線はいつも空いているのか、車両は貸切状態。

 それ故にやりたい放題である。二人で一緒に向こう側に席に座ってしまう。


「うーむ、もうそういうのを控える気も無いなあいつら」

「……いいなあ」


 向かい側からの発言に、じっと郁己は目線を向けた。

 英美里が龍と遥を見てぼーっとしている。そしてすぐに郁己の視線に気づき、


「なっ、なんでもないわよ!!」

「おう」


 勇太も気づいていたが、ここは女の友情。黙して語らず、友人の気持ちを思うだけにする。

 きっと、彼女はこの先で、勉学だけではない努力の成果を得られると思うから。


「くっ、こんな車両にはいられない。僕は逃げるぞ!!」


 ついに度重なる小鞠からのセクハラに耐えかね、淳平が逃走を開始した。


「おのれ、逃げるかー!」


 追撃しようとする小鞠だが、


「お姉しずまれー! しずまりたまえー!」

「うぬー! 鈴音離せー! 離すのよー!」


 妹に羽交い締めにされてじたばた。

 姉妹揃って大変にテンションが高い。


「なんか見てるだけで疲れる……」


 しんなりとする一弥である。




 さて、そんな騒動をうちに抱えつつ、電車はひた走り玄帝流の里へ。

 四つある流派のうち、こうして里を有するのは今では玄帝流のみ。白帝流など、総本山が今ではイタリアにある。

 森を抜けると、吹き込んでくる風が一気にぬるくなった。

 八月の風である。

 盛夏を象徴するような温風で、車内の空気がかき回される。


「勇~! 窓閉めてっ! もう、これは閉めてるほうがましよ!」

「はいはーい」


 窓をピシャリと締めた所、電車の冷房がようやく目を覚ましたらしい。

 ぶぶぶぶぶ、と怪しげな振動音を立てて、そこそこ冷たい風を吐き出し始めた。

 小鞠が快哉をあげる。


「冷風よ!」

「冷風だ!」


 鈴音も揃って喜びの声をあげるところ、間違いなく二人は姉妹であった。

 そうして電車は里へ近づいていく。

 時間はあと一時間ほど。

 今年も、里は賑やかになりそうだった。

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