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青龍一門、海の家に行く

「あんたね、最近たるんでいるんじゃないの」


 ほかほかと湯気を立てる、少し伸びたラーメン。

 味は定番のしょうゆ味で、申し訳程度のチャーシューとメンマ、ネギが乗っている。恐らく主役は、無駄に分厚くカットされたこのナルトであろう。

 そんな彼方で、よく見慣れた女が説教じみたことを(のたま)うのだ。

 今年の四月から大学生になり、なかなか学生生活をエンジョイしているらしい、村越由香女史だ。

 すらりと高い身長と、大人びて整った面差し。

 今は自慢の長い髪を、バレッタで簡単に纏めてはいるものの、彼女の艶やかな髪の美しさは少しも損なわれるものではない。

 今も、現役モデルではないか。現役芸能人ではないのか。それほどの存在感を放つ彼女は、注目の的だ。

 そんな由香が。


「あー、やっぱり海の家って言ったらこの微妙な味の焼きソバよねー」


 唇に青海苔をつけて、具が少ない焼きソバを堪能している。

 そう、ここは、海の家。

 姉に説教されつつ、ラーメンをずるずる掻き込んでいるのは、村越龍。

 青帝流初代から、「俺の跡を継ぐやつがいるとしたらお前かね」とか冗談交じりに言われる程度には実力のある、高校生拳士である。

 だが、確かに今、その牙は鈍っていた。

 なぜなら……。


「龍~!」


 可愛らしい声が彼を呼んだ。

 難しい顔をしていた龍は、途端に相好を崩して声がする方を向く。

 そこには、フリルがついて可愛らしい、黄色い水着を着たメガネの少女。良く似た幼い男の子の手を引いてやってくる。


「遥ー! うおー! よく似合ってるぞー!」


 村越龍、快哉をあげる。

 あまりの大音声に、海の家にいた人々がギョッとして振り返った。

 その様子に、気恥ずかしそうにうつむいたメガネの少女が黒沼遥。

 龍が目下骨抜きにされている少女である。


「龍にいちゃーん! 由香ねえちゃーん! わー! んー? なんでにいちゃん下見てるの?」

「お姉ちゃん!」

「そうだった!! お姉ちゃん! ねえねえ、僕もう行っていい?」

「うん、転ばないように気をつけてね」

「大丈夫ー!」


 走り出した男の子は、遥の弟の陽。

 彼が兄ちゃんと呼ぶように、黒沼遥はちょっと前まで男の子だった。

 今ではすっかり、女の子としても板についてきているのだが……。


「由香ねえちゃーん!」

「あらら、陽くんは甘えん坊ね? 大きいおっぱい好きなの?」

「大好き! ねえちゃんはおっぱい無いから!」

「こ、こらあー」


 陽の衝撃的告白に、力なく抗議する遥。

 彼女もまた、海の家に入ってきた。

 ここは、更衣室がシャワールームと一体で外にあるタイプなのだ。

 着替えてきた遥は、あまり凹凸の無い体型をカバーするような、フリルつき水着。ビキニタイプだが露出は多くない。

 そのチラリズムが、見るものの想像力を掻き立てるではないか。


「……いい……!」

「あー」


 すっかり腑抜けな顔になった龍に、由香が溜め息をもらした。

 彼女の膝の上には陽が座って、その豊満な胸元に後頭部を預けている。


「ママより大きい!」

「うちの母さんはどっちかというとスレンダーだからね……。え、龍、どうしたの? わわわっ」


 龍が立ち上がり、頭一つぶんは違う遥をひょいっと抱き上げた。

 そして自分の膝の上に乗せる。


「大きさじゃないぞ。俺は遥が一番いいんだ……!」

「え、ほ、本当? えへへ、あ、ありがとう……」

「あっ、にいちゃん赤くなった!」

「お姉ちゃん!」

「そうだった! おねーちゃん!」


 と言うわけで、海にやってきている青帝流一門と、そのオマケなのであった。

 ちなみに青帝流一門というのは……。


「師匠どうだったの?」

「青帝さん、向こうでとうもろこし売ってました。お客さん結構いますよ」

「地仙とも呼ばれるほどの方が、なんて俗な……」


 由香はまた溜め息。

 一門の名に恥じぬ、流派の開祖まで引き連れての海水浴。

 だが、当の開祖は商売に夢中であった。

 ここで稼いだ小銭で、また酒でも買うのだろう。


「人界はいいな! 来るたびに新しい酒が増えてやがる。俺はこういう作り物めいた酒も好きでなあ」


 とは青帝様のお言葉。

 ちなみに青帝様と青帝流が祀っているはずの青神様が同一人物だと言う説もあるのだとか。

 ひとまず、開祖のことは放っておくことになった。

 遥と由香が額をつき合わせて、これからの遊びの計画を立てる。

 大きなビニールボートを借りて、それで遊ぼうと言う事になった。

 ちょっと言ったところに浅瀬があるのだとか。


「そうね、あのシャチ型のボートがいいんじゃない? 私たち四人なら楽々乗れるでしょう」

「いいですね。でも僕泳げないので、ちょっと不安なんですけど……」

「おいおい姉貴、一人忘れてる」

「一人って、師匠はどうせ水遊びなんてしないでしょ? あの人水の上を走るような人だし」

「いや、そうじゃなくてさ」

「おーい」


 頼りなげな声がした。

 その声の持ち主こそ、今回の一行をここまで運んできた、ライトバンの運転手。

 本邦初公開、村越由香嬢の大学の先輩である、町田春彦である。何を考えたのか、由香は進学先でオカルト研なる怪しい同好会に所属した。

 そこに唯一所属していた会員であり、会長が春彦氏なのである。

 見た目はヒョロッとしたメガネの頼りなさそうな大学生だ。

 明らかに由香より弱そうである。


「いやあ、大変だったよ。駐車場はどこもいっぱいだったんだからさ。あれ、村越さんまだ水着着てないの?」


 由香は、あ、忘れてた、と言う顔をした。

 龍は内心で春彦氏に謝る。

 なるほど、存在感の無い御仁だ。


「き、着ましたよ先輩。パーカーを羽織ってるだけですから。ほら」


 陽をちょっとどけて、由香がばさっとパーカーを脱いだ。

 ペイズリー柄のど派手なビキニがあらわになる。布地が少ない。


「うっ」


 春彦氏が一瞬言葉に詰まり、しめやかに前かがみになった。


「し、刺激的だね……」

「そうですか?」


 村越由香。

 彼女は男の目と言うものに疎い。


「それじゃ、先輩が着替えてきたら海に繰り出しますか!」

「さんせーい!」

「よっしゃ。遥は俺が守るからな」

「うん、頼りにしてる」

「えっ、僕も一休みしたいんだけど……」


 さてさて、夏休みも近づく頃合。

 青帝流一門の海はまだまだ始まったばかり。

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