一年生と二年生と三年生と
ここは、黒沼邸。
WEBマンガ作家たる、HARUKA先生の仕事場であり、遥の私室でもある。
傍から見ると全く用途が分からない、何やら液晶がついたタブレットやら、三面ディスプレイやら、今も水が循環し続けるガラスケースに包まれたパソコンの本体がある。
その横にはベッドがあり、カーペットの上にはテーブル。
そして壁に立てかけてあるのは、何の間違いなのか腹筋を鍛える通販のアレとか、大胸筋や背筋を鍛える通販のアレだ。
さらに別の壁面はびっしりと本棚に覆われ、様々なちょっと通好みのマンガやら小説で埋め尽くされている。
「魔境だ」
夜鳥一弥は顔を引きつらせて呟いた。
「うっわ、この画面、マジでHARUKAなんだ……!」
一弥の横で、場違いな声が響く。
それはちょっとはしゃいだ女子の声。
一夜に向けて四人の視線が降り注ぐ。
……なんでつれてきてるの?
「すんません、マジすんません……! 振り切れなくて……!」
「え、なに夜鳥謝ってんの? なんかやらかしたの? あーあ、夜鳥ったらドジなんだー」
「原因はお前だよ!?」
「えっ、私!?」
一弥と漫才まがいのやり取りをしているのは、ポニーテールの女の子。
女子としては背が高めの一弥と並んでも、そう見劣りしない。
女子バレー部に入部を考え中という彼女は……板澤鈴音。
駅前で一弥を発見し、この間股間を鷲づかみしたことを謝りながら、ちゃっかり後についてきたのである。
この場にいるのは合計六人。
家主というか、部屋の主である新進気鋭のWebマンガ作家、HARUKAこと黒沼遥。そして遥の彼氏たる村越龍。
今回報告会を開く事を提案した、元祖元男の子娘、金城勇太。おまけの坂下郁己。
本来なら、黒金淳平が同行するはずだったのだが……鈴音がついてくるのを見て、「後はごゆっくり……」とか抜かしながらフェードアウトしたのだ。
あのやろう、今度会ったら〆る、と心に誓う一弥。
つまり、この場で明らかに招かれざる客なのが、鈴音なのだ。
いや、彼女の姉は今回の件を解決に導いた功労者なのだが。
報告会。
これは、玄帝の里にて性別が変わってしまった一同が、今回起こった、勇太の過去がばらされてしまった件の顛末を知るための集まりである。
「一弥……色々さ、ざっくばらんに話すとか、できなくなるでしょ……」
「は、すんません」
勇太に向かってひたすら恐縮する一弥。
外見はこの場の女子で一番長身なのだが、立場は一番弱かった。
「僕も、その、いきなり来られちゃうのは困ったりするかな……」
「はい、すんませんすんません」
遥に向かってひたすらペコペコ頭を下げる一弥。
この雰囲気から、とてもサインをもらえるような状況ではないと鈴音も察したのであろう。
カバンから取り出していた手帳をそっと引っ込めた。
「なんか私……お呼びじゃない……?」
「ようやく気づいたか!」
黒沼邸の奥深くまで侵入して、ようやく理解した鈴音。
「まあ、お気になさらず! 続けて続けて!」
いや、理解していない。
「おーまーえーなー!?」
一弥、淳平と一緒の時のノリで突っ込みを入れた。
小突こうとした手の甲が、柔らかいものの上で弾む。
「いやん♪」
「!?」
「なかなかの感触っしょー? でもこれ以上大きくなると、可愛いデザインのブラが少なくなっていくんだよねー」
「はわわわわわわ」
「あ、一弥がラッキースケベをやって壊れた」
突っ込んだ手の甲が見事に、鈴音の豊かな胸元を直撃してしまったのである。
途端に真っ赤になってうろたえ始める一弥。
郁己と龍は、大変羨ましそうな顔をした。勇太と遥は、一弥の気持ちが分かるのでうんうんと頷いている。誰もが通過した、煩悩多き少年時代である。
正直、この場で多感な少年の頃を過ごしていないのは鈴音くらいのものだ。
彼女だけが正真正銘の女性なのだ。
「んもー、夜鳥ったら今は女なんだから、全然いいのにー」
一弥の弱点発見! と目を輝かせた鈴音が、わざとらしく一弥の腕を取ってぎゅっと抱き寄せたりする。
「おおおわああああ!? や、や、やめえっ!?」
「……ん?」
気づいたのは郁己である。
鈴音の言葉の端に、分かってる奴の気配を感じる。
「ちょっといい? 板澤さん、もしかしてさ」
「あ、はい? ……おっ、文系イケメン」
郁己の容姿は鈴音のメガネにかなったようだ。
チリッと勇太が物騒な気配を漂わせた。今は無視しておく郁己である。
「うん、ありがとうね。でさ、板澤さん、もしかして知ってるの? そのさ、夜鳥くんが本当は……」
「あー」
鈴音が気づいた顔をした。
そして、この集まりが何なのか理解したらしい。
「じゃあ、ここにいる人たちも元々男の子だったんですね!」
理解ある女子であった。
「ということで、事件は解決したわけ。もう心配ないよ」
「ほええ、金城先輩そんなことになってたんですか……!」
勇太が語って聞かせた今回の顛末に、目を丸くする遥。
事情は龍が知っていたものの、メンタル弱めの遥のために、状況が決着するまで伝えずにいたのである。
「うん、みんなが協力してくれてさ、そのお陰でこうやって元通りになったってわけ。いやあ……本当に、もてる彼氏がいると困るよねえ……」
「うっ、お、俺は悪くないっ! 第一中学までは、ずっとモヤシって言われてて全然もてなかったんだぞ!! なんで高校に入ってもて始めるんだ!」
「それって多分、坂下先輩が人間的に余裕ができたからだと思いますよ! すっごい大人っぽく見えますもん!」
「ほほーう」
「郁己ーっ! 鼻の下のばさない!」
「ぐえーっ」
勇太に肘で水月を突かれてうずくまる郁己。
「でも、確かに板澤さん……鈴音ちゃんって呼んでいい? 言う事も確かだと思うよ。私のために将来の事考えて、色々動くようになって……郁己ってすっごく大人っぽくなったもん」
「おっ、金城先輩恋する乙女の目ですねー。いやー、これじゃうちのお姉が勝てないはずだわー」
「あ、ははは、そ、その話は」
「う、うん、その話は」
鈴音の姉に関する話はstopということになった。
「っと、はい、サイン書けたよ。でもいいの、僕のサインなんか」
「うひゃー! ありがとうございますーっ! HARUKA先生のマンガずーっと読んでるんですよー!」
メモ帳にサインをもらって、飛び上がって喜ぶ鈴音。
「元気だなー」
「これはあれだぞ。一弥、お前苦労するぞ」
「なっ、なな、何が苦労なんですかっ」
龍の言葉に、ちょっとドキッとする一弥。
報告会だったはずが、この板澤鈴音という元気な少女がすっかり話題の中心にいる。
少々気難しい姉と違い、人の輪を作る力を持っているようだ。
「ま、一弥も来年まで我慢すれば男に戻れるから、そうしたら頑張り時だね!」
「何を頑張るんですか!?」
勇太にまでいじられる一弥。
なんともわかりやすいのである。
そんな彼の気持ちに、鈴音が気づいてないなどということがあるだろうか。
「え? 一弥なんか頑張るの? 子作り?」
「産まねえよ!? なんでお前すぐにシモの話題になるんだよ!?」
気づいてないんじゃないだろうか。