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女の戦い(片方はもと男)

「なんで心葉がついてくるわけ?」

「あんなんでも私の友人ですからね。性根は最悪でもいいところだってあるんです」


 印象の良く似た二人が歩いていく。

 ふんわりと女性らしい印象が強い方は、城聖学園の制服姿。可愛らしいデザインのボレロがよく似合っている。

 すらりとシャープな方は、都立高校の制服姿。ブレザー姿も凛々しい。


「勇太を今のまま放置していたら、桐子の命が危ないと思うのです」

「なに!? 私は猛獣か何かか!」

「少なくとも、リミッターが外れた勇太はそう変わらないと思いますけどね。道場でも本気になった勇太と私では、どちらが勝つか分からないと思いますが」

「むむうー」


 互いに同じ道場で、しかし異なる武術を身につけた姉妹である。

 水をイメージする玄帝流の勇太は、しかし内に秘める感情は苛烈。

 炎をイメージする炎帝流の心葉は、しかし流水の如く静かで冷静。


「勇太はもう少し冷静になった方がよろしい」

「これが冷静でいられますか! 私だけなら良かったけど、みんなまで巻き込むことになったんだからね! 無差別にああいうことされたら困るんだよね! 心葉も、友達だったらちゃんと見張っててよ! それとも、もしかして風間くんと仲良くするので忙しくて最近は目を配れなかったとか?」

「うっ」

「図星なの!? え、ほんと!? ええっ、どこまで進んだの!? うわー、おめでとう! キスした?」

「してませんっ!! なんですかそのテンションの変わり方は!!」


 突然二人の間に流れる空気がほんわかする。

 シリアスが長く続かない姉妹でもあるのだ。


「だってだってー。ずーっとそんな気配も無かった妹がだよ? ようやく色気づいてきて、彼とも仲良くなれてきてるなんて……兄としては嬉しいなあー」

「姉、姉でしょう」

「そうだった」


 わいわい喋りながらやって来た二人。

 到着した場所は、とある公園の前。

 時刻は夕刻に差し掛かるころ。

 街灯がともり始めるかどうかという時間に、彼女はやってきた。

 予備校帰りらしく、自転車に乗っている。


「ストーップ!」


 いきなりその前に、勇太が飛び出した。

 自転車に乗っている彼女……本城桐子は、一瞬驚いたが、


「かっ、金城勇っ!! どうしてここに!! でもちょうどいいわ! 死ねえ!」


 ドスの効いた声で叫びながら、自転車を加速させた。

 勇太に自転車ごとの体当たりをするつもりなのだ。


「あ、これはだめですね」


 心葉は冷静である。

 この後の状況を予測しつつ、落下予測地点(・・・・・・)へススッと移動する。


「死ねえ!!」

「どっちが!!」


 飛び込んできた自転車に向かって、勇太が跳躍した。

 前輪カバーを踏み台にすると、飛び上がりながら桐子目掛けて膝を繰り出す。


「えっ!? ぶぎゃあっ!!」


 何やら赤いものが飛び散りながら、桐子は自転車から跳ね飛ばされて宙を舞う。

 前輪カバーごと踏まれてフレームが歪んだらしく、自転車は強烈に蛇行すると電柱に当たって倒れた。


「おっと」


 落下してきた桐子を、上手い事キャッチする心葉。


「さすがに自転車では、猛獣には勝てませんねえ」

「あ、あ、こ、心葉さん……っ!」


 鼻血をだくだく流しつつ、桐子は我に返ったらしい。

 血が抜けて頭が冷えたのかもしれない。


「ど、どうして」

「どうしてもこうしても、あなたがやった悪事が露見したのです」

「くっ、あ、あの男が吐いたのね。使えないやつっ……!」


 吐き捨てるように言うものだから、これが勇太の導火線に火をつけた。


「んもーっ!! ほんっとサイテーの女だな君はーっ!!」


 見事に着地していた勇太、憤然と肩を怒らせ、のしのし接近してくる。


「こ、こんのおっ!! あんたが嫌な女なのよっ!!」


 自力で立ち上がる桐子。まだまだ元気である。

 鼻血を袖で拭うと、第二ラウンド開始だ。


「なんでああいう嫌がらせするかな!」

「あんたが男だって知れたら、みんなあんたを嫌うでしょ! ぼっちになって苦しめばいいのよ!」

「性格悪いなーっ!! どうしてそこまで私を嫌うのさ!?」

「はぁ!? 知れた事でしょ! あんたが私よりももてるのが許せないのよ!! だから最初はあんたの彼氏を奪ってやろうって思ってたのよ!」

「残念でしたー! 郁己は君みたいな性格悪い女は嫌いですー!」

「ううう、うるさーいっ!! 私は、私は可愛いのに、振り向いてくれないなんておかしいのよ!! 何度もモーションかけたのに!」

「なんですと! もしかして私の知らないところで何度も!?」

「やったわよ! 何回も誘惑したけど、それでも振り向かないんだものあいつ!! 何よそれ!? こっちだって意地よ! もうプライドずたずたなんだから!」


 けたたましいやり取りを横目に眺めつつ、心葉は近場の自販機まで行って二人分のジュースを買ってくる。


「いやー、すげー」

「ははは、もてる男はつらいですね。はい、これお汁粉」

「なんで汁粉なんだよ……」


 心葉と二人、女の戦いを眺めることにする。


「ええい、この泥棒猫ーっ!! 郁己は私んだ!! 手を出すな!」

「うるさいうるさい!! 好きになるのはこっちの勝手でしょ! この私が片思いとか有り得ない! 絶対そんなに許せない!!」

「はぁ!? 郁己を好きなのは私なんだから! ずーっとずーっと一緒だったんだからね! 君が入り込む隙間なんて無いんだから!」

「うぐぐ!! あんたとあいつが、何かあってチグハグになればいいって思ってるのにっ……! なんで、あんたはいっつも何もかも上手く行くのよ!? 私がやろうとした事全部空振りになって!!」

「自業自得! 第一あんなことして、郁己だって君がやったことだって知ったら君を嫌いになるって分かんない!?」

「分かんないわよ!! だってあんたがいるんだもん! あんたがいなくならなきゃ、私は勝負にすらならないのよ! あんたは邪魔なの! 消えろ! 消えちゃえ! どっかいけ!」

「み、身勝手な……!」


 感情から畳み掛けてくる桐子、元男性であったぶん、感情より理性が勝つ勇太がやや分が悪いか。


「でも案外、勇太も女の子してるよな。実に感情論だ」

「女子暦二年超えましたからねえ。染まってきてるんでしょう。これから夫婦喧嘩する時は気をつけたほうがいい。理屈が通じなくなりますよ」

「ははは……」


 理詰めで生きる女子のありがたいお言葉である。


「よーし、だったら郁己に決めてもらおうじゃない! ちょうどここに郁己をつれてきています!!」

「へ!?」


 バーン! と勇太が指し示した方向には、心葉と並んでベンチに腰掛け、お汁粉を啜る坂下郁己の姿。


「あ、あ、あ、あんた、卑怯よ!! こんなん、反則じゃない!」

「反則はそっちだろ!? 他の人たちまで巻き込んだんだから!」

「うるさいうるさいっ! あんただって不意討ちじゃん!」

「不意討ち同士でおあいこだろ!」

「うぐぐ……。こんなん、だめに決まってるじゃない。何も、何をやっても通用しなくって、最後の作戦もだめで……!」


 あまりに興奮したせいか、桐子の鼻からまたツツーッと鼻血がこぼれてきた。


「ぐううーっ……」


 何やら呻きながら顔を覆って泣き出してしまった。


「あっ、ずるいなー! 女子はいっつもそれだからずるい!!」

「オーケー勇太、そこまで、そこまで」


 郁己が駆け寄ってきて試合終了を告げる。


「よく彼女をボコボコにしなかったな。成長したな」

「郁己まで私をなんだと思ってるの!?」


 最初にいきなり手を出したわけだが、思ったよりも桐子が貧弱だったので手出しを躊躇(ちゅうちょ)したのだ。

 桐子は友人たる心葉に抱きついて、背中をポンポンされてる。


「これで分かったでしょう? あれは相手が悪すぎます。人は武器を持てば猛獣に勝てますが、人間の知性を持って人間を味方につけて武器を持った猛獣にはどうやっても絶対に勝てません」

「ひどいこといわれてる」




 そんな訳で、勇太たちを襲った嵐の四月は終わりを迎えたのである。

 その後、帰り道で心葉に聞いてみたこと。


「あのさあ、聞きにくいんだけどさ」

「なんですか? 桐子のことですか?」

「そうそう。心葉さ、なんであんな性格が悪い……いや、嫌なやつ……じゃない、どぶ川のような人格の……いやいやいや」

「ええ、桐子は人格は最低ですね。どうして私が友達なのか不思議ですか?」

「うん、すっごく。心葉が真っ先にぶっ飛ばしそうなタイプじゃん」

「それはですね。彼女、誰に対しても最低なんですよ」

「は!?」

「外面が良くて、男子をたぶらかしては楽しんでて、本気になられたら捨てる。彼女がいる男子を誘惑して奪ったり。桐子の首を狙っている女子は片手では効きませんね」

「いやあ、想像以上にひどい」

「だからこそです」


 心葉は遠い目をした。


「彼女はもう、サイコパスなんじゃないかと思うほど最低です。ですが、あれはわざとやっているのではありません。ああいう生き物なのです。私はそんな彼女だからこそこうやって友達でいる……」

「全然褒めてないよね!? フォローしてないよね!?」

「まあ実に一貫した性格をしていることだけは確かです。今まで連戦連勝でしたからね。彼女の人生に土をつけた初めての相手が勇太と言うわけです。いやあ……楽しかった」

「おい!?」


 もしかして、桐子に自分の極秘情報をリークしたのが、この妹だったのではないかという疑いすら生まれてくる。


「ですが、結局勇太の周りはびくともしなかったでしょう? それに勇太は、隠している秘密なんてなくなってしまった」

「ん……ま、まあ結果的にはそうだね」

「さあ、帰りましょうか」

「お? おーい、電車行っちゃうぞ。急げ急げ」


 先行していた郁己が振り返る。

 彼の手招きに応じて足を速めつつ、勇太は首をかしげた。


「うーむ……。誰かの手のひらの上で踊っていた気がする……。釈然としないなー」

「むっふっふ」


 隣で妹が不敵に笑った。

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