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雨足の迫る頃合

 遠くのほうで、ごろごろと雷が鳴る。

 空模様が怪しくなってきた。

 五月も、もう終わりに差し掛かる頃合。

 傘なんてもちろん備えていない、黒沼遥は足取りを早くする。

 てくてくと一生懸命歩く。

 すぐ横を、背の高い相方がマイペースで行く。

 足の長さが違うから、いや、それ以前に背丈だって随分違う。

 だからか、遥の急ぎ足が彼の普通の速度だった。

 すると、龍はいつも、僕に合わせてゆっくり歩いてくれているのだ、と気づく。


 ちらっと見上げると、目が合った。

 ずーっとこっちを見ていたらしい。


「お、どうした?」

「ん。なんでもないよ」


 なんだか僕、すごく心配されてるなあ、と苦笑する遥。

 事実、村越龍はちょっと過保護なくらい遥のことを気にしている。

 何もかも、中学の頃の騒動に起因しているんだろうと遥は思っているのだけれど、実際のところはちょっと違う。

 龍は遥に完全に惚れ込んでおり、しかし自制がために手出しをせず、その分の精力というか、ムラムラする気持ちを視線に込めていつも遥を見ているのだ。

 今この瞬間、誰か別の男が遥に手出しをしようとしたなら、龍は世界を敵に回してもその男に苛烈な制裁を加えることであろう。




 ……なんということだろう!

 龍は思っていた。

 この小さい相方が、ちょこまかと早足で歩いている。

 もう、それだけで胸が締め付けられる思いだ。

 ああ、くそ、と思う。

 もう、このまま押し倒して思いを遂げてしまいたい……!

 だが落ち着け、落ち着け村越龍。

 ここは昼日中の街中である。

 そして自分たちは制服である。

 きっとこれは大きな問題になってしまう。

 いかん、いかんぞ。

 世間体と言うものは案外大事だ。

 ここはぐっと堪え……。

 あ、ああ、遥の気持ちも大事だものな! 俺は紳士だからな!

 思考の中で理論武装を固め、龍は今日も己の獣性を押し殺す。



 ついにぽつぽつと降り出した。


「きゃあー」


 遥が悲鳴をあげて、カバンを頭の上に掲げ……ようとして躊躇した。

 中には彼女が学校で書いた、ラフ画が入っている。

 自分が濡れる事より、絵が濡れてしまうのを気にするタイプの人間なのだ。

 遥はきゅっと唇をヘの字にして、とりあえず雨宿りするところまで走ろうとした。


「任せろ!」

「ひゃっ」


 それを龍がお姫様抱っこした。

 人一人の体重を抱え上げながら、龍の足が大地を蹴る。

 加速した。

 早い早い。

 遥が今まで感じたこともない速度で、風景が後ろに流れていく。

 遥は遥で、早いわ高いわ、雨は降るわで少々混乱。

 カバンをぎゅっと抱きしめて、こわばった顔で大人しくしていた。


「よしっ、あそこだ!」


 龍が飛び込んだのは、駅近くのバーガーショップであった。

 あとちょっと走れば駅だったが、雨は思いのほか強くなってきている。

 これ以上濡れてしまうよりは、と店に飛び込んだのだった。


 小柄な少女をお姫様抱っこして現れた長身の少年は、実に目立つ。

 フロアにいたスタッフと、お客の目が彼らに注がれた。


「おっ、おろしてえー」

「お、おう」


 少し残念そうな顔をして、龍は遥を下ろした。

 遥は平衡感覚が狂ったか、ちょっとふらふらしている。

 振り返ると、アスファルトをぬらしていく雨を見て、溜め息をつく。


「あー、完全に降ってきちゃったねえ……。うわ、なんかどんどん強くなっていくよ。あわわ、どうしよう」


 遥は常にカバンに教科書とノートの他、執筆に使えそうな道具一式を持ち歩いている。

 そのため、同じ学年の女子たちと比べても、カバンの重量が凄い事になっている。ただでさえ重いカバンを持ち歩いている彼女は非力で、ほかのことに力を割く余裕など無い。

 つまり、傘などと言う余計な重量物を基本的に持ち歩かないのだ。

 ちなみに龍は折りたたみの傘を持ってきていた。

 咄嗟に遥を抱きかかえた瞬間に思い出したのだが、これはこれで役得と言う事で使わないことに決定したのだ。

 今更傘があるよ、なんてどの口が言えるだろうか。

 ということで、龍も傘はない、ということになった。


 店内にやってきたのに、何も注文しないと言うわけにはいかない。

 二人は大きめのフライドポテトをシェアする事に決めて、それぞれジュースを購入する。


 遥、堂々とシェイクのLサイズである。


「……でかいな」

「ふふふ、僕は頭脳労働だからね。甘いものはたくさんとらなくちゃいけないの」


 ずずずーっと、紙コップの中の大変甘くて冷たいシェイクを吸い上げる。

 遥はこの腹にドシンと来る、強烈な甘味を大変愛している。

 安っぽいコーヒーや、ハンバーガーも大好きだ。

 つまりジャンクな食べ物全般をこよなく愛するのが、彼女の好みだった。

 だが、幸せそうにジャンクフードを食べる遥の表情の、なんと愛らしいことか。

 あとは俺が、こいつが太らないように管理してやればよいのだと、龍は心に誓う。

 相方を甘やかす系のだめな彼氏である。

 甘いものと脂っこいものを食べつつ、二人で比喩的にも甘い時間をすごしていると……。


「おっ、二人とも雨宿りしてたの? もうほんと参るよねえ」


 びしょびしょに濡れた勇太がやってきた。

 手にしたボードの上には、これでもか! というくらいの量のハンバーガーが乗っている。

 全て100円前後のものである。

 あとは、特大のコーラ。

 ここにも、ジャンクを愛する者がいた。


「金城先輩、すげえ食いますね……」

「うん、私ってほら、肉体労働だから。これだけ食べても夕飯ちゃんと入っちゃうよ。おやつおやつ」


 三口ほどでハンバーガーを一個やっつけた勇太、唇の端のケチャップを拭いながら笑う。

 もう、当たり前のように遥の横に座って、龍と向き合ってるのである。


「ひゃー、僕だったら、三つ食べたらもうお腹いっぱいです」

「遥ちゃんは小食だもんね。でも甘いものは別腹?」

「……です」


 微笑みあう二人がなかなか絵になる。

 龍はあまり美味くもないアイスコーヒーを啜りながら、とりあえずの眼福を楽しむ事にした。

 やがて、雨は上がっていった。

 通り雨だったようだ。

 虹がかかっているかと思ったが、空はぼんやりとした曇天で、期待通りの光景は現れない。

 こんなハッキリとしない天候のまま、五月は終わり行くのである。

 とりあえず、遥には、折り畳み傘を持たせようと思案する龍なのだった。

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