終業式の風景
「どうする? どうするよ、もう! ウキウキだねえ!」
はしゃぎながらやたらと背中を叩いてくるのは、鈴音である。
「痛い! 痛いって! なんで叩くんだよ!?」
「えー? ほら、テンションが抑えきれずに?」
「今日もやってますなお二人さん」
「お熱いわねえ」
「みゅふふ、百合っぷるですなあ」
体育館へ向かう道のりだというのに、大変に賑やか。
本日は城聖学園の終業式。
一学期の終わりを告げる日である。
もちろん半ドンだから、午後からはフリータイム。
周りの子たちはカラオケや、ゲームセンターに行こうなんて話をしている。ショッピングや映画もいいのかもしれない。
こんな特別な日だけに、朝から超絶ハイテンションなのが板澤鈴音だ。
彼女はすっかり、クラスのムードメーカー。
鈴音の機嫌がいいと、なんとなくクラス全体が明るくなるような気がする。
まあ、大体常に彼女は機嫌がいいのだが。
「今日どうする?」
問うのは天利外和。本日はバレー部もお休み。三年の先輩方は、春の大会(といっても1月だったりするが)まで残留するそうで、しばらく羽は伸ばせそうにない。しかし、若い部員たちの自主性は重んじるようで、今日みたいな半ドンの日は遊びに行ってもいいよ、となっているのだ。
それってふるいに掛けられているのではないか。
横にいた淳平はそう考えたのだが、何も言わない事にした。
「んっとねー。この店行ってねー。ライムジュレのマンゴープリン食べてねー」
スマホで話題の店を次々に検索している跡田来夏。
どこの部活に所属しているのか知らないが、彼女はフリーらしい。
「よし、食べるぞーっ!! 一弥も当然来るでしょ!」
「えっ、俺は強制かよ!?」
がっしり鈴音に肩を組まれて確保される一弥。
ここは廊下。
二人で道をふさいで大変迷惑である。
「みんなー、板澤と夜鳥を押せー」
「おー、押せ押せー」
「どさくさにまぎれて乳を」
「このう!!」
「ぐえー」
ひとり不届き者がいたので、鈴音が即座に処した。
かくして、ごちゃごちゃの団子になって体育館に入場してくる一年組であった。
「遥、焼けたわねー……」
「うん、最初はもう、あちこち皮が突っ張っちゃって大変だった……」
ようやく真っ赤から、小麦色に変わり始めた友人の肌を、猪崎万梨阿がつつく。
「きゃっ、くすぐったいよ」
小麦色でもサラサラっとしている。友人ながら素晴らしい肌質である。
「でもね、UVカットは塗らなきゃだめよ。こういうのが年をとってからシミとかシワとかそばかすになるんだからね」
「そっかあ」
二人は前後の座席でである。
もうじき校長の挨拶が始まろうと言う頃合。
後ろ向きに座った万梨阿は遥のほっぺたやら腕やら、首筋をやたらぺたぺた触る。
「髪も伸びてきたんじゃない? 帽子被ってないと荒れるわよ? 一緒に帽子見に行く?」
「紫外線って髪の毛もやられちゃうんだ」
「万物を滅ぼす悪魔の光よ」
「そんな大げさな……」
「いやいや、馬鹿にしたもんじゃないって。悪魔はいるから」
真剣と書いてマジと読む目をしている万梨阿。
「そだよ!」
いきなり脇から同意の声が上がった。
「えっ!? が、外人さん!?」
横を見たら、隣のクラスの女の子が会話に加わってきていた。それも強烈な紫色の女の子。
一瞬そう見えたものの、彼女はすぐに黒髪、黒い瞳になってしまう。目鼻立ちが日本人離れしているから、留学生なんだろうか?
「あちゃあ、エリザが見えちゃったかあ」
「? 見えたって? も、もしかしてこの子は幽霊か何か……?」
「私は生きてるよー! 万梨阿の友達でしょ? よろしくね」
「う、うん、よろしくね」
人懐っこい女の子である。
間に男子を挟みながらも、遥とエリザは握手を交わす。
男子生徒はなんだか自分の目の前で、可愛らしい女の子二人がシェイクハンドしているもので、身をのけぞらせていた。
一方。
「ぐ、ががっ」
小麦色に焼けた村越龍が。
一瞬ビクッとなって居眠りから目覚め……。
「……なんだ、まだか」
また寝始めた。
「これが、最後の一学期終業式」
「うん。全部、一つ一つ、最後、だね」
「感慨深いわねえ」
「夏芽ちゃんはこの後も練習?」
「もちろん。一年は遊んでも構わないけど、やる気がある子は来るからね」
三年生は最後の入場だ。
一年、二年は名前の順番だが、三年生はフリーである。
そもそも、城聖学園は学校として、規律は基本的にゆるい。
生徒の人格を尊重し、信頼しているからこそのゆるゆるな校則。
それを十全に発揮する為の、徹底的な面接重視入試。
ということで、実はクラスの席順もフリーダムなのだが、さすがに最低限の規律はあったほうが……という、現一、二年担当教師陣の考えで、彼らはあいうえお順。
現三年生は、二年次、和田部教諭の担任になった瞬間から束縛から解き放たれた。
ということで……。
「岩田さん、見えない、見えないって」
「あ、ごめん」
後ろでぴょんぴょん飛び跳ねる麻耶の抗議を受けて、さすがに最前列に行く事を止めた夏芽である。
身長がついに190センチの大台に届こうかと言う長身。前にいると何も見えない。
いや、後ろにいる大盛さんだけは横にはみ出す。
「ということで、私後ろに行くから」
「はーい」
勇太たちと別れを告げる夏芽。
長身はつらい。
「岩田さん、まだ身長伸びてたんだねえ……」
「さすがにそろそろ止まってきたって言ってたよ。でも、あれでも海外の選手と比べると大きいほうじゃないんだって」
「バレー選手ってのはなんでそんなに伸びるんだー!」
二年生から全く身長が伸びなくなった麻耶の叫びである。
ちなみに彼女の相棒、大盛さんは3センチ伸びた。
「しかも気付いたら、金城さんうちより背が高くなってるし……! 去年の春はちっこくて可愛かったのに……」
「えへへ、伸び盛りですんで」
良く食い、良く鍛え、良く寝る。
伸びないはずが無い勇太の生活である。
「私は昨年よりも」
「あ、脇田さん」
「ナイスバデになりました」
「なにい!!」
「なんだってーっ!!」
勇太と麻耶の顔が驚きに染まった。
じっと脇田理恵子のボディラインを見る。
夏服であるピンクのシャツは、目を凝らすとボディラインが分かる程度には薄い。
なるほど、透視せんばかりにじっと見れば、すこーし理恵子の胸元や腰周りが育った気がする。
「ばかな……! う、うちが現状維持だというのに……!」
「私だって、胸は止まっちゃったよ……!」
「私はこれから発展していくのです。そう」
理恵子がくるりと振り返って、最後尾の夏芽を指差した。
「岩田さんを超えて」
「いやいやいやいや」
「無理じゃないかなあ」
「聞いたか!? 脇田の乳がでかくなったらしい」
「はっ、俺は楓さんがいるから乳の大きさに惑わされたりしないぜ」
「勇はそろそろ完成体だからなあ」
「ぶはっ、り、理恵子さん、くっ、は、鼻血が……!!」
そんな、三学年三様の光景の中、校長の挨拶はカップラーメンが出来るほどの時間で終わり……。
いよいよ、夏休みなのである。