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繰り出せ! 屋内プールの乱~眼福編~

 男どもにとって、女子の水着とは特別なものである。


 小学校時代、彼女たちは自分たちとそう外見も変わらぬ、ちょっと口うるさいだけの存在だった。

 男たちは皆、同年代の女子というものを特別視などしていなかった。


 中学校時代、身体的な変化が男女の差を分け始める。

 思春期に突入した男たちにとって、女子がちょっと特別な存在になり始める。


 そして高校時代。


「女はまだかー!!」

「俺たちは女子の水着を見るために来ているんだぞ!! なのにプールにきたらおばちゃんばっかりじゃないか!!」


 ここはアスレチッククラブも運営している屋内プールである。

 奥まった大きなプールでは、妙齢()の奥様方がウォーキングやら、ちゃぷちゃぷとそのふくよかな体を水に遊ばせていた。よく浮く。

 一年男子たちは、まだまだ中学生から高校生へ上がって間もない。

 感覚的には若いわけで、よく熟した(そろそろアルコール発酵が起こるような)果実を愛でるほどレベルが高いものは少ない。

 ゆえに、彼らは同年代の女子たちが登場する瞬間を心待ちにしているのだ。


「俺はおばさまでもいいけどな……」


 ぼそりと呟いた男の周囲から、ザザッと波が引くように、男たちが離れていった。


「お、お前のレベルには追いつけないわ……!」

「まあ、僕らは基本的に若い女の子が好きだからね……」


 正直な事を言うのは黒金淳平。

 夜鳥一弥の幼馴染で相棒で好敵手である。

 彼はおっとりした顔立ちに似合わぬ、引き締まった体をしていた。


「なんだ、黒金いい体してるじゃん」

「うおっ、腹筋割れてる! 触らせろよ」

「いい二の腕してるなあ」


 ぺたぺた男どもが触ってくる。


「うわあ、よせよ気持ち悪い!?」

「いいだろう減るもんじゃないし」

「うへへ、女子がなかなか来ないなら、俺たちは黒金の筋肉を触ることで満足してもいいんだぜ……!」


 そんな事を口にした男子は、割と本気っぽかったからそっちの気があるのかもしれない。

 淳平がお尻の辺りを抑えて飛び退った。物凄い距離をひととびで跳んだ。

 彼は白帝流を学んでいる若き武道家でもある。この身体能力はさすがである。

 問題は、飛び下がったところにクッションがやってきたことである。


 ぼよんっと行った。


「ひゃーっ」

「うわーっ!」

「お、おい鈴音!?」


 淳平と、胸元に立派なクッションを持つ女子が一緒にプールに落ちた。


「プールに飛び込まないでくださーい」


 監視していたらしい係員から注意が飛ぶ。

 今のは不可抗力であろう。


 すぐにぷかりと女子が浮かんできた。板澤鈴音である。

 彼女はとある理由から、大変よく水に浮く。


「いやー、びっくりしたわ!」

「ごめんごめん。ちょっと僕の貞操がピンチでさ……」


 淳平が、鈴音をちょっとビート板がわりに使おうと肩口に掴まった。

 おお、素晴らしい浮力である。


「あっ、淳平このやろう!!」


 やってきていた一弥が吼えた。


「おおーっ!!」

「板澤もいいけど、夜鳥もいいな!!」

「腹筋えっろ!」

「結婚したい!」


 男たちも吼えた。

 一弥は身の危険を感じ、プールに飛び込んだ。


「プールに飛び込まないでくださーい」


 係員から注意が飛んだ。



 プール際では、男たちが鈴音と一弥に注目している。

 なるほど、同年代離れした豊かな肉付きをした鈴音は、彼らの若き情熱をくすぐるに充分であろう。

 そして、一弥は鍛えられた無駄な肉の無い体つき。これはこれでそそるものがあるようだ。元男子だけあって、彼は背が高く、手足も長い。モデル体型に近いわけである。


「なあ、黒金が板澤を浮き輪代わりに使っているじゃないか」

「うむ」

「では、俺たちも同じことをする権利があるのではないか」

「あっ、お前頭いいなあ」

「そうしようそうしよう」


 そういうことになった。

 男たちが目を爛々と光らせてプールにインしようと……。


「死ねえ!!」


 外和が叫びながら、男たち二人を背後から蹴落とした。


「ぐわーっ!!」

「ぐわわーっ!!」


 水しぶきがあがる。


「どえーいっ! 女の敵めえ!」


 来夏が助走からの体当たりを男どもに敢行。

 女を捨てたダイレクトアタックに、男たち諸共一塊になってプールに落下する。


「うぎゃーっ」

「ぎえーっ」


 大変な騒ぎである。

 その間にも、ぷかりぷかりと水面に浮かぶビート板少女板澤鈴音は、淳平と一弥をくっつけて対岸のプールサイドへとたどり着いていた。


「ふう」


 腰掛けて一息つく鈴音。


「すげえ……。なんで鈴音って、そんなに浮くんだ……!?」

「うるちゃーい! 女の子には色々仕方が無いお肉がついてんのよ!」

「いてえ!」


 一弥がぺちんと叩かれた。

 対して、淳平はまだプールの中。

 目の前の二人を見つめながらうんうんと頷いている。


「いいねいいね。来た甲斐があった」

「なっ、何見てるんだよ淳平!? 俺の裸なんて見慣れてるだろ!」

「えっ、あんたたちってそういう関係だったの!?」

「違う違う!! 男の時の話だってば!」

「そうだねえ。水着になった友人というのは、また別のよさがあるからねえ」


 淳平は悪びれずに一弥の水着姿を評する。


「一弥、女の子のままでいればいいんじゃない? 絶対もてるよ?」

「うるせーっ!」


 ちなみに、対岸ではプールの係員にこぞって叱られているクラスメイトたちである。

 女子も男子も勢ぞろい。

 誰も反省した風はない。

 きっと少ししたら、キャッキャウフフと遊び始める事であろう。

 クラス内合コンめいて、男子と女子の数が等数であるこのイベント。

 もしかしたら、カップルなんかが生まれるかもしれない。

 と、そこに、すいーっと流れてくるものがある。


「おっ」


 淳平がそれの存在に気づいた瞬間だ。

 女性らしいそれは、一瞬で水中に没した。


「えっ……ぐわーっ!?」


 淳平が空中に跳ね上がった。


「ふふふ、修行が足りないなあ」


 ぷかりと顔を出したのは、見知った人物である。

 一弥は目を丸くした。


「ゆ、ゆ、勇太さん!?」

「いかにも!」


 バサロ泳法で迫り、とりあえずノリで淳平を投げ飛ばした人物。

 それはここにいるはずのない、金城勇太であった。


「あたしもいるわよ」

「うえっ!? 小鞠姉!?」


 鈴音の顔も引きつった。

 一弥と鈴音にとって、頭の上がらない二人がなぜかここにいるのだ。


「どうしてここにっ」

「あんた一週間前からウッキウキだったじゃない。そりゃ様子を見に来たくもなるわ。けっして受験勉強の息抜きがてらじゃないわよ」


 勉強に飽きて現実逃避して、二人で逃げ出してきたのであろう。

 突然の上級生登場に、クラスの男子も女子も湧く。


「ただ遊ぶだけじゃ物足りなくない? どうせなら、私たちと勝負と行こうよ」


 突然、宣言する勇太。

 水から上がると、出るところが出て、引っ込むところが理想的に引っ込んだボディが眩しい。水着は胸を強調しつつも、しっかり形を整えるグリーンのビキニだ。

 横で可愛らしいワンピース水着に身を包んで、なぜだか分からないが自信満々に胸を張る小鞠はとても勇太と同い年には見えない。

 ともあれ、こんな降って湧いたイベントを見逃すような人間は、この場にいなかった。


「受けて立ちましょう!!」


 何故か天利外和がクラスを代表してこの勝負を受けて……一騒動始まるわけである。

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