夏期講習での再会
夏休みがやって来た。
お日様は憎らしいくらいにカンカン照りで、カラッと晴れていればいいものを、風はやたらと弱くて空気もむしっと蒸し暑い。
いつもは元気な勇太も、この季節ばかりはげんなりと……ならない。
「うひゃー、あつ、あっつー!」
ピンク色のブラウスと、紺色の短めのスカート姿の少女が、上り坂を駆け上がっていく。
それなりに伸ばした髪は、可愛らしい髪留めでまとめられていて、今は風に煽られて宙を舞っている。
あまりの暑さで遠ざかる彼女の背中が揺らいで見える。
「勇太は元気だなあ」
ぐったりとした感じで声を発するのは、パートナーである郁己だ。
彼は常人らしく、この暑さでちょっと参っている。
腰に常備していたアイソトニック飲料をぐびりと飲む。
「私はねー、暑いの大好き!」
「寒いのも好きだもんな」
「そう、大体大好き!」
暑さのせいなのか、それとも夏休みの魔力がそうさせるのか、いつになくハイテンションな勇太である。
振り返った彼女を見て、入学式のお互いを思い出す郁己。
あの頃の勇太はまだボーイッシュだった……というか、ちょっと前まで少年だったのだから、男の子っぽくて当然。
それが今ではどうだろう。
ふんわり盛り上がる胸元と、引き締まったウェストからの、どーんと張り出した腰の下あたり。
本人的には鍛え抜かれた太ももの太さが気になるらしいが、なんとも実に女性らしいプロポーションになったではないか。
心なしか、笑顔を向けてくる彼女の顔立ちも、すっかり女の子のものだ。
「うーむ……。いい」
流れる汗をハンカチで拭いつつ、郁己は呟いた。
「え、何?」
「エロいと言ったんだよ」
「なんだとー! 郁己のすけべ!」
駆け寄ってきてぺちぺち叩いてくる。
そんな事をしながら、校門のロータリーまで登ってくると、ちょうどバスから降りてきていたらしい丸山英美里の姿。
「……あんたたち、暑いのに本当に元気ねえ」
呆れたように彼女は呟くのだった。
さてさて、毎年恒例、夏期講習の会場である。
今年度は受験生とあって、三年生向け講習は大きく規模を拡大されている。
塾の講習と予定が被っていない、進学希望の生徒がほとんど出席しているから、三つあるクラスがほぼ満員になる。
「今年はさすがに勇も出てきたか」
通路を挟んで隣の座席。英美里がふむふむと頷いている。
「一応、私も進学希望だし」
「そうね、頑張らなくちゃだわね」
「むー」
勇太はじっと英美里を見つめた。
じっと、じっと、じぃーっと。
「な、なに、どうしたの?」
「なんかさ、英美里ちゃん、すっごくヨユーじゃない?」
ギクッとした顔の英美里である。
郁己は、ははーん、と予想がついた。
「丸山さん、推薦決まったろ」
「ど、どうしてそれを!?」
殊更にうろたえる英美里である。
郁己と勇太、並んでハハーン、という表情をする。
「まあ、滑り止めよ。第一志望は受験しなくちゃだから、まだまだ手を抜けないのは本当」
「なるほどー。さすがだねー。やっぱり日々の積み重ねは違う……!」
「そんなにヨイショしないで!? な、なんだか背中がむずがゆくなってくる……!」
「……英美里ちゃん、褒められるのに慣れてないんだね……」
努力の人、丸山英美里。
ひとまず、彼女の努力が実った事について、勇太と郁己は祝福しておく事にした。
真夏ともなれば、教室に配備された文明の利器、エアコンも出力全開である。
ゴウゴウと唸りを上げて、室内のぬるい空気を相転移。みるみる涼しく変えていく。外部へとうだるような熱気を吐き出しているのだが、この涼やかな快楽を味わう為には仕方ない犠牲であると言えよう。
「こう、涼しいと……眠くならない」
複雑そうな顔の勇太である。
「寝たら俺がたたき起こす」
「私も起こしてあげるけど」
「寝ないってば」
入学当初の脳筋から、随分と知的に成長した勇太なのである。
夏期講習はなかなか難しい講義を行なっているのだが、それなりについても行ける。
ただ、ノートを取るのが下手らしく、復習の効率が悪くて記憶に定着しないだけだ。
「あとで俺と復習な」
「はーい」
ということで、この夏は郁己につきっきりで、講習の後は復習大会。
二週間続く夏期講習だが、それぞれの週の最後である金曜日には、センター試験をイメージした模試がある。土日はお休みなのだが、休んでばかりはいられないのだ。
郁己に励まされながら勉学に勤しむ勇太。彼女の姿に、英美里はちょっと目を細めた。何やら眩しいものでも見つめるかのよう。
「よしっ、私も大学に入ったら、彼氏を作ろう……」
決意に満ちた呟きは、勇太の耳に届いて、
「がんばれ英美里ちゃん! 私も頑張る!」
「そこ、私語は慎みなさい」
「はーい!」
注意されてしまった。
「ゆゆゆ、勇~っ。そんな大きな声で励まさないでえ」
英美里の顔が大変に真っ赤である。
これは悪い事をしたかもしれない。
勉強漬けの講習も、お昼時となれば肩から力が抜ける。
食堂で冷やし中華を食べつつ、英美里は尋ねた。
「今年も勇は実家に帰るの?」
「うん、そのつもりだよ。もちろん勉強セットは持っていくけど。英美里ちゃんも来る?」
「あ、私は……」
言いかけてから、一瞬考え込む英美里。
そして、
「よし、行く!」
そういうことになった。
「やった! 今年も賑やかになるね」
勇太は笑顔で、大盛のカツ丼を口に運ぶ。
盛夏にあって、尽きぬ食欲である。おまけにから揚げを二個つけている。
「あれ、坂下くんはそこまで食べないの?」
「勇の胃袋と一緒にしないでくれ。俺は普通なんだ」
そんな事を言いながらも、熱々のラーメンをすする郁己である。
夏期講習は始まったばかり。
だが、いけないと分かっていても英美里の気持ちは、これからやってくる勇太の実家への小旅行に飛んでいるのだ。
「私も、ちょっと変わったのかな」
英美里はそんな事を考えた。
だけれど、その考えは思ったよりも悪くない気がした。