模試終わりの死屍累々
そこは一応スイーツショップだったのだが、今や古強者どもが倒れ伏す古戦場跡の様相を呈していた。
即ち、模試明けの女子たちがぐったりとしていたのである。
「あー。あー」
うめき声をあげたのは利理だ。
半開きの目が死んでいる。
「もう、分かんなかったー。答えあわせすら分からなかったー……。半分くらいしか解けてない気がするー……」
「それは進歩してる」
めげない様子なのは洋子。
お冷をごくごく飲んでいる。
「あたしも模試を甘く見てたわ……。苦手教科がやばい。徹底的にやばい……!!」
頭を抱えているのが小鞠。
特別講習である程度の成果が上がってはいるものの、まだまだ参加してひと月目である。
苦手教科が苦手なままなのだ。
このままでは、大変攻撃的な点数を伴って結果が返ってくることだろう。
そして、我らが金城勇太も……。
「うあー、もうだめだあ、おしまいだあ」
まるでこの世の終わりのような顔をしてしおれている。
郁己直伝のスパルタ勉強法が効果をあげるのは、まだ先のことである。
高校受験からして夏ごろからスタートし、本番である一月までに仕上げていくスタイルだった。
つまり今回の模試は、彼女の基本スペックでうけなければならなかったのだ。
結果はご覧の通りである。
「大丈夫、まだ、模擬、だから。これで、不得意教科とか、わかって、良かったと思わなきゃ」
前向き発言の楓。
本日はこの五名で打ち上げに繰り出している。
三名が倒れているが、実は無事な顔をしている洋子だって、褒められた学力ではない。
ただ、あまり細かいことを気にしないだけなのだ。
それにこの五名の中なら、洋子はナンバー2の学力を持つ。楓一人がぶっちぎりでトップクラスなだけなのだが。
うー、とか、あー、とか呻く女子たち。
ある意味異様な光景でもある。
梅雨時だし、まだまだうだるほどの暑さはない。
そりゃあ、ムシムシする気候になってきてはいるけれど、まだ体力を削られるほどの不快感はない。
だから、このテーブルの光景は大変注目を集めるのだが……。
「お待ちどうさまでしたー!」
ウェイトレスのお姉さんがたっぷりのスウィーツをトレイに載せて現れると、少女たちは一瞬で復活した。
「ヒャッホウ、待ってましたあ!」
「あー、やっと来たわ至福の時がー!」
「お腹ぺこぺこ! はやく、はやく!」
キャラメルバニラワッフル、特製パンケーキ五枚重ね、ジャンボコーヒーゼリー、ベイクドチーズケーキ1/4ホール、ミントアイス。
最後の可愛らしいのは楓の注文。
他は皆、主食かね? というくらいのボリュームである。
「それでは皆さん、模試お疲れ様でしたー!」
勇太の音頭で、一同アイスティーで乾杯だ。
楓はストレート派、洋子はミルクティ、利理はレモンで、小鞠がアップルティー。勇太はティーフロートで、カロリーマシマシ。
ぐびっとやったら、さっきまでぐったりしていた三人娘が目を輝かせた。
「かーっ、このために生きてますわー!」
「ちょっと利理、おじさんっぽいわよ! いやー、でも今だけは気持ちが分かっちゃうわー。一仕事のあとのアップルティー美味しいわー!」
「(もぐもぐ)」
「勇、ちゃん、チーズケーキそんなにあるのに、アイスティーまで、アイス入りなの……?」
「うん。もうね、カロリーが足りないよね、絶対的に」
「太る?」
「大丈夫、どうせ道場で消費しちゃうから」
「勇の脂肪は胸とお尻に行くものねえ」
小鞠の無遠慮な視線が、友人の豊かなふくらみに注がれる。
勇太としては慣れたものだ。
「女としては立つ瀬がないわー。ま、あたしも脂肪がつきづらいしー」
「うっ……! あ、あとで夕飯減らすから大丈夫っ」
「あんたは運動なさいよ利理」
ぺちゃくちゃと会話が飛び交う。
甘味は心の潤滑油。
模擬試験でささくれた少女たちのハートが癒されていく。
ひとしきり喋り、食べ、飲み、満足した彼女たちの間に、一時沈黙が降りた。
無言の帳を破ったのは、小鞠である。
「さて……いつまでも甘い時間に浸ってはいられないわ」
彼女はとてもシリアスな顔をして言った。
テーブルに乗り出して肘を載せ、手を組み合わせている。陰謀なんかを考えていそうなポーズだ。
「小鞠ん、いよいよ……!」
「やる気なんだね……」
ニヤリと小鞠は笑った。
「そうよ。あたしたちが話し合うべきは……今年の夏の水着はどうするか」
かくん、と洋子が脱力した。
一見して無表情に見えるが、これはこれで付き合いがいいらしい。
「……受験勉強の話じゃなかったの?」
「ばかもーん!! あたしたちにいつまでも勉強のことを考えていろというのかー! そんなことしたら死んじゃうでしょうがー!!」
洋子の突っ込みに小鞠は力強く答える。
腕組みをした利理と勇太が、うんうん、と小鞠の言葉に同意して見せた。
「そう、なるよねえ」
楓はこうなる流れは分かっていたと言わんばかり。
いかに受験生と言えど、勉強ばかりでは息が詰まってしまう。時には息抜きも大事なのだ。
ちなみにこの三名、勉強三割、息抜き七割である。
「それ、でも、勉強が習慣づけば、遊んでもいいと思う、よ」
現実的な楓のお言葉。
ここで水着の話題に興じる彼女たちは、この後は、楓のお宅で模試の答え合わせをせねばならないのだ。
つまりこれは……現実逃避なのであった。