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山は招くよ

 今年は受験である。

 人生の一大事である、大学受験なのである。

 機会は今年一度きりと言うわけではないが、出来れば現役の内に合格しておきたい。

 このような勉強尽くしの一年を、またさらに一年間過ごすなどゾッとする。

 勉強、勉強、勉強をしなくては。

 宿題、参考書、講習、模試……。

 もちろん、過去問の復習も忘れないように……。


 なんて日々とはしばらくおさらばなのである。


「窓から! 参考書を! 投げ捨てろ!」

「ややや! 勇太、ついに狂ったか」


 本気で窓から参考書やノートの類を放り捨てようとする姉を、心葉は羽交い絞めにして止めた。


「ええい、離せ心葉ー! 私はこれらから解放されて、夏の里山を満喫するんだーっ」

「ならば投げ捨てずに置いていけばいいでしょうに!」

「止めてくれるなー! 私の決意の表れなんだー!」


 もがーっ、と二人でしばらく揉みあって、お互い体力が尽きて休戦となった。

 汗だくになった姉妹が二人、畳の間に大の字である。


「はぁ、はぁ、な、夏にこんな運動をするものじゃないね……」

「どうして、乱取りよりも遥かに運動量が多いんですか……! うぐぐ、もう下着までびしょびしょですよ」

「入るか、水風呂」

「むっ、なんという発想。やはり天才」


 ということで、そういうことになった。

 暑い盛り、冷房は効かせていても、窓を開け放って大暴れしていれば熱気に頭をやられることは必定。

 頭がぷーになった二人は、ひとまず体に篭った熱を逃がす事にした。


「それで、一体どうして乱心していたんですか、勇太は」


 体温よりも低いぬるま湯に浸かりながら、尋ねる心葉。


「あー、最初はほら、勉強道具を持っていくかどうか考えてたんだよ。そうしたら、ここ最近ずっと勉強してるでしょ。この、こう、イライラが蘇ってきて」

「そこに私がやってきたと」

「危ないところだったよ。あやうく四月からの勉強成果を投げ捨てるところだった」

「それは危ないところでした。人妻で浪人生とか洒落になりませんからね」


 二人並んでぬるま湯に浸かり、ふうと一息。

 スッと心葉の視線が、お湯に浮く姉のそれに向く。

 舌打ち。


「今殺意を感じたんだけど……って、今気付いたけど、なんで人妻って!?」

「フフフ、郁己さんと勇太の間の空気が変わったことに気付かないとでもお思いですか? 私の直感を舐めないで欲しいです」

「風間くんの気持ちには超鈍感なのに」

「うッ」


 またぬるま湯のなか沈黙。

 リフォームによって拡大された浴槽は、ちょうど勇太と心葉二人が入れるくらいにはゆったりしている。

 なぜ、二人用サイズへ変更されたのだろうか。

 そんなことをふと考える姉妹。


「最近、父さんと母さんが一緒の時間に……」

「それ以上いけない」


 二人は考えるのをやめた。

 物凄く年が離れた弟か妹ができてくるかもしれないが、それも考えない事にする。


「今年は心葉は里に行くの?」

「うーん、それも考えたんですが、割と昨年の体験で満足しましたからね。今年は生徒会の仲間で旅行をするんです」

「へえ、どこ行くの?」

「長崎ですね。異国情緒っぽいものを感じ取ってこようかと」

「おみやげよろしくね!」

「固焼き蕎麦でよろしい?」

「よろしい」

「して、勇太の方はどうなんです?」

「んー。いつも通りかな。とりあえず、同類二人を連れて玄神様にお礼参りかなー」

「ああ、今年一年がリミットですからね。勇太は決めたんでしたっけ?」


 心葉の言葉に、勇太は左手を上げて、かざした。

 薬指に、幻視する。


「まあね」

「それは結構な事です。遠からぬうちに、甥か姪に会えそうですね」

「気が早くない?」

「絶対的な確信があります。二人は絶対に我慢できない」

「むむっ、な、なぜそれを」


 分からいでか、と心葉は笑った。


「そういや、心葉はどうなのさ。私のことばっかりで、そっちがどうなってるのか全然知らないんだけど」

「推薦は一つ貰っています。ただ、断ろうと思っていまして」

「ええっ、凄いじゃん。どうして断っちゃうの!?」

「センター試験を受けるつもりなんですよね」

「ほほー」


 そもそも大学受験を意識したのが昨年という勇太にとって、センター試験などピンとこない話である。


「うん。がんばれ」

「せいぜい頑張るとします」


 受験に関する何だかんだは、これにて終了。

 姉妹揃っての恋バナは、どうも生々しい話になりそうな勇太と、大変奥手というか世界記録級の鈍感さである心葉で、話がかみ合わなそうなのでスルー。

 自然と、話題はとある一人のことになる。


「それで……勇太は彼が戻れると思いますか?」

「あー。あいつ結構意思が弱そうだからなあ……。私は女の子のままになるほうに賭けるよ」

「それでは賭けにならないではありませんか。仕方ないですね。私は大人になって、勇太と逆に賭けましょう」

「やりぃ! じゃあ、何を賭ける?」

「そうですね……。竹松洋菓子店のケーキ一か月分では?」

「乗った!」


 かくして本人不在のもとで、賭けが成立したのである。





 遠くで、ちょっと背の高いボーイッシュな女子が派手にくしゃみをした。


「ちょっと、風邪?」

「里帰りするんだろ? 風邪は治しておいた方がいいぞー」

「そんなんじゃねえよ! くっそー、なんでいきなり鼻がむずむずするんだ……?」

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