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南から来た彼女

 久方ぶりの東京の匂い。

 草木のそれではなくて、人間と建物のにおいだ。

 西表島から石垣島、沖縄とやってきて、どんどん人間のにおいが強くなっていく。

 中でも東京は特別。

 この国で一番、人間のにおいが濃いところなのだ。

 両親が若い頃は、東京ってところはそりゃあもう臭かったらしい。

 排気ガスもあるし、地下鉄の篭った臭いや、なんとなくパッとしない、どんより青空。

 空気が汚くて、環境もよろしくない。

 そんなところが、今ではどうだろう。

 表向き、きっちりと再開発され、まさにそこはメトロポリス。


「うーん、東京まで来ると、はいさい(ごめんください)とは行かないよねえー」


 よく日に焼けた肌をした彼女。

 島と比べれば涼しいとさえ思える気候に、半そでから出た腕をさする。


「まだ長袖だったかなー。島にいると感覚狂うなー」


 ガラガラとキャリーバッグを引きずりながら、まったり歩く街の中。

 今回は仕事ではなく、純粋な観光目的でこの都市を訪れた。

 案内役を買って出た少年とは、そろそろ合流できるはずだけれども。


「ま、二、三時間は余裕見る感じかなー」


 彼女の時間間隔は南国時間であった。

 ゆったり時間が流れて、誰も彼もがちょっとおおらかだ。

 予定の時間から、数十分遅れるのは珍しくもない。

 最近では、本島はそれなりに都会じみて、時間にやや正確になってきたようだが。


「ようし、じゃあ寄り道しちゃおう。えーと、ハンバーガー食べようかなー」


 沖縄本島にはないチェーン店を見つけて、彼女は店内に入り込んだ。




「あれっ、金城先輩……じゃない」


 声をかけて、振り返った彼女が別人だと気づいたのは黒沼遥。

 よく日に焼けたその女性が首をかしげると、遥は真っ赤になってうつむいてしまう。

 基本的に人見知りするので、初対面の人間との会話は苦手なのだ。


「ご、ごめんなさい間違えました」


 もごもご言う。


「あれー? あたしに似てた、その先輩ー?」


 背丈も見た目もよく似ている。

 彼女の方が髪が短くて日に焼けている。


「あ、はい、まあ、その」

「珍しいこともあるよねえ。あたし、こないだ島に来たお客さんも、そっくりだったんだよねー。世の中自分に似ている人は三人はいるっていうけどー、この二月でそのうち二人に会っちゃった!」


 あははーと笑う彼女。


「は、はあ」


 女性の人懐こさに、ちょっとたじたじな遥。

 そこへ、花を摘みに言っていた同行者が戻ってきた。


「あれっ、遥どうしたの? おっ、金城先輩! ……じゃない」


 猪崎万梨阿だ。

 彼女も間違えた。


「に、似てるよねやっぱり」

「似てるわ。激似」

「え、本当? あたしそんなに女子高生みたいに見える? うれしー」


 照り焼きバーガーセットを買った彼女は、遥と万梨阿の席の隣に座る。

 聞いてもいないのにぺらぺら話し出したのだが、玉城倫子さんという彼女。

 どうやら既に大学を出ているらしい。

 普段は西表島で観光ガイドなんかをやっているのだが、城聖学園の学生さんなんかは、いいお客さんなのだとか。

 まだ高校生のころから、ガイドをやっていたと言う。

 それで、どうやらこの春に来た城聖学園の学生さんと仲良くなって、SNSでよく連絡を取り合うようになったらしい。

 その学生さん、倫子に東京見物を案内すると言うので、彼女は休みを取って上京してきたわけだ。


「しかしまあー。すごい人ごみだねえ」

「ゴールデンウィークだもんねー」


 割と人懐こい部類に入る万梨阿は、既に倫子と打ち解けている。

 遥はちょっと、こういうグイグイとプライベートスペースにやってくる人は苦手だ。

 よく言うと人懐こいが、悪く言うとあまり空気を読めない。

 まあ、遥自身別の方向で空気が読めないタイプではあるのだが。

 しかし……。

 まじまじ、倫子を見る。

 似ている。

 本当に似ている。

 遥の先輩である金城勇に。

 胸も大きいし。


「あ」


 万梨阿が声をあげたので、遥はビクッとした。

 思わず倫子の豊かな胸元を凝視していたのを気づかれたのだろうか?

 あれだろうか、ついつい目線が胸に惹きつけられてしまうのは、自分に残った男子としての(さが)なんだろうか。


「なんか外で泣きそうな顔で誰か探してる、見知った顔の先輩がいるんですけど」


 万梨阿が指差したのは店の外だった。


「あ、下山先輩だ」


 美術部の先輩で、女の子大好きな人だ。

 絵の批評なんかでいつもそれっぽい事をいうのだけど、大変言葉が薄っぺらで、後輩たちからは微妙な評価をされている先輩だ。

 一時期遥に粉を掛けてきたことがあって、それ以降、遥は彼がちょっと苦手だ。

 そんな彼が誰を探していると言うのだろう。

 いつもちょっと斜に構えたり、リア充諸氏に対するルサンチマンを燃やしている彼が、見たことも無いほど必死の形相である。


「あれー」


 倫子が首をかしげた。


「早いなあ。時間十分前に来るとは思わなかった」


 やっぱり東京は違うなーなんて言いながら、彼女は立ち上がった。

 なんと、下山先輩の待ち人はこの倫子であったらしい。

 外で、


「下山くんはやーい」

「うおおおお倫子さーん!! 俺は、俺はもう倫子さんが来てくれなかったんじゃないかなんて考えてしまって倫子さんを疑うようなことをーっ!! ああもうバカバカ俺のバカ!!」


 おお、一人でテンション上げて騒ぐ下山先輩と、横であっはっは、と笑い飛ばす倫子。

 大変注目を浴びているようであるが、二人とも気にしていない。

 あれは、どうなんだろう。


「あれはあれでお似合い……なのかなあ」

「どうかしらねー? 倫子さん、なんだか掴みどころが無い人だからねー」




 無事に合流成功。

 ふう、危ない危ない。

 彼女は胸をなでおろす。

 思わず島の感覚で行動してしまっていた。

 東京と言うところは、一分一秒で行動しているのだなあ。

 これはゆったりしていたら、置いていかれてしまうかもしれないぞ。

 まあ、そういう緊張感もたまにはありではないだろうか。

 アトラクションみたいでなんだか楽しい。


 にこにこしながら倫子は行く。

 下山が何やら、猛烈に下調べしてきたらしい知識を次々に披露して観光案内する。

 こういう頑張っている男子は、大変可愛くてよろしいと倫子は思うのだ。

 しかし、東京と言うところは人が大変多くて広い……と思っていたのだが、案外そうではないみたいだ。

 下山くんの友達の、あの自分によく似ていた彼女。

 その友人と言うか後輩といきなり遭遇してしまったではないか。

 倫子は勇のことを思い出す。

 せっかくだから、また彼女に会って行ってもいいのかもしれない。


 そして、下山の熱烈な説明は、彼女の右耳から入って左耳から抜けていくのであった。

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