えっ、勇太が二人?
道を歩いていたら。
「お久しぶりい」
「あっ倫子さんじゃない。お久しぶりー」
褐色の勇太が現れて、二人並んできゃっきゃし始めた。
同行していたのは心葉である。
彼女は混乱した。
「え?」
一瞬、我が目を疑い、目をこする。
二度見する。
「まさか二ヶ月で会えるとは思わなかったよー」
「下山くんに誘われてね? こっちでもまた営業する予定だったしー」
どうみてもそっくりな顔が二つある。
色の違いで見分けはつく。
見分けはつくのだが、これが赤外線での視界だとか、夜だったら見分けられる自信があまりない心葉。
「おかしい……。十七年一緒にいるはずなのに」
玉城倫子というその女性、実に勇太そっくりなのであった。
西表島在住の観光ガイドさんらしい。
勇太が修学旅行で知り合い、彼女のクラスメイトが誘ったために東京にやってきたのだ。
とりあえず、今夜泊まる所は決めてないと言うので、
「だったらうちに泊まりなよ!」
と勇太が強引に決めた。
家に向かって歩き始める時、極自然に二人で心葉をサンドしてきたので、慌てて彼女は一歩下がり、勇太の逆側に並んだ。
「? どうしたの心葉? なんか急にそっちに行っちゃって」
「いえ、なんとなく、挟まれてくるっと裏返りそうな気がしまして……同じ顔が三つ……いやいや、オセロじゃないんだから」
「へんな心葉」
「面白い子だねー。妹さん?」
「そうなんです。私たち双子で」
「へえー」
家の前で、ぼーっとしていた郁己と遭遇。
郁己は、よう、と手を上げて三人に挨拶した後、一瞬停止した。
そして直後に、
「あれ……? 昨日よく寝たはずだけど、なんか目がかすんで見える……」
「郁己さん、あなたは間違っていません。今日は勇太が二人いるんです……!」
心葉にフォローされてハッとした。
「あ、も、もしかして玉城さん!? ガイドの!」
「そうですよー」
「えー、私と倫子さん間違ったの? もー。彼氏なんだからちゃんと見分けてよー」
冗談めかして勇太が言うと、倫子さんがけらけら笑う。
そんな無茶を言われてもである。
そろそろ日が翳ってくる時間帯、勇太と倫子さんの見分けがつきづらくなる、まさに逢魔時である。
郁己はすっと目線を落とす。
ここが見分けるポイントである。
二人とも、大変豊かな胸元を誇っている。
だが、倫子さんよりも、僅かに勇太の方が胸が大きい。
よし、大きい! こっちが勇太だ。
「大丈夫、分かってるよ」
爽やかに微笑む郁己である。
心葉、ふっとクールな眼差しで彼を見る。
「やはり殿方は胸のふくらみに目が行きますか?」
「いいいい、いやだなあ心葉、おおおお俺はそんなスケベじゃないよ」
郁己、目が泳ぐ。
心葉はクッ、と悔しそうに唇を噛んだ。
「あら、本当にそっくり」
「世の中には三人は似た人がいるというからなあ」
全く動じない、金城尊氏と律子さんである。
勇太と心葉は、もしかして彼女は金城の血筋の遠縁ではないのかなんて思っていたのだが、尊さん自身も知らないらしい。
「玉城と言う苗字は、沖縄では比較的ポピュラーだからね。それはもう、たくさんの人がいる。僕の親類筋がそちらの方と一緒になっていても驚かないね」
恐らくは、何代か前のご先祖様が倫子さんのご先祖様と一緒になり、代が続いて、今過去の遺伝子が発現したのだろうと言う尊さんの説。
「まあ、僕にもよく分からないがね」
はっはっは、と笑いながら美味しそうにビールを飲む。
いかん、父親は今酒が入っている。冷静ではない。
心葉はじっと律子さんを見た。
「あら、胸もうちの子と同じくらい大きいのねー」
「肩こりしないように、筋トレしてるんですよー」
打ち解けている。
あるものをあるがまま受け止めて疑問を感じないスタイルだ。
ここには味方はいない。
なんということだ。こんなに似すぎていると言うのに、その理由が全く分からないとは。
心葉は天を仰いだ。
「私も考えるのをやめよう」
そういうことにした。
勇太と倫子さんが一緒にお風呂に入るという。
いや、ちょっと仲が良すぎだろう。
どうしてそんなに仲がいいのだ。
魂の双子とでもいうのか。
考えない事にしたとは言っても、心葉の脳内でこの異常事態に対する思考が渦巻く。
もちろん、リフォームしたお風呂は広くなったが、心葉は彼女たちとご一緒はしない。
喜んで格差を目の当たりにするような性癖ではないのだ。
そして、戻ってきた二人がおそろいのパジャマを着てるのを見て目を剥いた。
「やめてください! さらに見分けがつかなくなります!」
「え? だって肌の色とかちょっと違うし」
「造形が同じなんですよ!!」
「えー? 心葉は難しい事を言うなあ」
「おそろいはおそろいで楽しいと思うなあ」
「だよねー」
「ねー」
押し切られた。
「それでさ、倫子さん下山くんはどうなの?」
「どうっていうと? 可愛いよねー。なんか一生懸命って感じで」
「あー、あれかー。可愛い年下の男の子っていう?」
「そうそう。なんていうのー? ほら、ああいう風にいっぱいっぱいで頑張ってる姿、萌えるっていうかー」
「あ、わかるー!」
またきゃっきゃうふふと盛り上がり始めた。
なるほど、彼女は下山という男と親しいらしい。彼は勇太の同級生のはずだが、倫子さんにとっては別に恋愛対象ではないということなのだろう。
「それでね、明日はまた旅行会社に営業に行くのよー。ほら、個人でやってると、つながりを作ってくのが大事でしょう? マージンとかもね、各会社で違っててー」
「へえー……。南の島でゆっくりっていうわけには行かないんだねえ」
「そうそう、そうなのお。もう、本当はのんびり牛を引いて暮らしたいんだけどねー」
西表島の牛車のことだろうか。
「ただね、独立してやってるのって、大変だけどやりがいあるよー。全部自分の責任だけど、自分のやりたいようにできるのよー。ま、失敗したら目も当てられないんだけどねえ」
うふふ、と笑う倫子さん。
釣られて勇太もうふふ、と笑う。
まあ、この会話は勇太的には有意義なのかもしれない。
彼女は、勇太にとって貴重な経験を伝えてくれる人生の先輩なのかもしれない。
「あふ……。眠くなってきちゃったあ。時差かなあ」
「えーっ、西表島とこっちじゃ時差なんて無いでしょー」
「ばれたか」
眠くなってきた倫子さんと勇太、連れ立って寝室に消えていく。
客間を使うはずだったのが、急遽勇太の部屋で寝ることになったようだ。
間違いは起こるまい、と心葉は思うが、そもそも自分と同じ顔をした相手に劣情を抱くのかと考え、また心葉は思考の迷宮に落ちそうになった。
「だめ、知恵熱出そう。私も寝よう……」
その夜、心葉が見た夢は、勇太と倫子さんが混じって小麦色のどっちだか分からない人になるというものだったらしい。