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帽子屋における風景

 通りに学生の姿が多い。

 とあるアパレルショップに勤める女子店員は、さては今日、終業式が行なわれたのかと得心した。

 道理で、皆昼に差し掛かったばかりという時刻に、溢れんばかりの笑顔で道を闊歩(かっぽ)しているわけだ。

 どうやら、当店にも一組ご入店らしい。

 さきほども何組かの女子高生たちがやって来ていたのだが……。

 彼女は、朝から重い肩をだましだまし、今日もにこやかに接客を行なう。


「いらっしゃいませ!」


「あ、ど、どうも」


 声をかけたら、一団の中でも小柄なメガネの女の子。恐縮した風に頭を下げてきた。

 可愛い。

 きっとこういうお店に来ることに慣れていないのだ。

 隣にいたすらっとした女の子が、笑いながら彼女の腕を小突いている。

 三人組で、もう一人はどこか日本人離れした容姿の美少女。だけど、不思議と印象に残らない。


「あら」


 日本人離れした彼女が、ちらりと店員嬢を見て目を丸くした。

 無造作に、真っ白な指先を伸ばしてくる。


「えっ、えっ?」


 突然のことで戸惑う店員嬢。

 目の前の少女の瞳が、紫色に変わった気がする。

 紫の目の彼女は、店員嬢の肩口の真上辺りで何かを摘まむ仕草。


『びゃーっ』


 幻聴だろうか? なんだか甲高い悲鳴が聞こえた。


「万梨阿、見て見て」

「うわっ、エリザったら何を捕まえてるのよ! もう、ばっちいからポイしなさい!」

「ひえーっ、そ、それなに!?」

「あー、遥にも見えちゃったかー」


 女子高生たちが、何か目に見えないものを囲んでわいわいと騒いでいる。

 店内にいた人々も、何事かと注目。

 エリザと呼ばれた女子高生は、ふむーと唸ると、何やら摘まんでいる風な指先に向けて大きく目を見開いた。


「ふんっ」

『ぎょえーっ』


 今度は店内にいた誰もが聞こえただろう。

 明らかに人間の発声ではない悲鳴が聞こえて、半透明なもやもやっとした人影が現れた。

 それが、まるでエリザの目から物凄い風でも吹いているかのように後ろに向かって煽られて、空気に溶けるように消えていく。


「ふうー」

「あちゃー」


 万梨阿と呼ばれた少女が額を抑えた。


「え? え? 何をやったの、今?」

「うんうん。除霊よ除霊。よくあることよねー」

「良くある事じゃないと思うけど……」

「帽子帽子。はいはいさっさと行こう遥ー」

「二人とも待ってえ」


 帽子コーナーへと進んでいく三人組を見つめつつ、店員嬢は呆然。

 首を傾げたら、今朝から重い肩がすっかり軽くなっている。


「……?」


 疲れているんだろうか。




「憑かれてたんだよね」

「エリザさん見えるの?」

「うんうん。でも見えるのは万梨阿の方が得意よね」

「エリザの場合、見えるって言うかもう視線で除霊するからねー……」


 おかしなデモンストレーションを見せられてしまった遥。

 本日は終業式の帰りである。

 はて、もしや今日は除霊に来たのだろうか? なんて考えてしまう。

 だが、こういう体験は貴重だ。そのうち何かのネタにしようと、記憶の奥底にしっかりと焼き付けておく。


「よし、覚えた!」

「遥、覚えなくていいからねー。ほらほら、今日は帽子を探しに来たんでしょ。あんた日焼けしちゃってるけど、女の子なんだからもうちょっと肌に気を使わなきゃだめよ」

「そ、そうかなあ」


 遥はきょろきょろと売り場を見渡した。

 なるほど、色とりどり、様々なデザインの帽子が展示されている。

 オーソドックスなつばの広いものであったり、麦藁帽子、フリルがついたものと、様々。

 男子だった頃には、帽子を被る習慣が無かった遥。

 女子の帽子なんてさらに分からない。

 ちょっと途方に暮れそうになったところで、


「じゃーん、どうかな?」


 エリザがゴージャスなフリッフリでリボンどっさりな帽子を被って登場した。


「ぶはっ」


 万梨阿が噴き出す。

 下は学園の夏服でスッキリしていると言うのに、頭から上のボリュームがおかしなことになっている。

 これは笑わずにはいられない……はずなのだが。


「……な、なんかしっくり来てる?」


 妙にそういうゴージャスな帽子が、エリザには良く似合っている。


「ありがとう遥。それじゃあ、遥も被ってみようか!」

「ええーっ!?」


 エリザが脱いだ帽子を遥に被せる。

 小柄な遥に、これはあまりにもボリューム過多過ぎる。


「うわあー、お、重いーっ!」

「ぶはっ! ぶはははははははは!」


 万梨阿爆笑である。


「ひ、ひどいー」

「あはは、ごめん、ごめんってば。むくれないでよ遥」

「私は似合ってると思ったけどなあ」


 エリザの感覚はちょっと浮世離れしているようだ。

 さてさて、ここからは本格的な帽子選び。

 帽子ごとに機能性に違いがあり、用途とデザインを見比べて選んでいく必要がある。

 遥が見たところ、デザイン重視、機能重視と大きく二分されているように感じた。


「僕は機能重視かなー」

「そお? 遥って可愛いのが似合うと思うんだけど」

「や、その、恥ずかしいし……」


 万梨阿が差し出したのは、ピンク色で、首筋を覆える日除け付きのもの。

 ガーデニングなんかする時にも、首を日差しから守ってくれるらしい。


「あ、これはなんだか安心感が……」

「遥は顔を隠すと安心するの?」

「恥ずかしがりやだからねえ。でもちょっとモサモサッとしてるわね」


 続いて登場。耳まで覆える、底が深くてつばが広いキャスケット。デニム地でなかなかお洒落。


「あ、これいいかも。なんだか安心する」

「遥って露出が減るほどそう言う事言うわよね……。でもこういうだぶっとした帽子は似合ってるんじゃない?」

「可愛い!」

「むぎゅーっ」


 エリザに強烈なハグをされてしまう遥である。

 最後に取り出しましたるは、つばがぐるりと帽子を囲む、ふんわり柔らかな素材のキャスケット。

 ベージュカラーで安心。


「ちょ、ちょっと女の子っぽすぎない……?」

「何言ってるのよ。遥は立派な女子でしょ!」

「うんうん、これはこれでいいねえ」


 目の前に並んだ三つの帽子。


「さあ、どれにする?」

「うむむ」


 遥は腕組みをして唸った。

 ひとまず……この大きな日除けつきは、普段使うには暑いかもしれない。


「ほい、じゃあこれは戻してっと。エリザー」

「はーい、戻しておくねー」


 二つのキャスケットのどっちがいいかというと……。


「こっちかな」


 指差したのは、二番目に被ったデニム地のもの。

 つばは前だけ。それでもすっぽりと頭を覆ってくれるから、日差しを避ける効果は高い。


「それ、遥はジャンパースカートとあわせるといいかもね」

「うんうん、可愛い!」


 エリザはずっと褒めっぱなしな気がする。すっかり遥は彼女に好かれてしまったらしい。

 万梨阿が提案した服装の組み合わせも気になる。

 今度、服を見に来てもいいかも……なんて思いながらのお買い上げである。


「ほらほら遥。ストーカーさんが待ってるよ」

「えっ?」


 早速帽子を被った遥。

 不穏な万梨阿の言葉を聴いて振り返ったらば。


「おおおお」


 人通りが覆い道の真ん中で、遥を見つめて感嘆の叫びをあげる男が一人。


「りょ、龍!?」

「うわあ、何だそれ! 何だそれ遥! すげえいいじゃねえか!! うわー!」


 周囲の注目を浴びながら、駆け寄るのは遥の彼氏たる村越龍。

 高らかに抱き上げられた遥は、周囲の視線を感じて、慌てて帽子を目深に被るのだった。


「あ、メガネずれてる」

「早速帽子が仕事をしたねえ」

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