玄神の呪い(?)に挑め! その2
通されたのはウィークリーマンションなんて名ばかり。
なんとも大きな4LDKの建造物だったりするのだった。
「ウィークリー……? マン……ション……?」
「違う、俺の知ってるウィークリーじゃねえ」
「よくあります」
しれっと心葉は言いながら、扉を開ける。
どうやら、不動産業者が用意していた代替となる空き家だったようで、ここを仮の住まいにしているようだった。
「事故物件なんだがね。故あって実にリーズナブルな価格で暫くの間利用できるんだ」
「いやいやいや」
「事故物件なんですよね!?」
「ああ。住んだ当初は出たが、今は特に問題は無いよ」
「こええ! この人もしかして自力で祓った!?」
会うことが出来た、待望の金城尊教授はにこやかに言った。
なんてところに住んでいるのだ。
奥様であり、宗家の長女である律子さんがお茶を出してくれる。
一弥が恐縮し、淳平は鼻の下を伸ばした。
「おい……あの人って、勇さんのお母さんなんだよね? 異常に若くね……?」
「恐れ多い恐れ多い」
「何をぶつくさ言っているのですか。あなた達、父さんに状況の打破のアドバイスをもらいに来たのでしょう?」
「そうだった」
ハッと我に返る一弥。
立場的に上の人々ばかりなのでかしこまってしまった。
淳平は玄帝流の人間ではないので、その辺はゆるい。
「実は、俺、例の症状になっちゃってまして……! だけど、理由があって男に戻りたいんです!」
「ほう」
金城教授は顎を撫でた。
「そのっ、心葉さんから、教授がこの、女になっちまうっていうクソッタレな症状を調べてたって聞いて……! 俺、男に戻りたいんです!!」
「君は完全に女性になってしまったのかい?」
「あ、いえ、なんか進行が遅いとかで半分なんですけど」
「なるほど……、それはそれは」
金城教授、何やら知っている様子である。
彼の隣に律子さんが座った。
……おや? 教授の目が心葉を見ている。
心葉は、そっぽを向いて口笛を吹いた。素晴らしい口笛だ。見事なメロディである。
「心葉、ある意味、君の成果かな? あと一人当事者がいると思うが」
「青帝流の彼ですか? あー」
心葉が宙を仰いだ。
「青帝流? え、あれってお伽話じゃなかったんですか?」
反応したのは淳平だ。
彼はどうやら、四神を祀るこれらの武術を知っているようだった。
「おや、知っているのかい。君ももしや、どれかをやっているとか?」
「あ、はい。僕は白帝流です。まあエクササイズ程度なんですけど……」
「なるほどね。白帝流と言ったら、宗家の金髪のお嬢さんが来ていたよね? 面識は? ああ、ちなみに、青帝流は伝承だけの存在などではないよ。ただ、一子相伝の拳で、未だあの技を持っているのが初代のお人だから、めったに見かけられないというだけのことさ。あのお方も何を考えたか、とある姉弟に技を教えたようでね。青帝流の使い手の、その弟くんが君たちの役に立つだろうと。そういうことさ」
「ははあ、なるほどですー」
ちなみに淳平、レヒーナとの面識はあまりないようだ。
宗主のホセからは直々に習ったようなのだが。
「じゃあ、心葉、後は任せるよ。玄神殿は君たちにいじめられて弱ってるから、それなりにいうことを聞いてくれると思うよ」
「なんて人聞きの悪い。っていうか私がやるんですか?」
「私は私でやることが多くてね。後でお小遣いを弾むから」
「やりましょう」
そういうことになった。
心葉に従えられ、一弥と淳平は翌日、青帝流であるという男に会うことになった。
「一弥。その格好はどうかと思う」
「いや、思ったよりも体型が女みたいになってきててよ……」
三月下旬とはいえ、ちょっと暑そうなダウンベスト姿の一弥である。体型が分かる服装だと、女性っぽいプロポーションが見えてしまうのが気になるようだ。
一弥と淳平、二人とも身長は高校生男子としては高くない。
だが、一弥は女子だと考えれば、164cm位あるわけだから、背が高い方だ。こうしてベストをまとっていれば、線の細い男子に見えないこともない。
「では行きましょうか」
現れた心葉を見て二人は目を剥いた。
都立高校の女子制服である。
なぜ、なぜに制服!
まさか彼女は、私服なるものを持っていないのか。
「意外と防寒機能が高いのですよ、このブレザー」
機能性重視だった。
待ち合わせた駅で電車に乗り込むと、幾つかの駅を下り方向に。
「彼とは既に連絡をつけています」
「えっ、知り合いなんですか」
一弥の言葉に、心葉は頷いた。
「正確には、彼の恋人が私の友人みたいなものなのです。彼女は良い漫画を描く……」
「ははぁ」
どうやら色々と人間関係がつながっているらしい。
降りた駅で待っていたのは、件の彼氏と彼女であった。
「……いや、もう今さらな話なんだけど……。マジですか。男に戻れるって」
その背の高い男子はイケメンである。
村越龍という名前だった。
彼が、噂の青帝流の使い手か。我知らず、一弥は身構える。
「いやあ、やめとけ一弥。格が違うって。ここ、別世界だよ」
そんな二人をよそに、心葉と龍が会話する。
「言っていませんでしたか? 方法自体は存在するのです。ただ、女性化すると今までとは違った人間関係になるでしょう? 男に戻った時、元の体にはなっても、それまでに得てきた友人たちを失う危険があります」
「なるほど」
「そうかあ……。そ、それは、ちょっと悩みどころですよね」
黒縁メガネの、小柄でほっそりした女の子が神妙な顔で頷いた。
彼女が、黒沼遥。龍の彼女であり、もともと男の子だった少女である。
「むう……遥が男に戻ると……俺としては色々困るな……!」
何が困るというのだろうか。
一弥と淳平は、龍を見て、そして遥を見て、また龍を見た。
見るからに俺様系のワイルドなイケメンである龍と、明らかなインドア系で内向的な守ってあげたくなる少女の遥。
二人は、彼らの関係に、抑えても抑えきれぬ欲求を感じ取った。
男であれば誰しも宿しているであろう獣の欲求である。
「わかるわ」
「うんわかる」
よくよく見れば、やたらと遥の肩を抱いたり、不必要に至近距離にいさせたりしている。
龍はこの遥ちゃんが可愛くて可愛くて仕方ないのだ。
それが男に戻ってしまったらどうだろう。……いや、これはこれで愛を育むのかもしれない。
「上級者ですなあ」
「何がだ?」
淳平の言葉に、龍は怪訝そうな顔をした。
とりあえず一弥、この相方の襟を掴んで引っ張る。
「あほ! 分かんねえだろ! っていうか察されたら察されたで気まずいわ!」
そんな二人を見て、遥は何か思い至ったようで、顔を赤くした。
「お、男同士は不潔だと思う」
一弥と淳平、遥の察しに良さに感心。
つまり、事態はそういう危険をはらんでいるということだ。
ちょっと前から、金城教授は玄神がやらかしたこのいたずらに対しての方策を調べていたらしい。
切っ掛けは、一昨年、勇太と郁己が里に遊びに行った時。
久方ぶりに現れた玄神が、勇太にいたずらをやらかそうとした。そこを郁己がなんとか守ったようだが……。
男が女の子になった者が巫女になり、玄神の眼鏡に叶うという状況は、極めて稀らしい。
ここで、金城教授は玄神の動きを突き止めたようだった。
「ということで、玄帝流の里に行きましょう。男に戻る、戻らないは別としてです」
「戻られては困る……」
「ん?」
「な、なんでもない」
向けられた遥のつぶらな瞳に、ついごまかしてしまう龍だった。
「……俺の実家なんだけどな」
「そうだなー」
一弥と淳平からすると、故郷への帰還である。
そんな訳で、五人に増えた一行は、里へと向かうのだった。