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繰り出せ! 屋内プールの乱~前編~

 六月も下旬となると、随分蒸し暑くなってくる。

 五月の気配が漂っていた上旬は、雨の風情を楽しむ余裕があった。

 だが、この素晴らしい湿気と、じんわり汗が染み出す程度の暑さ。こいつはいただけない。

 何せ、湿度が高すぎて汗が蒸発しないのだ。

 学校に通う生徒たちは、イマイチ冷房の利きがよろしくない教室で、取りきれない湿気にじんわりと制服をぬらす事になる。


 それゆえの屋内プールであった。

 教室内で、溜まりに溜まった湿気とフラストレーションを、気になる異性と水着で遊ぶ事で発散しようと言う、実に健全な青少年の集まりがここにあった。


「ぬっふっふ、ついにやって来た!」


 鈴音が屋内プール入り口で仁王立ち。

 大変迷惑である。


「板澤さん、ちょっと横に、横にね」


 淳平に引っ張られて、鈴音が横にずらされていった。

 一弥はというと、それどころではない。そもそも鈴音が迷惑な動きをする事は日常茶飯事である。

 今は何よりも、これから身につけねばならない水着のことで頭がいっぱいなのだ。


「そして、夜鳥くんはどっちに入るのかな……?」


 メガネをかけたのっぽの女子が、ニヤニヤしながら一弥を肘で小突く。

 彼女はバレー部一年、天利外和(あまりとわ)

 胸の大きさで鈴音に対して嫉妬を抱く女子連の一人である。

 そう、彼女の胸は比較的平たい。栄養は身長に行った。世の中は無情である。岩田夏芽のような、縦に大きくてしかもボンキュッボンで筋肉質で引き締まっている、なんていうパーフェクトボデーは少ないのだ。


「って愚問だよねー。夜鳥は女子更衣室だよねー。ほらほら」

「うわわ、天利やめろおー!?」


 強引に一弥の腕を取って、女子更衣室へと引っ張っていく。


「よっしゃあ、あたしも加勢するわよう!」


 ちっちゃい女子がそこに加わった。一弥の背中を全力でぐいぐい押す。

 女子とは言え、二人分のパワーは馬鹿にはならない。


「うわああああ!!」


 一弥が悲鳴をあげながら女子更衣室に消えていった。


「いやー……。だって、男子更衣室で着替えるわけにはいかんもんなー」


 消えていった友人を見送りつつ、淳平が呟いた。


「いけない!! 私も早く更衣室に行って夜鳥をいじらなきゃ!!」


 妙な使命感を抱いて、鈴音がダッシュして行った。




 妙に明るい気配漂う女子更衣室。

 男子更衣室の、「そんなもん晒してるんじゃねえ! さっさと着ろ!」「なにぃ!? 俺のナニがそんなみっともないって言うのかよぉ!」的殺伐とした空気とは違う。いや、男子更衣室もそんな雰囲気ではないのかもしれないが。

 ともかく。

 夜鳥一弥にとって、ここは異世界である。

 体育の時間、女子たちに囲まれて着替える必要がある時、一弥はトイレに駆け込んで着替える荒業を使っていた。

 だが、今は逃げ場が無い。


「みゅふふふふ!!」


 力強く妙な笑い声を漏らすのは、背中を押してきたちっちゃい女子。跡田来夏(あとだらいか)と言う彼女は、全体的にこじんまりした印象の少女である。無論、プロポーションもこじんまりしている。鈴音が言うには、「来夏はお姉のあとを継げる逸材」とのこと。嬉しくないお墨付きだ。なんとなく、ねずみっぽい。


「もうとっとと諦めなよ、いっちゃん!!」


 一弥のことをなれなれしくあだ名で呼ぶ来夏である。


「あたしたちはいっちゃんの裸が見たいのさ!」


 正直すぎである。


「くっ、せ、セクハラだあっ」

「むははは! ここには女子しかいないのだよう!!」

「うんうん。私たちは何も、よこしまな気持ちで夜鳥を脱がせたいんじゃないんだよ。ただ面白半分に見たいだけなんだ」

「もっと悪いよ!?」


 一弥、赤くなったり青くなったりしながらもじもじである。

 買ってきた水着が、スポーティなビキニであるから、やはり人前で着るのが恥ずかしいらしい。


「むーん、仕方ないねえ。あたしたちが先に着替えるかあ」

「ん? 私はもう脱ぐわよ!」


 首を捻った来夏の横で、鈴音が宣言した。

 実に男らしい仕草で、ババーンと上着を脱ぐ! 下着を脱ぎ去る! 転がり出る豊かなふくらみ。


「ぐわーっ!?」

「ぎゃーっ!!」


 外和と来夏が悲鳴をあげて仰け反った。

 着替えの際に見慣れているものではあるが、下着を外した肉の暴力は、それとは比べ物にならない。


「あ、あ、上げ底ではない、だと……!?」

「すずやんの乳はばけものかあ……!!」

「う、うおーっ……!? す、すげえ」


 どさくさにまぎれて一弥もガン見しているわけだが、そんなことを気にする鈴音ではない。

 何せここには、同性しかいないのだ。

 タオルで隠したりなどもせず、さっさと素っ裸になると、そこからカバンをごそごそしだした。


「小学生か!?」

「もっと恥じらいを持てー!!」


 さすがに外和と来夏が突っ込む。

 さて、鈴音が取り出したるは、背中が大きく開いた競泳用にも似たワンピースタイプ。露出度は少ないものの、体に密着する布地が張りのあるボディラインをはっきりと見せてくる。


「くっ」

「や、やめるのよ外和ちん!! あれとあたしたちを比べてはいけない……!!」


 外和は胸元を寄せる効果があるビキニタイプ。来夏はトップスにフリルがついて、ボリュームを気にならなくさせる仕様のビキニ。

 着替えてみれば、女子の中でワンピースタイプは少数派ということになった。


「夜鳥も脱げー!」

「きゃーっ!!」


 女子たちに押さえつけられて剥かれ、一弥は甲高い悲鳴をあげた。


「おお……」

「これはこれで、外和ちんとは違った肉体美だよねえ……」

「良いものだ良いものだ」


 三人とも満足げ。

 周囲には彼女たち以外のクラスの女子もいるが、そんな彼女たちもしげしげと一弥のお着替えを見守る。

 結局、大変な羞恥プレイ的なお着替えをさせられた一弥はさめざめと泣いているような仕草をしていたが、水着はとても似合っていたことを追記しておこう。


「やばい、それって超いいじゃん」


 鈴音もご満悦だったらしい。


「ほらほら、行くよ、夜鳥!」

「おやおや、すずやん、随分他人行儀ですなあ」

「え、何がよ?」

「入学式からすずやん、いっちゃんに絡んだり、股間を鷲づかみにしたりとただならぬ関係じゃないのよ。特別な仲なのに苗字呼びはねえ。ねえ?」


 何がねえなのかは分からないが、来夏的にはそうらしい。

 鈴音はそれを聞いて考えて、


「確かにそうね」


 と納得したようだ。


「え!? それで納得するの? 分からんわ……」


 首をかしげる外和の前で、一弥の腕をがっしりと抱え込む鈴音。

 豊かなふくらみに、彼の腕が食い込んだ。


「う、うわわ!? なにやってるんだ鈴音!?」

「ほいほい。さっさと行くわよ、い、ち、や!」


 名前で呼ばれて、一瞬間をおいてから、一弥は真っ赤になった。

 脱力した彼を軽々と引きずりつつ、プールに向かって進撃する鈴音なのである。


「百合ですなあ……」

「あら、夜鳥は一応男だから、カップルじゃなくて?」

「戻れるかどうかはいっちゃん次第とか」

「戻れない方に丸々屋の最中アイス一か月分」

「勝負にでたねぇ。じゃあ、あたしは戻れる方で」


 かくして、イベントが幕を開けるのである。

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