それは果たして少女たちだったのか。
夏である。
女子の被服が薄くなり、むき出しの部分が増える季節である。
燦燦と照りつける太陽は、容赦なく地上の遍く全てを熱し、暑さから逃れようと冷房をつければ、文明の利器は相転移効果用いて、屋内の熱を容赦なく室外へと吐き出す。
ヒートアイランドで揺らぐ視界の中、白い二の腕も鮮やかに、歩いてくる少女たち。
談笑する彼女たち。
なんと素晴らしい光景だろう。
ちなみに男の被服も薄くなる。
「ぬう」
「むう」
二人の少女が呻いた。
年頃の女の子らしからぬうめき声である。
何か苦しい事があったわけではない。
二人連れ立って、町に買い物にやって来た最中の出来事だった。
「一弥、これはもしや、噂に聞く……」
「うん……ナンパされてるな、俺たち……」
Vネックの白いブラウスにカットジーンズ姿の一弥は、短い髪も相まってボーイッシュ。すらりと高い身長と、気の強そうな眼差し。だが、むき出しの細く真っ白なうなじと、筋肉がありながらも柔らかなラインを失わない腕は、彼女が魅力的な女の子なのだと主張してやまない。
相方は、ブランド物のTシャツにデニムスカートの、胸元が大きく主張している少女。長い髪はポニーテールにまとめており、それでも纏めきれない豊かな髪が、ふんわり前髪となって眉にかかっている。やはり気の強そうな眼差しだが、一弥と比べて全体的なラインはふっくらと女性的。当然、彼女は鈴音である。
「女の子二人でどこ行くの?」
「ちょうど俺たち、遊びに行くところだったんだけどさ。男三人だけじゃつまんないっしょ」
「どう? 一緒に遊び行かない? こいつの車すごいからさ」
なるほど、二人を囲むように立つ男たち三名。
なかなかのチャラさである。
カットジーンズからこぼれる一弥の真っ白な太ももや、ゆったりしたシャツでも隠しきれない鈴音のドーンとした膨らみをチラチラ見ている。
下心である。圧倒的下心。
「ど、どうしたものか」
「俺さ、男だった頃はこういうのって、バーンとぶん殴ってやれば解決だって思ってたんだけどさ……いざなってみるとちょっと戸惑うよな……」
「私だって初体験だってば。ていうかお兄さんたち、私たちまだ高一なんだけど。ロリコン?」
男たちがどよめいた。
高校一年生。
このけしからんボディの少女二人が高一だと!?
けしからん、まったくけしからん。
むしろ、鈴音の言葉は男たちの心のボルテージを跳ね上げた。
「高校一年生? びっくりした。全然見えないって。すっごく大人っぽいからさ!」
「ブラウス似合ってるよね! どこで買ってるの? 俺たちも、君たちに服を見て欲しいなあ」
「外だと暑いだろ? カラオケ行こうよカラオケ! 密室! 個室!」
最後の一人が欲望むき出しの気配がする。
こ、これはいかん……! と二人が迫り来るナンパの脅威に顔を強張らせたときだ。
「ありゃ。一弥よく会うねえ」
最近とてもよく聞く声がした。
「あっ、ゆ、勇太さん!」
「外では勇! 太をつけない!」
「あっはい、勇さん!」
「うわー、金城センパーイ!! たすけてー!」
可愛いワンピース姿の勇太登場である。
ふわふわにした髪を、耳にかかるくらいのミディアムにカットしている。メイクもバッチリ決めて、しかし何故か一人で道の中央を堂々と歩いてくる。
「うおお、あ、新しい美少女が!!」
「え、彼女、君たちの知り合い? 友達? え、先輩なの? うひょー、あれでJK!?」
男たちが勇太に向かっていった。
「……この場にいる女って私だけなのよねー」
鈴音がボソッと呟く。
男たちは、自分たちが熱心に口説いている相手のうち二人が、元々男だったなど想像もつかないのだろう。
「それじゃあ、人数も合ったことだし移動しようか!」
「いやいやいや! 何を話が決まったみたいにしてるんだよ!」
いきなり一弥の腕を取って行動しようとした男がいる。
慌てて手を振りほどく一弥。
思いの他パワーが強いので、男は驚いたようだった。
身体能力的には、まだまだ男性寄りの一弥である。
「大丈夫だよ、変な事しないって。俺たちって紳士だからさ! それに、ちょっとこの夏で大人の世界とかさ? 体験してみたくない?」
「してみたくない!」
そんなやり取りをしている向こう、勇太を口説いていた男たち。
「いやー、私は婚約者がいるんでー」
勇太の声が聞こえてきて、目を剥いたのは一弥と鈴音だった。
こ、婚約者ぁ!?
「えーっ、そんな若さで!? もったいないってー!」
「もっと色々遊んで、いろんな男を知らなきゃ!」
「でもー、私の婚約者は最高なんでー」
勇太がぶりっ子している。
一弥は頭がクラクラした。
「絶対、そんな奴よりも俺のほうがいいから!」
「あ? そんな奴だと?」
突然勇太の声色が変わった。
ドスが効いた低い声である。一弥は背筋が寒くなる。それなりに空気を読めるのか、鈴音も半笑いで、
「なんか、なんかさ、金城先輩いきなり雰囲気変わってない?」
「うん、あれ、あの人の素だから。怒らせるとすげえ怖いんだよ……」
「ぎょえーっ!!」
目の前で、勇太に腕を捻られつつ、投げ飛ばされる男たち。
「おぎゃあー!」
「ぐえーっ!」
阿鼻叫喚である。
どうやら、勇太にとって大切なあいてを、そんな奴呼ばわりしたことが怒りの琴線に触れたようだった。
普段ならもっと冷静なはずなのだが、どうして今日に限って、これほど激怒するのか……。
「ひいーっ!!」
「折れる、折れちゃいますー!!」
「すげえ、立ったまま三人の腕を極めてる」
「うわー、ここまでみしみし言う音が聞こえてくるんだけど……!」
このまま、何かが折れる軽快な音が響いて、大惨事になるかと思われた時だ。
見物していた人が警察を呼んだらしい。
「こらー」
お巡りさんが走ってきた。
「何をしているんだね」
「この人たちが私をナンパしようとして、私の婚約者を馬鹿にしたんです」
「ほう……」
お巡りさんは困った顔をした。
可愛らしい女子高生が、むくつけき男どもを三人纏めて痛めつけていたのである。
だが、こうして面と向かうと、とてもそんな凶暴な人物には見えない。
「でも、道端で関節を極めたらだめだからね」
「はーい」
お巡りさん、首をかしげながら男たちを連れて行く。
「一応未成年略取の未遂だからなー」
「うわー、お巡りさん助かったー」
「俺たち殺されるかと……!」
去っていく男たちの姿を見送りながら、鈴音は、
「やっぱり、二人が男だってことは知らないほうが幸せよねえ」
なんて思うのだった。
そして、女子化の先輩にいじられる後輩の図。
「ねえねえ一弥、初ナンパどうだった? ドキドキした? 女の子も刺激的で悪くないでしょ」
「やめて! やめてください!? なんで俺を女子の道に引きずり込もうとするんですか!!」
「えー、絶対一弥は女子力高いって! もてるから! 私が保証するから!」
「男にもてたくなーい!! 俺はっ、普通に女の子と恋愛したいのにーっ!!」