傘にすべきか、レインコートにすべきか
「うーん」
遥が首を捻っている。
休日の買い物に付き合うことになった龍。
以前は筆記用具やPC機器以外に淡白で、買い物の仕方がまるでIT趣味の男子であった遥。
実際彼女の中身はそれそのものなのだが、最近になって徐々に変化が起こっているようだ。
これもきっと、遥と仲がいい女子の友達、万梨阿のおかげであろう。
「レインコートのほうが効率的なんだけど……広い範囲で雨を防ぐなら傘だなあ」
前言撤回。
未だ、黒沼遥には女子力なるものがあまり存在していない。
「やっぱり原稿を守る為なのか? 大丈夫だぞ。雨が降ったらこの間みたいに俺が抱きかかえてだな」
「うん、それはすっごく嬉しいんだけどぉ」
先日のことを思い出したようで、遥がもじもじする。
うわっ、なんだよ超可愛い、と悶えたくなる龍。
傍から見るとなかなかの初々しいカップルなのだが、頭の中身はすっかりバカップルなのかもしれない。
「あのさ、実はタブレットを持っていこうと思って」
「お? スマホで代用できるじゃないか。どうして必要なんだ?」
「スマホだと容量も足りないし、何より画面が小さいでしょ? タブレットでさ、絵を描くの」
「へえ……」
黒沼遥は、女子高生にして現役漫画家である。
WEBマンガではあるものの、毎週更新の連載持ち。それなりに人気があって、ファンも多い。
そして創作で感じたストレスやフラストレーションは、絵を描くという創作行為で発散する絵描きの虫でもある。
彼女にとって、絵を描く際に使用するタブレットを、いかに雨から守るかは大切な問題なのだろう。
「そうだな」
龍は悶々と考えた。
可愛らしい柄の傘を手にして佇む遥。
うん、文句無く可愛い。だが、傘以外は普段の遥のままだ。遥は間違いなく可愛いが、せっかくこの季節にいつも通りというのでは勿体無い。
レインコート姿を想像すると、分厚いビニール生地に覆われて、もこもこっとした印象になった遥がよちよち歩くイメージが浮かぶ。
これだ。これしかあるまい。
「レインコートがいいんじゃないか? 両手が空くしな」
「そっか! そうだよね! カバンとかはコートの下に入れちゃえばいいし、大きめなら色々融通が利きそうだもんね。さっすが龍!」
下心からの提案だったが、遥大絶賛である。
己の心に恥じ入ることはない、と確信できる龍。
小さくガッツポーズを決めた。
結局、ブルーのやや大きめなレインコートを購入である。
その場で店員さんに手伝ってもらって着てみると、レインコートに着られている感満載で実に保護欲をそそる外見になっている。
「いいんじゃないか。すごく似合ってるよ」
「そお? それじゃあ、これにしちゃう! す、すみません、こ、これ……」
龍には元気に接しても、店員さん相手だともごもご喋る遥である。
人見知りが激しいところも、龍的には大変萌えるポイントだ。
これでも知らない人相手に多少は喋れるようになったのだ。龍が後ろに控えていると、割とガンガンいける。
お会計を済ませ、紙袋に折り畳んだレインコートを入れてもらう。
何故か龍が上機嫌になっていた。
「? なんか、龍嬉しそう。どうしたの?」
「いやな。雨もそう悪くねえなと思ってさ」
「??? 変な龍」
二人でちょっとお茶をして、他愛も無い話をして、さて、帰るかとなった時である。
ぱらりぱらりと、空から雨が降り始めた。
「あちゃ、来ちゃった。もうちょっと早く帰ったほうがよかったかなあ」
遥の顔が一瞬曇った。
「なあ遥。せっかくだから、買ったコートを今着ていこうぜ」
「えー? もったいなくない?」
「こういう時のために買ったんだろ? 必要な時に使ってこそのレインコートだよ」
「でも、龍は?」
「俺は雨でも大丈夫だから」
理屈になっていない。
だが、なんとなく龍に押し切られた遥。
店から出たところで、袋からごそごそとコートを取り出した。
タグなどはお店で取ってもらっているから、広げればすぐにでも着られるようになっている。
「よいしょ、よいしょ」
コートに上半身を突っ込んでもぞもぞ動いている。
ボタンを外して着てもいいのだが、それなりに余裕があるサイズなので、遥なら下から被るように着ることができてしまうのである。それに遥はそれなりにものぐさだ。ボタンを外す手間を惜しんだのだろう。
このもぞもぞする動作も可愛らしく、龍がにこにこと見つめている。
ようやく頭を出して、袖を通して、そしてフードを被る。
「ふう……こうやって着ると、結構暑いねえ、レインコート」
「その分だけ体やら荷物が濡れなくて済むってわけさ。ほら」
龍が手を差し出した。
「ん」
遥がその手を握る。
そして、ハッとして言った。
「レインコートのいいところ見つけちゃった」
「うん?」
「こうやって、手がフリーだからさ。いつでも手をつなげるね?」
「お、おう」
龍、ちょっと感動する。
遥の側でもこうやってメリットを感じてくれれば、今後もきっとコートを着てくれることだろう。
その都度、必ず手を繋ごうと、龍は誓った。
今年はやや空梅雨気味。
ただ、雨の日はもうちょっとだけ続くのである。