玄神の呪い(?)に挑め! その4
朝になったのである。
「なんだ、この沼か」
「この沼でしたか」
腕組みして立つ龍と心葉の姿。
どうやらこの二人、何やら心当たりがあるらしい。
「ぼ、僕はちょっとこの雰囲気苦手だなあ……」
ここは、里にある大きな沼である。
地元の人々は池と呼ぶが、まあ都会からやって来ると、これはどう見ても沼である。
「池かと思ってたぜ……」
一弥が唸った。
ここは、伝承に伝えられる、里の神様が住まう場所なのだと言う。
道理で遊泳禁止である。
「心葉さんたちはここで何をやったんですか」
淳平の質問に、心葉は重々しく頷いて見せた。
「伝説の破壊を行いました」
「は!?」
「はい!?」
目を剥く、一弥と淳平。
この人は何を言っているんだろう。理解できない。いや、理解したくない。
「沼の底をさらったのですが、まあ何も出てこなくてですね。石像が出てきたのです。それを、レヒーナさんが」
「レヒーナさんが!!」
反応するのは淳平である。
あの人は何をやってくれてるんだ! と天を仰ぐ。直接の面識はほぼ無いものの、宗主であるホセの妹君である。
「えいっとばかりに投擲しまして、ほら、あそこの欠けている岩に当たって割れまして」
「割れた!!」
「ひええ」
「その後何も無かったので問題ないでしょう」
「まあ、何かはあったんだけどな」
「ありましたか」
話に入り込んできたのは龍である。
それに、心葉がいかにも間抜けな返答を返す。どうにも緊張感に欠ける光景に、遥はクスクス笑った。
「でも、去年の夏は楽しかったね。僕は巫女さんなんてって思ったけど……これはこれで貴重な体験だったと思うよ」
「ああ。遥の巫女姿は可愛かったなあ。え、心葉さん? ま、まあ綺麗だったんじゃないか」
「あー、その時レヒーナさんも巫女してましたもんねえ」
「マジで……? 俺、遥さんも心葉さんも、レヒーナさんって言う人も見てねえよ……!」
「おやおや一弥。そいつは人生で最大の損失だよ……!」
「おのれ、おのれ淳平……!!」
どうやら昨年のギャラリーの中に淳平がいたらしい。
一弥は彼なりに忙しかったらしく、山車が出る日にはお祭りに参加してなかったようだった。
「どーれ」
何やら声をあげるなり、心葉が持ってきていた長い棒を、おもむろに沼底に打ち込んだ。
「あっー!!」
「な、な、なにしてるんですかっ!!」
一弥と淳平が飛び跳ねて仰天する。
「何って、玄神とやらを探っているのです。そらそら、出てきなさい」
「こえー、この人怖いもの無しだ」
昨夜、心葉の裸身に感じたときめきなど吹き飛んでしまう一弥である。
「よし、俺も」
「二人がかりで池を棒で!!」
「恐ろしい恐ろしい……って、黒沼先輩何してるんですか?」
「あ、うん」
淳平の横で、遥がスケッチブックをパラパラ開いている。
それは、昨日使っていたものとは違う、ちょっと古いもの。
「去年ね、玄武の石像をスケッチしたんだ。それを思い出して」
ぱらりと開いたページ。
そこには、実におどろおどろしい雰囲気の玄武の石像が活写されていた。
「うお」
淳平が一瞬たじろぐ。
ただの絵であり、鉛筆の後が前のページに写ってしまっている。無論カラーではなく、白黒だ。
だというのに、見るものに何やら威圧感を与える一枚だった。
「そういえば……色々軌道に乗り出したのって、この絵を描いてからだったような……」
「黒沼先輩、何かしらこの絵に塗りこめたんじゃないですか……?」
「あり得ますね」
心葉がやってきた。
どうやら池底を棒でかき回すのに飽きたらしい。
「あの石像が玄神だったとしたら、それを書き写した遥さんのスケッチに、かの神の半身が塗り込められたとしても不思議はありません。古来にもそんな話はよくありますしね。化け物を絵に封じると言うケースもあります」
「あー、それであいつ、煙みたいな姿で弱々しかったんだな」
龍は、納得した、と言う顔で呟いた。
「え、龍、何か知ってるの?」
「おう。お前の巫女姿の山車をな、ふらふらと煙みたいなのが追いかけていったんだよ」
「あの煙……!」
ちょっと青ざめる遥である。
確かに昨年、巫女服の合わせをしていた時に見た記憶がある。
「なんか、僕や金城先輩を目当てに動いてきたから、凄く怖かったんだよ。でも、なんだかレヒーナ先輩や心葉さんが凄く苦手みたいで」
「それで私たちが一緒にお供をしたんですねえ」
今明らかになる新事実! という顔の心葉であった。
「あの、去年もその話をした上でお願いしたと思うんですけど」
「……そうでしたっけ」
「そう言えば」
何やら龍が思い出したようである。
心葉のぼけっぷりはスルーされてしまった。
「ここにさ、俺が確か代わりの奴を……」
龍が案内したのは、沼に注ぐ小さな流れの先にある、手作り間溢れる可愛らしい社だった。
その中に、何やらチープなものが納まっているではないか。
「あ、大怪獣ガメス……」
「その人形だ。こいつをご本尊代わりにしてやったんだよ。あんまりにも弱っててな」
「じゃ、じゃあ、玄神様はここにいるっていうのかよ!?」
ごくりと唾を飲む一弥であった。
今、運命の対面……というやつだ。
だが、じっと見ていても、何も現れる気配が無い。
もしや、やはり神様と言うのはいないのではないか。
一弥がそんな疑惑を抱いた時、龍が動いた。
「おーい、俺だ、俺。いるなら出て来いよ」
龍の声に呼応したのか、一瞬、周囲の日差しが翳った。
吹き抜ける風が肌寒いほどのものに変わり、辺りの雰囲気が変わる。
何か、人ならざるものが発する気配に包まれたのだ。
見れば、小さなお社の扉が小さく開いていた。
「お、いたな。ちょっと頼みがあって来たんだが」
龍には何かが見えているらしい。
心葉もまた、開いた扉の奥を見据えている。
だが、一弥にも淳平にも、そこには何も見ることが出来なかった。
「いるよ、煙みたいなの」
遥に言われて、なるほど、いるのかと理解する事ができた。
どうやら、自分たちは大変に霊感みたいなものが弱いみたいだ。
「こいつが女になっちまって困ってるんだが、戻せないのか?」
龍の言葉は大変分かりやすい。
何やら、言葉ではないもので意思疎通を始めたようだ。
龍がうんうんと頷いている。
「力が? 半分封じ込められて……ははあ……、なるほどな。じゃあ遥に纏わりついたのは、それか。分かった分かった」
龍が振り返る。
どうやら、彼と玄神のやりとりで察したらしく、遥は古い方のスケッチブックを開いた。
びりっと一枚の絵を切り取る。
それは、玄武の石像の絵である。
「いいか?」
「うん、いいよ」
遥の許可を得て、龍はこの絵を目の前で真っ二つに引き裂いた。
すると……。
何か、社の中にあった、亀の怪獣フィギュアが見えにくくなった。
社の中が、一弥と淳平にも分かるほど黒い影に包まれたのだ。
「お、力が戻ったな。で、どうだ」
また、何やらやりとりが始まる。
ふむふむ頷く龍。
そして、遥を見て、悲しそうな顔をした。
「いや、遥はちょっと。あ、いや、あいつの意見じゃないが……」
遥が首をかしげた。
「うむむ……」
何かを伝えられたようだった。
難しい顔をして龍は振り返った。
「あのな、結論から言うと……完全には戻らない。女になった歳月が長いほど、定着してしまって戻らなくなる。だが、遥や、金城先輩、あとは一弥は可能だそうだ」
「……え、ま、マジで……!? お、おおお、おおー!!」
一弥は驚愕し、喜びのあまり飛び跳ねた。
そして濡れた足元で滑って転んで淳平を巻き込んだ。
「ぐわーっ」
龍は難しい顔をしている。
「で、遥は、どうする? この玄神の気持ち的に、今回の俺の行為に対して見返りとしてやってくれるらしいが……」
「僕は」
ちょっと思案して、遥は微笑んだ。
「僕は、このままでいるよ。だって、龍はその方がいいでしょ? 僕は龍がそうして欲しい方にするよ」
「……!!」
何やら衝撃を受けて、龍は天を仰いだ。
「遥ーっ!!」
熱烈なハグである。
「うわー」
心葉が一歩退いた。
「村越くん。気持ちは分かりますが、かの神様と意思疎通できるのはあなただけなんですから、もっと詳しく説明して下さい。一応うちの姉の将来もかかっているんですから」
「あ、悪い。取り乱しました。ただまあ、簡単に戻れるわけではないらしく、そいつの気持ちが男の方でしっかり固まれば、一年ほどで完全に男に戻れるとか。男と女で揺らいでると、まあどっちでもないものになると。あとは、女の気持ちのままでいると……一年ほどで完全に女になるそうだ」
「断然俺は男になるね!」
一弥が断言した。
そこに、何かフラグの香りを感じる淳平である。
「これは早速、勇太さんに伝えねば!!」
「あ、おい待って一弥!! 足元滑るからって、さっきも……」
「うわーっ」
「ぐわーっ」
騒がしい二人である。
さて、金城勇太はどんな選択をするのだろう。
淳平は考えていた。