受験に焦るのはちょっと遅い?
クラスの雰囲気が変わっている。
勇太はそんな事を感じていた。
先日までの、勇太の過去がばらされる怪文書騒動のせいではない。
思えば、昨年度の年末くらいからこんな空気が漂ってきていたように感じる。
年末年始のイベント尽くしと、修学旅行、そして今回の騒動で気づかなかっただけだ。
これは……受験生の空気である。
「いやあ、金城さんは焦ってないからわからないんじゃない?」
一緒に食堂で向かい合うのは、特別進学クラスに進んでいる友人、丸山英美里。
いわゆるがり勉タイプの少女で、入学時に浪人しているので勇太より一歳上。学内で開かれる特別講習などは余さず参加しており、さらには帰宅後も塾に通っているという。
「高校って確かに楽しい事もたくさんあるかもしれないけれど、まだまだ、私たちの通過点でしかないって分かってる人も多いの。勉強って大事よ」
「そうなのかあ……」
「坂下くんだって、月頭の特別講習からずっと参加してるわよ。彼も危機感を持ってるんだと思う」
「あー、そうだよねえ……」
勇太たちも、高校三年生なのだ。
一年、二年の頃は英美里がバリバリと勉強に立ち向かっていることに違和感があった。
内心では、一つ年上の彼女だから、焦りがあるんだろうか、なんて考えていたのだ。今になってそんな自分を恥じるばかりだ。
英美里は自分たちよりも、もっと先を目的地に見据えていたのだ。
だからか、今の彼女はちょっと余裕があるように見える。
勉強している事が日常になっていて、その延長線上に大学受験があるのだ。
「でも、金城さんはあんまり焦ってないよね」
うどんなど食べながら英美里。
炭水化物は脳にいいのだそうだ。上にはサクサクの掻き揚げが載っており、これをふやかして、几帳面に箸で割っている。
「もしかして大学進学しないとか?」
「んー、文系のところで考えてはいるんだけど……短大とかー」
「ふむふむ。一応、まだまだ学歴社会だし、四年制大学行ったほうがちょっと就職には便利よ」
「永久就職するんで……」
「ぶほっ!? ごほっ、ごほっ」
勇太の返答に、英美里は強烈に噴き出してむせた。
慌てて彼女の背中をさすると、英美里はしばらく咳き込んだ後で、涙目でしかし半笑い。
「ざっ……斬新な回答だわー……。でも、そっか、そうよねえ。そういう選択肢も無い事はないわね。でも就職したてはお給料とか心配じゃない? 二馬力が今のトレンドよ」
「ほえー、英美里ちゃん色々知ってるなあ……」
「伊達に年を食ってないもの」
自虐ネタであろうか。
一瞬、突っ込んでいいものかどうか勇太は迷った。
英美里も微妙な空気になったのに気づいたらしい。咳払いし、話題を変えた。
「でも金城さんも、講習は受けておいて損は無いと思うよ。放課後、教室を二つ使って偏差値別にやってくれるからさ」
「なるほどー」
特進クラスや、各クラスの成績優秀者たちはちょっといい大学を狙うコース、通称トップ。
その他は、ふつうに大学を狙うコース、通称ノーマル。
郁己は当然トップにいるが、まあ自分ならノーマルだろうと思う勇太。
「そんじゃあ、行ってみようかなあ……」
「そうね。ノーマルだって、推薦入学できる人もいるし。この夏までが最初の勝負よ」
「推薦……!」
遠い世界の出来事のようだ。
こんなに学校らしい話をするなんて。
今までいかに、勇太が面白おかしく学園での生活をしてきたのかを物語っていると言えよう。
「内部進学枠もそれなりにあるよ。トップの人たちはもっと上を狙うけれど、城聖学園大学ならばノーマルの人だって全然射程圏内だって」
ちょっといやみっぽく聞こえてはしまうのだが、トップにいる人々というのは、みんな一年生の頃からコツコツと勉強を積み重ねてきた人たちばかり。
モノが違うので、彼女の言葉には頷かざるを得ない。
「ね、一緒に頑張ろう、金城さん」
「うん、頑張ろう!」
「それと……今年も、夏は金城さんの実家の方に遊びに行ってもいい?」
「へ!? 英美里ちゃん、大丈夫なの!?」
「息抜きは大事よ。これも心の栄養なの」
いたずらっぽく彼女が笑うので、勇太もつられて笑ってしまった。
英美里と別れて食堂を出ると、教室近くで見覚えのある女子たちがたむろしている。
「おっ、あれはチーム小鞠」
勇太は勝手に名づけたチーム名を呟いた。
三年三組の突撃豆タンク娘、板澤小鞠と彼女の友人でウェーブヘアのいまどき女子高生にして洋菓子店の娘、実はとっても家庭的な竹松利理。あとは掴みどころが無い、ぼーっとした張井洋子の三人。
いつもつるんでいるメンバーである。
「あれ、勇じゃない。食堂行ってたの?」
「うん、そう。いやー、英美里ちゃんと会ってさ」
「丸山さん? 特進クラス行ってるんでしょ。どうだった? がり勉でメガネかけてた?」
利理がひどい偏見を口にする。
まあ、成績が下から数えたほうが早い利理は、勉強とか全般的に苦手なんである。
勉強イメージなどは、いまだに瓶底メガネなのかもしれない。
だが、そこに意外にも、ツッコミを入れるものが。
「最近の勉強できる人はおしゃれだよー。余裕があるみたい」
洋子である。
「利理の彼氏さんも勉強できたんでしょー?」
「ばっ、かか、彼氏じゃないし!! それに大迫さんフランス行ってるし!!」
「語るに落ちたわね利理。誰も大迫さんの事なんて言ってないわよ」
「ぐうう」
「えっ、利理ちゃん付き合ってたの!?」
「遠距離恋愛よねー」
「や、やめてえええええ」
自慢のウェーブヘアを両手でかきむしり、しゃがみこんでしまった。
「さて、利理いじりはともかく」
くるりと勇太に向き直る小鞠。
「やっぱ、あたしらも本格的にやらないと、そろそろやばいよねえ……。勉強とかあんまりせずに二年間暮らしてきたし」
「うんー」
「そそ。英美里ちゃんとはそういう話してきたの。特別講習受けない? って」
「むー。特別講習か……。学内で済むから、塾に行くよりはいいかなあ」
「小鞠ちゃんたちも一緒にやらない?」
勇太の友人たち、夏芽はスポーツ推薦だし、楓はトップのクラス。理恵子は専属の家庭教師がおり、麻耶も家庭教師を派遣してもらうことにしているらしい。栄はよく分からない。
ということで、特別講習を受けるのは自分ひとりになりそうだったところだ。
ここで小鞠たちと出会ったのも何かの縁と、勇太は彼女たちを誘った。
「そうね。なんつーか、あたしたちもヤバイと思ってたところだもの。いいわよ、一緒にやろう」
「やろうー」
「えっ、あたしもやんの!?」
「利理、あんたが一番成績あれなんだから強制に決まってるじゃん」
「い、いや、あたしはほら、父さんのコネとかきっとあるから……」
勉強が嫌いな利理がちょっと言い逃れしようとしたので、勇太はちょっと意地悪な笑みを浮かべた。
「あ、利理ちゃんは永久就職するんだもんね?」
「!? ええええ、永久就職!?」
効果はてきめん。
利理は真っ赤になって口をパクパクさせた後、
「ささ、参加するわよ! あたしもすればいいんでしょ!」
ということになった。
さて、受験シーズン本番。今年一年が正念場だ。