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勉強GWでも灰色じゃない

「ほう」

「ほほー」

「ははー」


 顔を寄せ合って参考書コーナーを眺めている、勇太、小鞠、利理。

 呆れた顔でそれを眺めるのは、和田部教諭の妹さん、和田部晴乃である。少し度の上がったメガネを押し上げながら、溜め息をつく。


「そんな風に眺めて立って、いい参考書は分からないわよ。ほらほら、手にとって開く!」

「だ、だけどー。なんか、気後れしてー」


 うじうじしている利理の背中を、晴乃は無情にもぐいぐいと参考書コーナーへ押し込む。


「ええい、逃げてばかりで人生立ち行くと思うなよ。はい、利理は参考書ビギナーだからこれがいいと思うわ。一、二年生の復習参考書。今まで習ったところだけど、絶対抜けてると思うもの」

「忘れてる自信はあるねえ!」

「そういうところばっかり断言して! はい、あと、これとこれとこれと……」

「ひいい、一教科だけじゃないのおおお!?」

「当たり前でしょ!? 期末テスト、何枚が赤点寸前だったか覚えてるの!?」

「さ、三教科です」

「じゃあ五教科全部勉強しようねえ」

「鬼ぃぃ」


 利理の嘆きを背後に、とりあえず強化するのは古文、数学、英語の三教科という勇太と小鞠。


「つくづく、普段多少は家庭学習やってて良かったと思うわ……」

「うん、晴乃ちゃんスパルタだね」


 友人を見る目が変わりそうな二人である。

 やがて、必要なものを購入し、どっしり重い袋をぶら下げた三人の少女は、先導する晴乃に続いてカフェのチェーン店に入った。


「あのね、こんなの、みんなが普段やってる得意なことと一緒なのよ」


 アイスクリーム・ウィンナーコーヒーをもりもりやりつつ、晴乃は力説した。


「利理はお料理ができるでしょ。お菓子なんかバリエーションもすごいし、ちょっとしたお店を出せるレベルじゃない」

「や、あれは好きでやってるし……」

「小鞠はさ、細かい立ち居振る舞いがきれいでしょ。無意識になると所作のきれいさが出てくる。骨の髄までお茶を習ってるのが染み付いてるのよ」

「あれは生活の一部だし」

「金城さんはさ、まあ、なんていうか運動神経すごいよね」

「えっ、私だけなんか扱い違わない!?」


 ちょっと愕然とする勇太である。


「冗談よ。学園祭の演劇見たよ。あれの脚本書いたんでしょ? なかなかできることじゃないよ」

「それは好きでやってるので!」

「そう! それ、それよ!!」


 びしっ、びしっ、びししっと、勇太、小鞠、利理の順に指差す晴乃。


「当たり前だと思ってみんなはやってるけど、それって身につくレベルになるまで、生半可じゃない努力をしてるのよ。みんな、ちゃんと何かの分野に対して打ち込んでるの。それでモノになっているの」

「おおーー」


 三人がどよめく。

 なんだか、以前よりも晴乃が自信を込めて話すようになっている。

 一年間離れれば人は変わるものだ。

 そしてこのポジティブな変化。

 これはもしや。


「やっぱり境山くんか」

「男の影ね」

「どこまでいったの?」

「その話はっ!! いいからっ!!」


 全力でごまかされた。


「そういえば……今日はゴールデンウィークなのに晴乃ちゃん一人だね」

「しっ、触れちゃダメよ」

「上手く行ってないのかしらね」

「ええい」


 晴乃が立ち上がって物凄い顔をしたので、三人はスッと静かになった。


「境山くんとはっ、いいお付き合いをさせてもらってますっ」


 ここでお付き合い宣言が出た。

 うおお、とどよめく女子たち。


「だけど、あなたたちがノーマル受けるって聞いて、ちょっとでも手助けしようと思ったのよ! でもそんな風に茶化すなら私は帰るわよ!」

「ごめんごめーん!」

「あたしたちが悪かったわー!」

「晴乃が帰ったらあたしたちはだめになるよーう」


 慌てて三人で帰りかけた晴乃を引き止めた。

 今回の集まり、そもそも家庭学習をあまりしない、三人のための設けられた場である。

 講師を買って出た晴乃。

 彼女は気を取り直し、持ってきていた大きなカバンから、三冊のノートとプリントの束を取り出した。


「これがね、勉強の計画表。このプリントでざっと一週間でここまで進行っていう目安を書いてあるよ。もちろん、みんなの学力に合わせてる。あと、このノートは復習用ね。参考書書き込んじゃうと二回目読み返したら答え書いてあることになっちゃうから」

「面倒見いいなあ……」


 勇太の記憶では、和田部晴乃はそこまで気が回る少女ではない。

 どちらかというと鈍感で気が回らないイメージがあった。

 だが、今目の前でテキパキと、三人の勉強計画を口にする彼女はどうだ。

 別人のようになっている。

 やはり、やはり男の存在が彼女を変えたのだと、勇太は確信する。


「それに、みんな私が一人だって言うけど、一人じゃないもん」

「え、だって、晴乃だけじゃないの?」

「境山くんがさっきからいるでしょ」

「は!?」

「えっ!?」

「ほえっ!?」


 晴乃に指し示された方角。

 よく見ると、ぼんやりと、さっきまで空き席だと思っていたカウンターに座っている男性の姿が見えてくる。

 おお、確かにあそこにいるのは、無口な少年、境山健太郎である。

 勇太にすらその気配を悟らせない完璧なステルス。

 彼も一年間で、また腕を上げたようだった。

 いや、あれは意識してやっていないのかもしれない。


「ということで、渡すものを渡して、みんなに道を指し示したところで」


 晴乃は明るい表情をしてカバンを手に立ち上がった。


「私はこれからデートです」

「うわあ」

「リア充めえ」

「爆発せよー」


 一部から怨嗟の声をなげかけられながら、晴乃は境山と手を繋いで出て行ってしまった。

 もしかして、あの二人が一番、勇太の周りではアツアツになっているのかもしれない。


「いやー、見せ付けられてしまいましたなー」


 利理がしみじみと言う。

 しっかり受験勉強し、ついでに青春も謳歌している。

 一年の頃のちょっと冴えない彼女とは全く別人だ。


「あんにゃろめえ……抜け駆けしやがってえ」


 ギギギ、と歯軋りしそうな勢いの小鞠。

 だがまあ、友人の恋の成就はそれなりに祝福する気があるようで、口調には真剣さが無い。


「じゃ、じゃあ私もデートに」

「勇は残んなさい!」

「勇は行っちゃダメだねー」

「ええ……」


 便乗して逃げようとした勇太が捕獲された。


「これから図書館で勉強よ。この店勉強禁止なんだから。出禁にされたら堪ったもんじゃないわ」

「デ、デート……」

「坂下に今日用事がある事はとっくに調べがついてるのよ!」

「何で知ってるわけ!?」

「おっ、小鞠んと勇の疑惑の関係が……」


 かくして図書館に向かう三人娘。

 ゴールデンウィークの勉強とは言え、まあそれなりに楽しげではある。

 だが、図書館は私語厳禁。彼女たちがどれだけ口をつぐんでいられるのか、それは神のみぞ知る、である。

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