久々のお誘い、これはデート?
「ふーむ……」
それなりに分厚い封筒の中身を確認しつつ、郁己は頷いた。
これだけあれば、いけるだろう。
稼ぎに稼いだ二年間の結晶だ。
相方の希望にも、充分応えられるのではないだろうか。
「なに? どうしたのさ、郁己ー」
隣を歩いていた勇太、この暑い盛りだというのに、腕を絡ませてくる。
互いに半そでだから、汗に濡れた彼女の腕の感触がじかに伝わってくる。
「やめ、暑いって」
そういいながらも振りほどかないのは、郁己も満更ではないということなのだろう。
本日は久々の、二人きりのお出かけだ。
七月に入り、梅雨の気配もどこかに消えて、空はすっかり晴れ模様。
「ずーっと郁己は忙しいんだもんね? 私ったらほったらかしでさ?」
「いや、ほんとごめんって。悪かったよ」
「もう、こんな可愛い子、他の男の子が放っておかないんだからね?」
元男とは思えぬ物言いである。
だが実際、その言葉に負けないほどの魅力が彼女にはある。
「その物言い……まさか、誰か他の男が……!?」
「うーん、どうでしょう……?」
上目遣いで見つめてくる勇太に、郁己は頭をかきむしった。
「ぐわーっ!! な、なんてことだー!! 俺がバイトに勤しんでいる間に、勇太に悪い虫がー!! こ、これが噂のNTRというやつなのかーっ!!」
「あはははは!! うそうそ! 大丈夫だって! 私はまだ郁己一筋だよーっ」
今にものた打ち回りそうな郁己に、たまらず勇太は笑い出す。
どうやら郁己の気持ちを確認できて、ちょっとだけスッキリしたらしい。
郁己も、最悪の想像から脱してホッと一息。
通り過ぎる人たちからちょっと注目を浴びつつも、二人は気を取り直して意気揚々。
繁華街へ繰り出したのである。
「それで、今日の用事はなんなのさ?」
限りなくノースリーブに近い服装の勇太。
どこでゲットしたのか、可愛い日傘をさしてくるくる回すさまは、正に女子である。
誰が、この少女が三年前はちょっとオラついた男子だったと想像できるであろうか。
鮮やかな黄色のトップスに、涼しげな色合いのシャツを肩掛けにしている。勇太に言わせると、この肩に掛けているのがお洒落なんだとか。屋内での冷房避けとしても使用するシャツらしい。
そして、これ膝上何センチなんだろうという、太ももむき出しのスカート。
なんという自信であろうか。
己に対する飽くなき自負。
これが女子としての力を身につけた勇太だと言うのだろうか。
素晴らしい、素晴らしいじゃないか。
郁己はガッツポーズをした。
「いやいやいや!? いきなりどうしたの郁己! 道端でガッツポーズとか恥ずかしいから! 私、用事を聞いただけだよね?」
「ああ、そ、そうだった。危うく勇太の魅力に参ってしまうところだったぜ……!」
「いやん、魅力だなんて」
「グッフッフ」
二人でいちゃいちゃしている道端である。
通り過ぎたシングルらしき男性が、
「ケッ、バカップルめ!! しね、しね!」
とか言っていた。
「彼も素敵な出会いがあるといいなあ」
「本当だねえ」
呪詛の言葉などハッピーな空気に包まれたバカップルには通用しない。
「それで!」
「ああ、どこ行くかだったよね。ほら、あそこだよ。横島屋」
「横島屋!?」
勇太が目を丸くした。
それも無理は無い。
横島屋というと、ちょっと高級な百貨店である。
ビル内に出展しているテナントは、各ブランドの中でも高級感を打ち出したものが多く、セレブなおばさま方御用達というイメージがあった。
とても、高校生カップルが行くような場所ではない。
噂では、VIPルームがあって、最高レベルのお得意様はそこで、店員が持ってくる品物を品定めする形式でお買い物をするのだとか。
「ははは、ご冗談を」
「俺は本気だゾ」
ぎゅっと手を握られた。
そのまま、郁己に引っ張られていく勇太。
「うわわわ、い、一体なんだと言うんだー!?」
大混乱である。
ちなみに横島屋といっても、お金持ちばかりが集まるわけではない。それでは商売などやっていられないわけである。
上階にはおしゃれなレストランや有名店が出店しており、ちょっといいランチやディナーを摂る目的で立ち寄る人々も多い。
しょっちゅう物産展もやっており、日本の各地から取り寄せた名物を味わうことだって出来る。
「あ、駅弁フェアやってる!!」
早速面白そうなものを見つけた勇太が目を輝かせた。
「だめ! あと!」
「えーっ!? 駅弁フェアでもないなんて、一体私をどうするつもりなんだーっ!?」
「グフフフ」
「郁己、その笑い怖いよ!?」
かくして。
到着したのは……。
「ほ、宝石売り場!!」
「すみませーん」
郁己が店員を呼んだ。
なれぬ環境に、途端に静かになる勇太。
いつも元気で傍若無人なようだが、実は人見知りなところもある彼女である。
特に、場違いな環境に放り込まれるとおしとやかになる。ならざるを得ない。
「な、な、なにをしようというんだろう……」
物凄くドキドキしているようで、胸元に手を当てて郁己の影に隠れるようにしている。
「あの、実は指輪を作りたくて」
「はい」
にこやかな笑顔を浮かべた店員さんが案内してくれる。
それなりの立場の店員さんが登場し、相対して席に着く。
落ち着かない勇太。
「ご予算はいかほどで?」
お客が若いと見て、店員さんはストレートに聞いてきた。
ある程度のオプションなどを重ねても、支払い能力のある大人と違い、若いお客様は分かり易さで勝負なのである。
「実は、ゴニョゴニョ」
「なるほど、かしこまりました」
カタログが出てくる。
「勇、どれがいい?」
勇呼びになった。
こ、これは、まさか、ひょっとして……。
「え、う、うううう?」
混乱する頭のまま、好みの色、デザインを指定する勇太。
その指のサイズが測定される。
「完成をお楽しみにお越し下さいませ」
「はい、ありがとうございます」
郁己が預り証を受け取り、店を出る。
彼の腕に掴まって、ふらふらと外に出た勇太。
大変混乱しているようだったので、郁己は彼女を連れてレストラン街に行った。
とりあえず、混乱した状況にはスイーツを与えるに限る。
ちょっとお高いアイスクリームをぺろりと平らげた勇太は、ふう、と一息をついた。
「あのー。郁己さん?」
「はいはい」
「も、もしかして今日って……その」
「は、婚約指輪を作りに」
「えええええええ……」
途端に真っ赤になり、へなへな脱力する勇太。
「早く言ってよ……!」
「悪い。でも驚いたっしょ?」
「心臓がとまるかと思った……!! 本当、それしか感想が無いよ。でも、いいの? あんな高い……!」
「そのためのバイトだ」
「そ、そうだったのかあ……」
「そうだったのだ」
ちょっとの間、勇太が無言になる。
薬指の辺りをかざして、指でさする。
「ほんとにいいの?」
「くどい。ってか、俺は覚悟完了なのだ」
「おお、男らしい……!!」
ちょっと目が潤んでいる勇太である。
「もう、感激しちゃって……思わずキスとかしちゃいそう」
「いいんだぜ! 来いよ!」
「いいの!? 行くよ! 郁己ー!」
これを見ていたシングルらしい、見覚えのある男性。
「バカップルが! しね! しね!」
バカップルは滅びないのである。