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繰り出せ! 屋内プールの乱~競技編~

 おかしなことになってきた。

 プール脇に、ずらりと並ぶ一年生。

 コースには、二人の女子が立っている。

 共に見事なプロポーションをした、なかなかの美少女。

 片方は、見守る一弥の友人であり、気になる相手、板澤鈴音。

 もう一人は、一弥と同郷であり、彼が学ぶ武術の宗家令嬢である金城勇。先日までは勇太と言う名前の男だった。


「なんであの二人が競うことになったんだろう……」

「そりゃもちろん、あたしが泳げないからよ」


 隣にいる、ちんまりとした女子が肩をすくめる。

 鈴音の姉、小鞠である。


「泳げないんですか」

「バタ足くらいはできるわ。だけど沈むのよねえ」

「あっ、それ僕も分かります!」


 筋肉質な男子代表、淳平が加わってきた。


「脂肪が少ないと浮かないんですよねー」

「そうよねー。食べても食べても脂肪にならないから辛いわー」

「ぐぬぬ」

「うぎぎ」


 外和と来夏が歯軋りしている。

 多感な年頃の女子にとって、聞き逃せぬ発言だったようだ。


「でっ、でも、筋肉とかつけたらマッチョになってゴリゴリした体になって女の子っぽくないしぃ」

「ばっかねーあんた。筋肉が無かったら年取ったらだるだるになるだけよ? 最低限必要なのよ」


 反撃する来夏を一撃で切って捨てる小鞠。


「でっ、でも女の子は重いもの持たなくていいしっ」

「ばっかねーあんた! 子供産んだら抱かないといけないじゃない! 子供なんて重量物よ?」

「うぎぎ」

「この人、打てば響くように返してくるなあ……」


 とりあえず舌戦を挑まないことを誓う外和である。


「おおー。家庭的なんですね小鞠先輩」

「ふっふっふ、まあね」

「おっ、女の子には習い事とかで女子力を……」

「あたしの家、お茶の先生やってるから。子供の頃から習ってるわよ」

「女子力っ……!!」


 来夏が撃沈した。

 さて、こんな光景の横で、プールはと言うと……。


 わっと歓声が上がった。


「ば、ばかなー」


 遠く引き離された鈴音が悲鳴をあげる。

 共にスタイルは自由形。最速のクロールを選択している。

 同時に飛び込んだか、あるいは鈴音の方が着水は早かったはずなのに……既に一馬身……じゃなくて、体一つ分以上先に勇太がいる。

 速い。

 圧倒的に速い。

 その差は見る見る開いていく。


「あれだけのお肉を胸に二つもぶら下げて、なんという速度なのよ……!!」


 外和がおののいた。

 鈴音も一年生ではかなりスポーツが出来るほうなのだが、まさしく次元が違う。

 これが毎年体育祭で猛威を振るう、スポーツの申し子金城勇太である。

 ちなみに体質的には、すっかり女子化してしまっている彼女の肉体。性差からくる身体能力差は無い。単純に日々重ねている鍛錬の差である。


「おぎゃああ」


 必死に水を掻く鈴音だったが、健闘及ばず。

 勇太がさらに差をつけて、堂々のゴールである。


「ふっふっふー。鈴音ちゃん、なかなかいいもの持ってるじゃない。でもまだまだだね」

「うううっ、ガチの水泳部以外には負けたこと無かったのにいぃ……!」

「あんた、無駄に肉をつけてるからダメなのよ。肉を落としなさい肉を」

「えーっ!? お姉はお肉ついてないけど泳げないじゃん」

「なにぃ!!」

「きゃーっ!?」


 姉妹がもつれ合いながらプールの中で暴れている。係員が走ってきた。

 二人を余所に、次なる挑戦者が一年生の中から名乗りをあげた。


「自分、天利外和っす! 岩田先輩から金城先輩の武勇伝は聞いてました! 胸を貸してほしいっす!」


 体育会系的口調になる外和。

 彼女の目の前で、水泳キャップを外して裏返していた勇太は、ニヤリと笑った。


「なるほど、君が夏芽ちゃんの後輩ちゃんだね。ほほー、でっかいねー」

「恐縮っす!」


 一体どういう武勇伝を吹き込まれたのか、本当に恐縮している外和。

 だが闘争心はバッチリ燃え上がっているようだった。


「ぬふふー! うちの外和ちんは強いゾ! いかなゆー先パイと言えど……ぱい……パイ……ふむぅ、な、なるほどお」


 来夏の目が勇太の体の一点を見つめる。


「ま、マンガ体型……!!」


 おののく来夏。戦わずして負けたようである。

 かくして、二回戦目。

 一年組でもっともスポーツに特化した肉体を持つ外和との勝負である。

 長い手足から繰り出される泳法は、ひと掻きで大きく体を前進させる。

 これは体格差で外和有利と言うのが、一年女子の下馬評である。

 ちなみに男子は、


「ヒューッ! 見ろよあのおっぱい! まるで……」

「うむ……率直に言って揉みたい」

「悲しいほどに流線型の天利と、素晴らしいブラヴォー体型の金城先輩か……!」

「世界は残酷だな」


 なんて意見を述べていたので、横にいた女子たちにボコられた。

 女子たちにとっても、先輩のボディは反則なのである。だからこそ、あれが水の抵抗を受け、速度が出せない事に賭けるのだ。


「泳ぐ力が一緒なら、水の抵抗が少ないほうが強いもんね……!!」


 女子の一人が、ぐっと強く拳を握り締めた。


「悲しいなあ」


 そっと目頭を押さえる淳平。

 女子よ、この勝負のために女を捨てるのか。


「スタート!」


 鈴音の掛け声で、勇太と外和が飛び込んだ。

 ここは競泳用のプール。

 唯一飛込みが解禁されており、底も大変深い。


「あれ、水音が一つしかしなかった……?」

「いや、同時に飛び込んでるって」

「水しぶき小さい?」


 思いのほか静かなスタートに拍子抜けする一同。

 一人、一弥は呟いた。


「だってさ、玄帝流は玄武がモチーフだぜ? 水に弱くてどうすんのさ」


 浮上した外和が、強く水を掻きながら前進する。

 その横、勇太が浮かんでこない。

 水中を、何かが物凄い速度で進んでいく。


「あっ、あれは僕に突撃してきた時の……!」


 そう、無音で突撃し、そのままなんとなく淳平を水中から放り投げた時の泳法である。

 後に勇太は、「あの時は別に意味は無かったんだけど、なんとなく淳平くんを投げたんだよねー」と語っている。

 つまり理由は無い。

 そんな理不尽な泳法が外和を襲う!

 いや、襲うというか彼女を抜き去り、プールの中ほどまで突き進む。

 そこでようやく浮上する勇太。

 初めて泳ぎがクロールになった。

 さすがに水上では、外和よりも泳ぎは遅い。

 だが、序盤でつけた差が圧倒的だった。


「くっ、ど、どうしてあんなに息が続くのっ!?」


 焦る外和だが、スポーツに従事している者の勘から、既にこの勝負はついていることを理解していた。

 勇太が体一つ分の差をつけてゴール。


「ふふふ、まともな泳ぎでは私に勝てないよ!」

「まともじゃない泳ぎってなんですか……!?」


 だが、先輩である夏芽から聞いたとおりの破天荒な人物。

 金城勇太を知った外和は、知らず手を差し出していた。


「次は負けませんからね!」

「私はいつでも誰の挑戦でも受けるよ!」


 がっしりと握手。


「今誰とでも受けるって言ったよね!?」

「じゃあ次は俺が」

「僕が」

「拙者が」


 男たちがワーッと寄ってくる。


「男子ぃぃぃ」

「不潔不潔不潔ゥゥ」

「そこに直れェェ」


 男子の背後から女子が襲いかかった。

 男たちの甲高い悲鳴があがった。




「いい気晴らしになったよー」

「死ぬかと思ったわ」


 相反する感想を述べながらも、満足げな勇太と小鞠である。

 小鞠はあのあと、鈴音と揉みあいつつぶくぶく沈みかけたところを救出されたのである。


「まあ無事で良かったですよ」

「その節はありがとね。っていうかあんた、筋肉あるのによく浮くわね」

「コツがあるんです」

「ほほー。まさか筋肉の下に脂肪の鎧を……?」


 小鞠救出に一役買っていたらしい淳平である。

 肉体を誇示したら、小鞠がその腹筋をぺたぺた触った。


「うひゃははは!? く、くすぐったいですって」


「いやあ……やっぱ勇太さんは強いです」

「私は一弥とも勝負したかったんだけどなー」

「いやいや、俺なんかまだまだですって。絶対負けてましたから」


 謙遜する友人をチラッと見る淳平。

 肉体的強度は男子寄りの一弥、勝負をしたらかなりいいところまで行けただろうと淳平は睨んでいる。

 これは彼なりの気遣いだろうか? いや、天然だろうと判断。

 そして考える淳平の腹筋やわき腹を、小鞠がぺたぺた触る。


「おお、大胸筋じゃない! けしからんわねーこの肉体」

「あひゃひぃ!? まさぐらないでくださいぃ!!」

「あー、黒金のやつ、お姉に気に入られたわね……。あいつ先輩を立てるの上手そうだもんねー。お姉は自尊心をくすぐられると弱いのよねー」

「金城先輩、恐るべし……」

「小鞠先輩怖いっ」


 様々な思い出を残しつつ、屋内プールイベントも終了。

 一年教室では、男女間のヒエラルキーが決定的になり、新しい交友関係も生まれ……そろそろ七月なのである。


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