さてさて水着のお買い物
「俺は一体何を着ればいいんですか……!?」
金城邸のテーブルで頭を抱えているのは、夜鳥一弥である。
彼女が向かい合っているのは、女の子化した元男子の先輩、金城勇太。
勇太は難しい顔をして、ふぅーむ、とそれっぽく唸って見せた。多分何も考えていない。
「……女の子の服を着ればいいんじゃない?」
「俺の話を聞いてましたか!? あのー! 俺、板澤にプールに誘われたんですよっ」
「あー、ソウダッタネー」
なんとなく棒読みっぽい勇太の返答に、がくっと一弥は脱力した。
六月も半ばを超えるあたり、一足早く、屋内プールがシーズンを迎えつつある。
一弥のクラスで、それぞれ仲のいい同志がこぞってプールに行こう、と発案したのである。
その実、クラス内での合コンみたいなものなのであろう。
発案者はお目当ての異性がいて、彼、ないしは彼女を誘い出す為に、クラスメイトたちをだしにしたと言うわけだ。
それに乗っかったのが鈴音で、巻き込まれたのが一弥。
最初はプール、いいじゃん! と思っていた一弥だったが、淳平に突っ込まれてはっと気づいた。
「俺、去年まで男だったから、水着は男用しか持ってないんですって。それに実家に置いてきました!」
「そうかー。それじゃあ、新しいのを買うしかないねえ」
「そうなんですよ。でも……ほら、女子の水着を買うとか、恥ずかしいし……」
「ほうほう」
勇太が目を細めた。
絶対によからぬことを考えているであろう顔だ。
「じゃあお姉さんが買い物に付き合ってあげようじゃない」
「勇太さん……なんか、完全に女の人が板について来てますよね……」
「一弥も受け入れなよ」
「ぜっ、絶対ヤです!」
ということで、この二人で水着などを見に行く事になったのである。
思い立ったが吉日と言う事で、その日の内に電車に乗り込む。
少し行った先にある百貨店が買い物の舞台だ。
「うおお……お、男同士でここに入るのはちょっと……!」
体にピッタリ密着して、ボディラインが出るパンプスなど履きながら、今更意気地のない発言をする一弥。上着はユニセックスなシャツであるあたり、最後の抵抗だろうか。
対して、勇太は振り切っている。半袖ながら、胸元を強調するようなデザインのワンピース姿である。
大変に可愛らしいのだが、彼女が彼だった頃を知っている一弥としては、とてもとても微妙な気持ちになってくる。
「大丈夫!! 私たちは明らかに、どこからどうみても女子でしょ! 完璧に、完全無欠に女子。なので大丈夫」
そこは、ずらりと流行の水着が並び始めた、女性用の水着売り場。
いや、隅っこで男性用の水着も扱っているのだが、とにかく女性用はバリエーションがとんでもない。やはり水着といえば、女性用が華なのだ。
ぐいぐいと、見かけによらぬパワーで引っ張られる一弥。
女性化してはいるが、日々のトレーニングを欠かさぬ勇太は、大変膂力もあるタイプである。
「う、う、うわあああ、ぬ、布所がこんなに!?
ひいい、マネキンがなんでこんなにエロい形してるんだよお!?
うおあああ!? し、試着室で試着してるうう!」
「一弥は純粋で面白いなあ」
ほっこりする勇太。
そんな風に賑やかにしていたら、店員と会話していた小柄な女子が気づいて振り返った。
「あ、勇じゃん。なに、あんたも水着買いに来たの?」
最近よく一緒になる、小鞠である。
高校三年になったというのに、彼女の可愛らしいプロポーションは大きな変化を見せていない。
いや、勇太的には、あのスレンダーな体型は称賛に値するのだが。なにせ、彼女は女子でありながら、食べても食べても太らない。
「ふーん、そっちの子は……もしかして、勇と一緒のタイプでしょ」
「あ、分かる?」
「分からいでか。反応が女子の反応じゃないもの」
勇太のカミングアウトから、一気にそういう系女子を見抜く眼力に優れてしまった小鞠である。
ちなみに彼女は、今年は赤いワンピースで行くらしい。
こういうファンシーな水着が小鞠にはよく似合うし、それは一種の才能でもある。
「うぐぐ、み、見破られたあ……」
一人ダメージを受ける一弥である。
かくして。
「よーし、それじゃあ女子初心者に、あたしたちが水着を選んであげないとね」
「そうそう。一弥、プロポーションいいからきっと何着ても似合うよー!」
「あら勇。こういうボーイッシュな子はあまり女子っぽいより、活動的なのがいいんだって。ほら、このビキニとか」
「おおー!!」
「ぎゃーっ!」
チューブトップタイプでブルーの水着を手にした小鞠。
勇太もノリノリになって、一弥に押し付ける。
素晴らしい露出度である。
対する一弥は真っ赤になって、
「いやいやいや、こ、これは無理ですって! こんなの、ほとんど裸じゃないですかっ」
「何言ってんのよ。男子の水着なんてパンツだけでしょ。おっぱい丸出しじゃない。だったらこっちの方ががまだまだお淑やかってもんだわ」
「えっ、そ、それはまあ、そうかもしれないけどさあ」
「ほらほら!」
結局、小鞠に丸め込まれて試着室に押し込められた。
いや、狭い試着室に勇太も小鞠も入ってくる。
「さあ、おねーさんが手伝ってあげよう!」
「あら、あんた胸はフツーなのね、好感持てるわー」
「うわー!? やめてー! 服を剥がないでー!? ぎゃー!!」
外で店員が心配になるくらいの騒ぎ方をしつつ無事にお着替え完了である。
「うーん、なかなか……」
「やっぱり似合うねえ。カラーはまだ色々あると思うけど、一弥にはビキニだね!」
「勇はその無駄にボリューミーなお肉がチューブトップと相性悪いもんね」
「うひゃ!? いきなり揉まないでよー!」
じゃれる二人を目の前に、一弥は鏡の前に立つ己の水着姿に衝撃を受けていた。
(や、やべえ……!! 新しい扉が開きそうだ!!)
危うく男に戻れないフラグが立ちそうな一弥である。
ちなみに買い物の帰り、立ち寄った喫茶店。
一弥は結局、最初に試着したチューブトップのビキニ。勇太は胸が大きい女性用の、ホールドがきっちりしたタイプのビキニ。
小鞠は彼女しか着ることが出来ないであろう、大変かわいらしいデザインの赤いワンピース水着である。
「あの、小鞠さん、さっき会計の時板澤様って、もしかして板澤の……?」
「あれ? もしかしてあんたが、鈴音の話してた子? ほおー」
しげしげと一弥を眺め回す小鞠である。
そして、視線が一点に注がれた。
「な、なんですか……!? 俺の腹のあたりに何かあるんですか!?」
「さっき見た時、確かについてなかったわね。鈴音はがっつり握って無いのを確認したって言ってたけど……」
「そ、その話を板澤がしたんですかあ!? うわああ!」
顔を覆って真っ赤になる一弥。
少なくとも彼は、ここにいる誰よりも乙女なハートを持っていることは確かだった。