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今年も屋内でごろごろする女たち

「桔梗、暇なんですか」

「そりゃもう」


 よく冷房が効いた和室。

 金城邸は心葉の私室である。

 リフォームされて、金城邸はちょっぴりだけ広くなった。

 元々、尊さんが買い取った古い武家屋敷的な家だったらしい。

 かつて大家族が住んでいたのだろう。小分けにされた部屋が多く、(ふすま)ではなく壁で仕切られている小部屋など、空間の使い方が非効率的だったのだ。

 ということで、壁をぶち抜いて柱を補強して、襖にして……。

 結果、心葉の部屋は六畳間から八畳間へとランクアップしていた。

 そこに、大の字になった女子が二人で転がっているのである。


「もうね……部活は引退でしょ……。さる理由から私は最後のインターハイの試合に出られないし……」

「それは、野試合をやらかせばそうなるでしょう」

「だって、うちの後輩の剣道を馬鹿にしたのよ。許せないわあの外人」

「だからと言って、竹刀でプロ格闘家を叩き潰す女子高生はどうかと思います」

「突きは使ってない」

「小手で両腕折りましたよね?」


 桔梗がへたくそな口笛を吹いた。

 一見すると、黒髪が印象的な、純和風美少女の伊佐奈桔梗。外見だけならば都立高校でも五指に入る人気の高さを誇る。

 だが、彼女の中身は師である彼女の祖父を以って、「生まれてくる時代を間違えた娘」と言わしめた存在だ。

 剣道家でありつつ、素手で心葉といい勝負をするというと、その規格外っぷりが分かるものである。

 ちなみに都立高校では、格闘系部活の学生たちも、心葉と戦おうとしない。一年時に、彼女によって叩きのめされた者ばかりだからである。

 そんな心葉と素手で互角で、本気になった心葉と獲物を持つと互角。四神の技を身につけているわけでもなく、普通の剣道、それから祖父から習い覚えた剣術のみである。

 こっそり、暦女な隠れファンクラブから、女一刀斎の仇名を頂戴する女子高生、桔梗。


 元から部活にはそこまで入れ込んでいなかったとは言え、最後の試合のチャンスがなくなるのは痛い。

 何よりも部活内で疎外感が凄い。

 みんな桔梗が怖いので、そのことには触れてこない。腫れ物を触るように扱ってくるのがさらに心苦しい。


「受験勉強でもすればいいではないですか」

「言ってなかったっけ? 私、ちょっと卒業後は一年くらい、ユーラシア大陸を旅しようかと」

「なんですって」


 心葉は瞠目した。

 この女が旅をしようというなら、それは即ち武者修行の旅である。

 近年、平和ボケした日本人旅行者が海外で犯罪の被害に遭うケースが増えている。

 だが、平時の学園生活においても臨戦状態で、というか臨戦状態が常態化しているこの女が日本の外に出たら、きっとあちこちが血の海になる。


「南無」

「そんなに心配しないでもいいわよ、心葉」


 違う。

 今後世界中で、桔梗の手にかかる人々のために心葉は思わず、御仏に祈ったのである。

 だがそんなニュアンスが分からない桔梗、自分が心配されたと思って照れ笑いする。


「私も女の子だしね。心葉が心配するような危ない事はしないよ」

「そ、そうですか。で、最初はどこに?」

「まずインドから」

「インドから!!」

「凄い使い手がいるんだって」

「使い手が!!」


 女子高生が旅先にその地を選ぶ理由ではない。

 きっと彼女は勝負を挑みに行くのだろう。おかしい。現代に生まれた女子高生の思考ではない。


「ご両親は反対しているでしょう」

「お母様は心配しているわね。何故か、お爺様とお父様は安心したような顔をしていたけれども」


 一体、伊佐奈家はどのような緊張感の元、毎日を送っているのであろうか。

 そんな益体(やくたい)も無い話をしていた二人。

 貴重な休日の時間が、無駄に流れていく。

 すると、襖をノックする音がした。


「いい? 入るよー」

「どうぞ」


 襖が開く音。

 心葉は体を起こしながら桔梗を見ると……既に彼女は正座して、心葉が所蔵する一冊を手にとってページをめくっている。

 何を知的な顔をしているのだこの女は!

 知的というよりも貴女は血的だろう!

 などと思いはしたが、ぐっと堪える心葉。親友としての心遣いである。


「伊佐奈さん、いらっしゃい」

「お邪魔しているわ、勇さん」


 微笑み交わす二人。

 最近めっきり女らしくなった勇太の笑顔は、心からのものだろう。

 桔梗のそれは研ぎ澄まされた闘争心を覆い隠す仮面である。


「お茶を入れたよ。あとは、お菓子も持って来たから」

「そんな、気を遣わないでいいのに」

「だって大事な妹の友達だからね」


 よく冷えたお茶が、ガラスの容器に収まっている。

 お菓子はこれまた、涼感溢れる水菓子である。

 律子さんが持たせたのだろう。いや、勇太が自分なりに判断して用意したのかもしれない。


「伊佐奈さんは、夏の予定とかあるの?」


 勇太も交えて三人でお茶をしながら、会話が始まる。


「そうね、予定は……無くなったわね」


 桔梗が遠い目をする。

 いけない、話が最初の野試合に戻りそうだ。


「桔梗は卒業後、世界を旅して回るそうなので、今は余裕があるんですよ」

「へえ、そうなんだ!」


 勇太が目をキラキラ輝かせた。


「私、海外行ったこと無いから羨ましいな。あ、でも、新婚旅行……ううん、そ、それは早いか。えっと、まあ、凄いねえ。誰かと一緒に?」


 勇太が何か言い淀んだ。何を考えているのかこの兄……いや姉は。


「一人旅よ。世界の厳しさっていうものを経験するには、やっぱり誰かに頼ったらダメだと思って」

「へえー……大人だねえ」


 違う。

 それは身軽な状態で、世界各国にいるつわものに挑むための判断だ。

 奇襲、夜討ち、野伏せ、なんでもやるぞこの女は……!


「桔梗……もしや、インドの次は」

「アラブ」


 ニヤリと笑いながら桔梗。

 心葉はゾッとしたが、勇太は全く状況が分からず、むしろ想像もできない異国の風景にうっとりしている風でさえある。


「凄いねえ伊佐奈さん。私も見習いたいよ。帰ってきたら、話を聞かせてね?」

「ええ、もちろん」


 きっと凄い血なまぐさい武勇伝になることであろう。

 どこか噛み合っている様で、致命的なところで噛み合っていない勇太と桔梗の会話を聞きつつ、心葉は冷茶を飲み干した。


(……きっと、この暑さで桔梗の頭が沸いているだけでしょうね……。そうに違いない)


 心葉はこのことに関して考えるのをやめた。

 ゆるゆると、七月も半ばを過ぎる時期の話である。

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