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初夏近づく、特別講習の光景

「やー」

「よー」

「よっす」


 用意された長机。

 ここは特別講習の会場である、大講義室B。

 大講義室Aは、トップの特別講習で使用中である。

 ノーマル参加の、それなりの勤勉さで受験に挑む学生諸氏。彼らは仲良しなグループ同士で固まると、わいわいとおしゃべりを始める。

 勇太たちもまた例外ではなかった。

 勇太、小鞠、利理、洋子の四人で、ぎゅっと席をつめて長机を占領している。


「いやあ……なんかさ。学校の勉強よりもレベル高くない? 受験ってこういうことするの?」

「小鞠んはリサーチ不足だなあ。最近は大変なのよお」

「利理はそもそも受験そのものがチャレンジ状態じゃない」

「うっく……!」

「私さ、この間の講義の内容をノートに清書してきちゃった。ほら」


 勇太が見せたのは、郁己監修の清書ノート。

 自作のテキストとなりうる一冊である。


「おおー!」

「おー、勇って結構字がきれいだよねえ」

「わかりやすいー」


 三人から絶賛され、ちょっと勇太は得意げににやける。


「えへへ、そ、それほどでもないよ」

「坂下に教えてもらったんでしょ」


 不意に投げかけられた小鞠の鋭い指摘。直後に勇太が椅子から転げ落ちた。


「ちょちょ、ちょっと動揺するにしても分かり易過ぎるわよ!? っていうか大丈夫!?」


 さすがの小鞠も慌てて立ち上がり、勇太を助け起こす。


「な、な、なんで分かったのさ?」

「あんた、こういうちまちました作業に興味ありそうに見えないもの」

「小鞠んは野生の勘が鋭いからね!」

「うっさいわよ!? だーれが野生のお猿よ!」

「そこまで言ってないと思うなー」


 勇太の派手なアクションで注目を集めたものの、すぐに入室してきた教師が、教室の視線を集める。


「えー、では今回の講義は、一昨年度の〇〇大学の一次受験から……」


 毎度、過去問を分析し、対策を立てていく講義である。

 進みは比較的早いのだが、事前に要点を踏まえて講義が構成されているため、きちんとノートを取って復習すれば理解できるようになっている。

 ちなみに、携帯やスマホによる板書の撮影は禁止である。手を使って書き写す作業を経なければ、頭には入らないというのがこの教師の持論であった。


「ううっ、いまどき大学ではスマホで撮ってるっていうのに……」

「ひいい、書きすぎて手が痛いよう」

「やっべ、ボールペンで書き間違えた!」

「ばっかシャーペン持って来いよ……!」


 あちこちでうめき声があがる。

 元来、勉強に熱心ではないものの、なんとなく受験に向かっていく生徒たちが集まった教室だ。

 集中して勉学に励まねばならないこの環境に、まだ馴染めていないのだ。


「むうー、むうー」


 利理が唸りだした。

 多分頭を使いすぎてオーバーヒートを起こしたのだ。

 洋子が手際よく、用意してきていた冷感シートを彼女の額に貼る。

 そして自分の頭にも。


「使う?」

「ありがと」

「気が利くわねー」


 勇太と小鞠も額にぺたり。

 横並びの四人が、全員額に白いシートを張り付かせてノートをとる。

 スーッと頭が冷えると、なんだか頭の回転もよくなったような気がしてくるではないか。


「では、この問題は実際にみんなで解いて見ましょう。三分間」


 そうしたらいきなり問題がやってきた。

 制限時間まで実戦形式である。


「さ、三分は短すぎるっ」


 勇太が悲鳴を漏らす。


「本試験では一問につき二分弱というところです」


 教諭の無情な言葉に、教室のあちこちから恐怖に満ちた声があがった。

 大講義室を、三分間の沈黙が包み込む。

 カリカリというノートに書き刻む音だけが響き……いや、あまり響いていない。


「はい、終了」


 あちこちから、ぐえー、とか、うえわー、とか脱力とも絶望ともとれぬ思いを込めた声がもれ聞こえる。


「では答えあわせをしていきましょう」


 教諭の板書が始まり、生徒たちはこれを見て、またぐったりと倒れ伏す。

 正解者は極めて少なかったようだ。


「難しかったでしょう」


 うんうんと同意する空気が満ちる。


「一昨年の〇〇大学、最難問と言われた問題です」


「おいっ!!」


 一斉に突っ込みの声があがった。


「つまり、少々偏差値が高い大学では、このような問題が出る可能性があるということです。この問題の解法にのみ習熟しても意味がない。平らに、あらゆる科目での実力を引き上げねば対応はできません」


 教諭は窓を開けた。

 ウツウツとしていた講義室に爽やかな風が吹き込んでくる。

 みんな、ほっと一息である。


「大学全入時代と言われています。皆さんの実力なら、そこそこの大学ならば合格する事ができるでしょう。ですが……」


 ここで勇太、教諭の目がキュピーンと輝いたように見えた。

 後で聞いてみたら、小鞠や利里、洋子も同じだったらしい。


「それなり、で妥協した進路は、今後にも響いてきますよ。それなりではなく、今できる限りの精一杯で選び取る進路を皆さんに提示する事が、私の役目であると思っています」


「お、おお」


 どよめく講義室。

 この教諭、冷徹な口調に見合わぬ熱血漢であった。


「では、早速ですが宿題を出します。プリントを後ろまで回して下さい」


 回ってきた一枚を目にして、勇太、小鞠、利里、洋子はウッと呻いた。

 さきほどの制限時間三分間同様の、とんでもない難問が四問、書き連ねられている。

 一枚のプリントに、数学、古文、史学、英作文の四問である。

 カオス極まりない。


「昨年の正答率50%と言われた難問ぞろいです。是非、皆さんには正答率100%を目指していただきたい」


 むっふっふ、と教諭は笑った。

 熱血漢なんてとんでもない、こいつはとんでもない冷血漢だ、と一同は思った。

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